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第三話 レオンの睡眠魔法 1
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レオンを保護した翌朝。
僕が顔を洗って寝室に戻ると、レオンは身体を起こしてベッドに座っていた。
「あ、起きた? パンを焼くからちょっと待っていて」
そう声をかけて台所に入ってパンを焼いていると、テテテッと足音がした。振り返るとレオンが台所の入り口から中を覗き込んでいた。
かなり警戒心は解けたみたいだな。
「こっちにおいで。一緒に用意しよう」
そう声をかけて手を出すと、レオンは少し逡巡するように瞳を揺らした。そしておっかなびっくりといった様子で僕の手を取った。
二人分の皿を用意してもらい、焼いたパンを乗せていく。その間に鶏の卵を焼いて目玉焼きにする。
目玉焼きにはハーブと塩を少し散らし、パンには手作りのチーズを添える。レオンの目はキラキラ輝き、口の端からは涎が垂れている。
「今日も天気がいいし、外で食べようか」
それぞれ自分の分の皿を手に、裏口から外に出る。そこには木を切り出して作ったテーブルと丸太の椅子を置いてある。天幕で日除けをしてあるお気に入りの場所だ。レオンは素直に僕の後ろをついてきた。
二人並んで腰掛け、恵みに感謝を捧げてからパンにかぶりつく。うん、焼き加減もちょうどいいし、目玉焼きにまぶしたハーブがいいアクセントになっている。レオンもハフハフしながらもうっとり目を細めて味わってくれている。
食事を終えて食器を洗う間も、レオンはピッタリ僕にくっついて離れない。随分懐かれてしまった。
まあ、今日は風呂に入って欲しいと思っていたし、好都合かもしれない。
「レオン、ちょっと着いてきて」
「ん」
皿を片付けてから、僕はレオンを連れて浴室へ向かった。
「……お風呂、嫌い」
僕の意図を汲んだらしいレオンは、キュッと僕の服の袖を掴んだ。
「ダメだよ。君の身体の傷は治療したけど、汚れはそのままだ。清潔にしておかないと、弱った身体に細菌が入り込むかもしれないだろう?」
魔法を駆使したらお風呂に入らなくても身体の汚れを取れるのだけどね。やっぱり風呂で身体を磨いて湯船に浸からないとスッキリしない。それに、僕は何でもかんでも魔法を使う主義ではない。汗水かいて身体を動かしてこそ、生きていると実感できるからね。
「むう……わかった」
レオンは渋々頷いた。
「服もボロボロだから替えよう。僕のお古でよければ一式揃っているから取ってくるよ。先に浴室に入って身体を流しておいて」
「ん」
そう告げると、僕は衣装部屋へと向かった。後ろで衣擦れの音がしたので、言うことを聞いてくれているようだ。
衣装部屋といっても、普段着やお古の服を畳んで収納してある狭い物置のような部屋だ。そこで比較的綺麗でレオンサイズの服を見繕って浴室へ向かう。近いうちに町に降りてレオンに似合う服を買いに行こう。
レオン一人だと汚れを落としきれないだろうから、僕も一緒に入るつもりだ。着替えを籠に置いて、ポイポイッと着ている服を脱ぎ捨てていく。後でシーツとまとめて洗ってしまおう。一応エチケットとして腰にタオルを巻き付けて、僕は水音がする浴室の扉を開いた。
「にゃっ」
「お待たせ。着替えの用意ができたから、一緒に入ろう」
湯煙の中、頭から湯を浴びて橙色の髪がペタンと額に張り付いたレオンが飛び上がった。急に入ったから驚かせてしまったようだ。事前に僕も入ると伝えておけばよかったかな。まあ、男同士だし恥ずかしがることもないだろう。そう思いながら、石鹸と麻の布を手に取って、ゴシゴシと泡立てていく。
「腕や脚は自分で洗えるよね。背中洗うから、ここに座って」
「……ん」
モジモジと恥ずかしそうに僕に背を向けたレオンが、遠慮がちにひっくり返した桶の上に座る。僕はきめ細やかな泡だらけの布を使って汚れを落とすようにゴシゴシと背中を洗ってやる。そのままたっぷりの泡を頭に乗せて、ワシワシと髪も洗っていく。
レオンは、「ひいっ」「にゃっ」「ううっ」と小さなうめき声を上げるものの、大人しくしていてくれた。
「よし、流すから目を閉じて」
「にゃっ」
ピカピカに磨き終えたので、頭から湯をかけて泡を流していく。うん、薄汚れていた肌もすっかり綺麗になった。
そのまま一緒に湯船に浸かる。
「はあ……沁みるなぁ」
レオンは鼻の下まで湯に浸かって、身体を抱き込むように丸くなっている。意外とお湯に浸かるのは平気なんだな。
湯煙や泡であまりしっかりとは見ていないけど、レオンはひょろっとしていて随分幼く見えた。
「ねえ、レオンは幾つになるの? 僕は十五」
「……十二」
お、十歳ぐらいかと思っていたけど、予想より少し上だったか。
やっぱり歳の割に身体が未熟に見える。成長期真っ只中だろうに、どうして十分な食事を摂れていなかったのだろう。
僕も口元まで湯に浸かって、うーんと唸り声を上げた。
ほこほこ身体が温まり、レオンの頬も上気してきたことを確認し、僕はザブンと湯船から出た。扉の外に置いておいたタオルを取る。
「ほら、拭いてあげるからおいで」
「え」
タオルを広げて、さあ、とレオンを誘う。レオンは激しく視線を彷徨わせて、観念したようにおずおずと湯船から出てきた。
扉を開けたままにしているので、浴室に立ち込めていた湯煙が外に逃げ出していく。
「サッパリしただろう。湯上がりに冷えた牛乳を用意してあるから一緒に飲もうな」
「……ん」
サァッとレオンを包んでいた湯煙も晴れていき、すっかりツヤツヤになった白い肌が姿を現す。胸元はペタンとしていて、もう少し鍛える必要性を感じる。手足も細いし――と、視線を腰のあたりに向けた僕の思考は停止した。
…………え?
ない。え? ついてない。僕と同じ、男のアレがない。
――と、言うことは。
「お、女の子……だったのか?」
「うう~」
僕の言葉に、レオンはみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げていく。
レオンは目に涙をいっぱいに溜めて僕からタオルを奪い取ると、タオルにぐるぐる巻きになって蹲ってしまった。
いや、ほんと、わざとじゃなくって……!
「ご、ごめんよ――――!」
森中に僕の声が響き渡り、驚いた野鳥がバサバサと慌てて空高く飛んでいった。
その日の晩。
『あり得んのう。あり得ん。猫耳族の小娘が女であることは、見れば分かるであろうに』
『ああ、やはりチルは勘違いしていたのですね』
「いやいやいや! だってまだ子供だし! 名前も男っぽいし、身体も出来上がってないし、誰だって勘違いするだろう!」
顔は見えないけど、きっとじっとりとした目で見られているのだろうと分かる声音。必死で弁明するも、返ってくるのはため息ばかり。
『ないわあ』
『ないない』
『ないぞ!』
「うがあああああ!」
この後も、神様たちに散々なことを言われてしまったのは言うまでもない。
お風呂上がり、レオンにとっておきの特上牛乳を贈呈し、何度も何度も頭を下げた。
どうやら僕に裸を見られたことよりも、男だと勘違いされていたことがショックだったらしい。
結局今日一日レオンは寝室に篭って、食事の時以外は出てきてくれなかった。せっかく警戒心が解けて懐いてくれそうだったのに、非常に申し訳ないことをした。
しょんぼりと項垂れる僕は、朝まで神様たちのお説教を聞くことになった。こればかりは素直に聞くしかない。
ああ、耳が痛い。
いや、神様の声が響くのは頭の中だから、頭が痛い。
今日も今日とて、僕は寝不足だ。
僕が顔を洗って寝室に戻ると、レオンは身体を起こしてベッドに座っていた。
「あ、起きた? パンを焼くからちょっと待っていて」
そう声をかけて台所に入ってパンを焼いていると、テテテッと足音がした。振り返るとレオンが台所の入り口から中を覗き込んでいた。
かなり警戒心は解けたみたいだな。
「こっちにおいで。一緒に用意しよう」
そう声をかけて手を出すと、レオンは少し逡巡するように瞳を揺らした。そしておっかなびっくりといった様子で僕の手を取った。
二人分の皿を用意してもらい、焼いたパンを乗せていく。その間に鶏の卵を焼いて目玉焼きにする。
目玉焼きにはハーブと塩を少し散らし、パンには手作りのチーズを添える。レオンの目はキラキラ輝き、口の端からは涎が垂れている。
「今日も天気がいいし、外で食べようか」
それぞれ自分の分の皿を手に、裏口から外に出る。そこには木を切り出して作ったテーブルと丸太の椅子を置いてある。天幕で日除けをしてあるお気に入りの場所だ。レオンは素直に僕の後ろをついてきた。
二人並んで腰掛け、恵みに感謝を捧げてからパンにかぶりつく。うん、焼き加減もちょうどいいし、目玉焼きにまぶしたハーブがいいアクセントになっている。レオンもハフハフしながらもうっとり目を細めて味わってくれている。
食事を終えて食器を洗う間も、レオンはピッタリ僕にくっついて離れない。随分懐かれてしまった。
まあ、今日は風呂に入って欲しいと思っていたし、好都合かもしれない。
「レオン、ちょっと着いてきて」
「ん」
皿を片付けてから、僕はレオンを連れて浴室へ向かった。
「……お風呂、嫌い」
僕の意図を汲んだらしいレオンは、キュッと僕の服の袖を掴んだ。
「ダメだよ。君の身体の傷は治療したけど、汚れはそのままだ。清潔にしておかないと、弱った身体に細菌が入り込むかもしれないだろう?」
魔法を駆使したらお風呂に入らなくても身体の汚れを取れるのだけどね。やっぱり風呂で身体を磨いて湯船に浸からないとスッキリしない。それに、僕は何でもかんでも魔法を使う主義ではない。汗水かいて身体を動かしてこそ、生きていると実感できるからね。
「むう……わかった」
レオンは渋々頷いた。
「服もボロボロだから替えよう。僕のお古でよければ一式揃っているから取ってくるよ。先に浴室に入って身体を流しておいて」
「ん」
そう告げると、僕は衣装部屋へと向かった。後ろで衣擦れの音がしたので、言うことを聞いてくれているようだ。
衣装部屋といっても、普段着やお古の服を畳んで収納してある狭い物置のような部屋だ。そこで比較的綺麗でレオンサイズの服を見繕って浴室へ向かう。近いうちに町に降りてレオンに似合う服を買いに行こう。
レオン一人だと汚れを落としきれないだろうから、僕も一緒に入るつもりだ。着替えを籠に置いて、ポイポイッと着ている服を脱ぎ捨てていく。後でシーツとまとめて洗ってしまおう。一応エチケットとして腰にタオルを巻き付けて、僕は水音がする浴室の扉を開いた。
「にゃっ」
「お待たせ。着替えの用意ができたから、一緒に入ろう」
湯煙の中、頭から湯を浴びて橙色の髪がペタンと額に張り付いたレオンが飛び上がった。急に入ったから驚かせてしまったようだ。事前に僕も入ると伝えておけばよかったかな。まあ、男同士だし恥ずかしがることもないだろう。そう思いながら、石鹸と麻の布を手に取って、ゴシゴシと泡立てていく。
「腕や脚は自分で洗えるよね。背中洗うから、ここに座って」
「……ん」
モジモジと恥ずかしそうに僕に背を向けたレオンが、遠慮がちにひっくり返した桶の上に座る。僕はきめ細やかな泡だらけの布を使って汚れを落とすようにゴシゴシと背中を洗ってやる。そのままたっぷりの泡を頭に乗せて、ワシワシと髪も洗っていく。
レオンは、「ひいっ」「にゃっ」「ううっ」と小さなうめき声を上げるものの、大人しくしていてくれた。
「よし、流すから目を閉じて」
「にゃっ」
ピカピカに磨き終えたので、頭から湯をかけて泡を流していく。うん、薄汚れていた肌もすっかり綺麗になった。
そのまま一緒に湯船に浸かる。
「はあ……沁みるなぁ」
レオンは鼻の下まで湯に浸かって、身体を抱き込むように丸くなっている。意外とお湯に浸かるのは平気なんだな。
湯煙や泡であまりしっかりとは見ていないけど、レオンはひょろっとしていて随分幼く見えた。
「ねえ、レオンは幾つになるの? 僕は十五」
「……十二」
お、十歳ぐらいかと思っていたけど、予想より少し上だったか。
やっぱり歳の割に身体が未熟に見える。成長期真っ只中だろうに、どうして十分な食事を摂れていなかったのだろう。
僕も口元まで湯に浸かって、うーんと唸り声を上げた。
ほこほこ身体が温まり、レオンの頬も上気してきたことを確認し、僕はザブンと湯船から出た。扉の外に置いておいたタオルを取る。
「ほら、拭いてあげるからおいで」
「え」
タオルを広げて、さあ、とレオンを誘う。レオンは激しく視線を彷徨わせて、観念したようにおずおずと湯船から出てきた。
扉を開けたままにしているので、浴室に立ち込めていた湯煙が外に逃げ出していく。
「サッパリしただろう。湯上がりに冷えた牛乳を用意してあるから一緒に飲もうな」
「……ん」
サァッとレオンを包んでいた湯煙も晴れていき、すっかりツヤツヤになった白い肌が姿を現す。胸元はペタンとしていて、もう少し鍛える必要性を感じる。手足も細いし――と、視線を腰のあたりに向けた僕の思考は停止した。
…………え?
ない。え? ついてない。僕と同じ、男のアレがない。
――と、言うことは。
「お、女の子……だったのか?」
「うう~」
僕の言葉に、レオンはみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げていく。
レオンは目に涙をいっぱいに溜めて僕からタオルを奪い取ると、タオルにぐるぐる巻きになって蹲ってしまった。
いや、ほんと、わざとじゃなくって……!
「ご、ごめんよ――――!」
森中に僕の声が響き渡り、驚いた野鳥がバサバサと慌てて空高く飛んでいった。
その日の晩。
『あり得んのう。あり得ん。猫耳族の小娘が女であることは、見れば分かるであろうに』
『ああ、やはりチルは勘違いしていたのですね』
「いやいやいや! だってまだ子供だし! 名前も男っぽいし、身体も出来上がってないし、誰だって勘違いするだろう!」
顔は見えないけど、きっとじっとりとした目で見られているのだろうと分かる声音。必死で弁明するも、返ってくるのはため息ばかり。
『ないわあ』
『ないない』
『ないぞ!』
「うがあああああ!」
この後も、神様たちに散々なことを言われてしまったのは言うまでもない。
お風呂上がり、レオンにとっておきの特上牛乳を贈呈し、何度も何度も頭を下げた。
どうやら僕に裸を見られたことよりも、男だと勘違いされていたことがショックだったらしい。
結局今日一日レオンは寝室に篭って、食事の時以外は出てきてくれなかった。せっかく警戒心が解けて懐いてくれそうだったのに、非常に申し訳ないことをした。
しょんぼりと項垂れる僕は、朝まで神様たちのお説教を聞くことになった。こればかりは素直に聞くしかない。
ああ、耳が痛い。
いや、神様の声が響くのは頭の中だから、頭が痛い。
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