2 / 25
第二話 猫耳族レオンとの出会い
しおりを挟む
「快眠を促すハーブは……確か、カモミール、オレンジブロッサム、後はローズやスペアミントあたりだったかな」
家の近くの森に入り、頭に思い浮かんだハーブや花を探す。
森には動物も魔物もいるけれど、この森のトップは僕だとみんな知っているので襲ってくることはない。
清らかな小川に沿って森の中を進んでいく。
道すがら目ぼしい草花を採集しては背負った籠に放り込んでいく。ついでに食用の植物や薬草の原料も採集しておく。
「よし、こんなもんかな……ん? あれは」
背中の籠が七割ほど埋まった頃合いで切り上げて帰ろうかと視線を上げた時、視界の端に何かが映った。
スウッと目を細めて見ると、どうやら誰かが倒れているらしい。
「こんな森の奥深くまで迷い込んだのか?」
少し疑問を抱いたものの、見過ごすわけにはいかないので様子を見に行く。
「うにゃ……」
「へえ、猫耳族か。珍しい種族だな」
近づいてみると、明るい橙色の髪色をした猫耳族の子供が倒れていた。髪はボサボサ、服は薄汚れて、身体中に擦り傷や引っ掻き傷がある。
見るからに訳ありのようだな。
痩せ細った様子を見るに、間違いなくお腹も空いているだろう。水も飲ませたほうがよさそう。
とにかく応急処置のため、治癒魔法をかけておこう。
ポウッと黄緑色の淡い光が猫耳族の子供を包み込み、みるみるうちに傷が塞がっていく。
少し表情が和らいだけれど、意識はまだ戻らない。
「仕方がない」
僕は猫耳族の子供に触れると、転移魔法で我が家へと転移した。良質な睡眠のためには程よく体を動かすことも大切なので、できれば歩いて帰りたかったのだけれど緊急事態なので致し方ない。
台所に籠を下ろして、猫耳族の子供をベッドに運ぶ。
さて、恐らくしばらくろくに食事をしていないだろうから、急に胃に負担のあるものを食べると胃が驚いてしまう。昨日の野菜スープの残りがあるので、先ほど積んできた薬草を少し刻んで混ぜておこう。
水には少しレモングラスを絞ってさっぱり飲みやすくしておく。
「う……ここは?」
台所でガサガサと食事の準備を整えていると、猫耳族の子供が目を覚ました。
寝室に顔を出すと、警戒した様子で耳と尻尾を尖らせて、猫特有の威嚇のポーズをとっていた。
サファイアブルーの瞳は美しいけど、瞳孔が開ききっている。
「やあ、具合はどう? 僕の名前はチル。森で倒れていたから僕の家に連れて来たんだ」
「チル……?」
「そう、チル。よろしくね。君は?」
「……レオン」
警戒心を解くために、両手を肩の位置まで上げて無害を主張する。
猫耳族の子供――レオンは耳をピンと尖らせたままではあるが、威嚇の態勢を解いてくれた。
「さて、まずは腹ごしらえだ。随分痩せているから、まともに食事をしていなかったろう? はい。急に食べたら胃がびっくりしちゃうから、ゆっくり咀嚼して食べるんだ」
「……ありがとう」
台所に戻って野菜スープを器によそって手渡すと、レオンは恐る恐るといった様子で器を受け取った。鼻を寄せてクンクン匂いを嗅いでいる。危険なものが入れられていないか確認しているのだろう。安心して飲んでほしいので、存分に確認してくれたまえ。
しばらく匂いを嗅いでいたレオンであるが、意を決したようにスプーンを手に取ると、ひと掬い口に運んだ。
「にゃ!」
一口含んだレオンは、パアッと顔を輝かせるとすごい勢いでがっつき始めた。
「待って待って! 急にたくさん食べたらダメだって! ちょっと、貸して!」
僕は見ていられずに、レオンから器とスプーンを引ったくる。野菜を崩しながらスプーンで掬い、ゆっくりとレオンの口元へと運ぶ。
「ほら、あーん」
「あーん?」
レオンはキョトンと首を傾げながら、言われるがままに口を開けた。
「そうそう、上手。偉い偉い」
野菜スープを気に入ってくれたのか、その後も素直に口を開いてくれる。そうしてゆっくりと無理のないペースでスープを食べ終えた。
「はい、水。常温にしてあるから、こっちもゆっくり飲んで」
レモン風味の水に顔を顰めつつも、レオンはコップ一杯の水を飲み干した。
お腹も膨れて安心したのか、レオンはうつらうつらと船を漕ぎ始めた。余程気を張っていたのだろう。
「いいよ。もう少し眠るといい」
そう微笑みかけると、レオンは目を閉じて丸くなるとすぐに寝息を立て始めた。
そっと毛布を被せてあげて、あどけない寝顔を見つめる。
見た目も幼いけれど、声もまだ高かったし十歳前後の男の子といったところだろうか。
事情は起きてからゆっくり聞くとして、夕飯の支度に取り掛かろう。
シメておいた鶏肉で出汁をとり、積んできた薬草を何種類かちぎって煮込む。パン粥にしたいので、生地をこねるところからパン作りを開始する。自給自足の生活で、料理もそれなりの腕になった。精霊界にいた時は、甘いもの好きな精霊たちによくクッキーを焼いてあげたものだ。
誰かと食べる食事が久しぶりなこともあり、僕は自然と鼻歌を歌いながらパン生地を捏ねていた。
生地を寝かせている間に椅子で仮眠する。少しでも寝ておかないと流石にキツいからな。
そうして、ふっくらとしたパンが焼き上がる頃には日が暮れていた。
「にゃ……」
「ん、起きた? ご飯できてるよ」
ベッドで丸くなっていたレオンがモゾモゾ動き出したので声をかけると、レオンはのそりと身体を起こした。
薬草粥にパンをちぎって浸したものを差し出すと、クンクンと数度匂いを嗅いですぐにスプーンを手にしてくれた。少しは信頼してくれているのかな。
傷は治癒魔法で塞がったとはいえ、泥や垢まみれだし、本当はこのまま風呂に放り込みたいんだけど、猫ってお風呂嫌いだよなあ。
逃げ出されてはたまらないので、せめて明日にするか。
僕は「どう、美味しい?」「そう、よかった」と薬草粥の感想を尋ねる以外に踏み込んだ質問をしないでおいた。気ままな一人暮らしだし、数日の間はレオンの面倒を見るつもりだしね。手を差し伸べると決めたのだから、中途半端で放り出すつもりはない。しっかりと回復するところまでは見届ける。
薬草粥を平らげたレオンは、再び深い眠りについた。身体だけでなく、恐らく精神的にかなり摩耗していたのだろう。
「さて、僕も片付けたら風呂に入って寝るとするか」
今夜こそ眠れたらいいんだけどね。
うーん、と伸びをして食器を静かに台所に運ぶ。水魔法と風魔法を駆使して食器をピカピカに洗うと、いつもの要領で湯船に湯を張って肩まで浸かる。寝支度を整えたら、ロフトから予備の布団一式を運び出す。レオンにベッドを貸し与えているので、当面の寝床に使うつもりだ。
スースー寝息を立ててレオンが寝ているベッドの横に、静かに布団を敷いて横になる。少しカビ臭い。昼間のうちに干しておけばよかったな。なんて考えながら目を閉じた。
どうせ、今日も神様たちが話しかけてくるんだろうな、と半ば諦めていたのだけれど、いつものように勢いよく頭の中で声が鳴り響くことはなかった。
おや? と思っていると、沈黙を破るように女神ヴィーナの低い声が響いた。
『……………………ねえ、チル。その子はだあれ?』
「え? ああ、森で行き倒れていたから保護したんだ」
いつもの甘ったるい声ではなく、随分と棘のある声だな。と、違和感を抱いていると、他の神様たちも口々に話し始めた。
『さすがチル。情に厚い男だ』
『ほほう! 猫耳族とな? 狩猟好きで交戦的な種族ではないか! どれ、オレ様が手合わせをしてやろう。早く海底に連れてくるがいい!』
『阿呆。其奴は随分と弱っておるであろう。チルが甲斐甲斐しく世話をしておるのだ。余計な口出しはよさんか』
『そうですよ。せっかくチルが付きっきりで看病しているのです……くっ、チルにあーんして貰ったり、チルがいつも寝ているベッドを貸し与えて貰ったり……ぐ、羨む気持ちはお門違いというものですよ』
ん? 話の流れがおかしくなっていないか? と、呑気にそう思っていたら、堰を切ったようにヴィーナが叫んだ。
『何よ! リーフィンこそ、痩せ我慢はやめなさいよね! ああ! 何よ何よ! 羨ましいわよ! 私だってチルに看病してもらいたいっ!』
『なっ、そ、そんな、痩せ我慢など! あなたこそ欲望むき出しで恥ずかしくはないのですか!』
『ぜーんぜん、恥ずかしくないわよ! チルったら、天界になかなか遊びに来てくれないんだもの。寂しい寂しい~! はっ! そうよ、私も下界に降りて、チルの住む森で行き倒れたフリをすれば……ブツブツ』
『おい、全部喋ってんぞ』
『ふむ、行き倒れたフリか。わっちもか弱い小狐の姿になれば、チルの庇護欲をくすぐることができるやも……』
「ちょっと待て待て! 神様がそんな簡単に自分の治める世界から出てくるな!」
しまった。そうか、神様たちは重度の構ってちゃんなのだった。レオンを羨んだり嫉妬したりすることは容易に想像ができたのに。
『ふえーん! だってぇ……ずるいじゃない! 私もチルにあーんして欲しい~』
案の定、ヴィーナがワッと駄々っ子のように泣き出してしまった。こうなったらなかなか大変だ。
『おいおい、いい大人が子供みたいに泣くんじゃねえよ』
『そうだぞ! 女の涙はここぞという時に使わねばならん!』
男神たちはデリカシーのカケラもないし。案の定、ヴィーナに『うるさいわよ!』と一喝されている。
『はあ、ともかく。チルがチルの意志で保護したのじゃ。わっちらはその決断を尊重して助力してやるしかなかろう』
『そ、そうです。それが神であり師の努めです』
キララとリーフィンは幾分かまともなことを言っている。でも騙されないぞ。キララも下界に降りようとしていたし、リーフィンも強がっているのが声で分かる。やれやれ。
『治癒魔法をかけて、薬草を煎じた粥を与えたようじゃのう。ふむ、其奴はどうやら心に深い傷を負っているようじゃ。まずは身体の回復を待ち、事情を聞いてやるのが良かろう』
「なんだ、まともな意見してくれるんだな。ああ、そうするつもりだよ」
『呪いの類にはかかっていないようですね。猫耳族は基本、群れで行動する種族です。周囲に助けてくれる仲間の一人もいないとなると、群れで何かあったのか、うまく馴染めていなかったのか……』
『あ? 見捨てられたって言うのかよ。もしそうならとんだクソどもだな。鉄槌下すか?』
『おお、なんだ、そう言うことならオレ様も協力してやろうぞ!』
「待て待て。リーフィンの考えは現実味があるけどな、リヴァルドとアトラス! 血の気が多すぎるぞ!」
まったく、まだ詳しい事情はわからないっていうのに喧嘩っ早い神様たちで困る。
「とにかく! 僕はレオンを助けると決めたんだ。彼が深く関わることを嫌がったらそこまでだし、助けを必要としているなら助ける。それ以上でも以下でもない。だからあんたたちは見守っていてくれよ」
『チルぅ。ぐすん。わかったわ。チルのお願いなら頷くしかないじゃない』
『おう。一度手を差し伸べたんだ。最後まで面倒見てやれ』
『助太刀が必要になったらいつでも頼るがいい! 主に! 戦闘面でな! ガハハ!』
『おい、アトラス。血の気が多いと嗜められたばかりであろう。やれやれ』
『そうですよ。私たちはこうして遠くから見守ることしかできないのですから。ん……彼?』
よかった。色々心配だけど、なんとか納得してくれたようだ。
『では、もう時間のようじゃし、また次の夜にのう』
「えっ」
ホッと一息付いたところでキララの声を最後に、神様たちの声が聞こえなくなった。
カッと目を見開くと、寝室には温かな朝日が差し込んでいて、光の筋がキラキラと輝いている。
「嘘だろ……また一晩眠れなかった」
彼らと話しているとあっという間に時間が過ぎる。今日も今日とて僕は眠れなかったようだ。
のそりと起き上がって洗面台で顔を洗う。
ああ、今日もひどい顔だ。
家の近くの森に入り、頭に思い浮かんだハーブや花を探す。
森には動物も魔物もいるけれど、この森のトップは僕だとみんな知っているので襲ってくることはない。
清らかな小川に沿って森の中を進んでいく。
道すがら目ぼしい草花を採集しては背負った籠に放り込んでいく。ついでに食用の植物や薬草の原料も採集しておく。
「よし、こんなもんかな……ん? あれは」
背中の籠が七割ほど埋まった頃合いで切り上げて帰ろうかと視線を上げた時、視界の端に何かが映った。
スウッと目を細めて見ると、どうやら誰かが倒れているらしい。
「こんな森の奥深くまで迷い込んだのか?」
少し疑問を抱いたものの、見過ごすわけにはいかないので様子を見に行く。
「うにゃ……」
「へえ、猫耳族か。珍しい種族だな」
近づいてみると、明るい橙色の髪色をした猫耳族の子供が倒れていた。髪はボサボサ、服は薄汚れて、身体中に擦り傷や引っ掻き傷がある。
見るからに訳ありのようだな。
痩せ細った様子を見るに、間違いなくお腹も空いているだろう。水も飲ませたほうがよさそう。
とにかく応急処置のため、治癒魔法をかけておこう。
ポウッと黄緑色の淡い光が猫耳族の子供を包み込み、みるみるうちに傷が塞がっていく。
少し表情が和らいだけれど、意識はまだ戻らない。
「仕方がない」
僕は猫耳族の子供に触れると、転移魔法で我が家へと転移した。良質な睡眠のためには程よく体を動かすことも大切なので、できれば歩いて帰りたかったのだけれど緊急事態なので致し方ない。
台所に籠を下ろして、猫耳族の子供をベッドに運ぶ。
さて、恐らくしばらくろくに食事をしていないだろうから、急に胃に負担のあるものを食べると胃が驚いてしまう。昨日の野菜スープの残りがあるので、先ほど積んできた薬草を少し刻んで混ぜておこう。
水には少しレモングラスを絞ってさっぱり飲みやすくしておく。
「う……ここは?」
台所でガサガサと食事の準備を整えていると、猫耳族の子供が目を覚ました。
寝室に顔を出すと、警戒した様子で耳と尻尾を尖らせて、猫特有の威嚇のポーズをとっていた。
サファイアブルーの瞳は美しいけど、瞳孔が開ききっている。
「やあ、具合はどう? 僕の名前はチル。森で倒れていたから僕の家に連れて来たんだ」
「チル……?」
「そう、チル。よろしくね。君は?」
「……レオン」
警戒心を解くために、両手を肩の位置まで上げて無害を主張する。
猫耳族の子供――レオンは耳をピンと尖らせたままではあるが、威嚇の態勢を解いてくれた。
「さて、まずは腹ごしらえだ。随分痩せているから、まともに食事をしていなかったろう? はい。急に食べたら胃がびっくりしちゃうから、ゆっくり咀嚼して食べるんだ」
「……ありがとう」
台所に戻って野菜スープを器によそって手渡すと、レオンは恐る恐るといった様子で器を受け取った。鼻を寄せてクンクン匂いを嗅いでいる。危険なものが入れられていないか確認しているのだろう。安心して飲んでほしいので、存分に確認してくれたまえ。
しばらく匂いを嗅いでいたレオンであるが、意を決したようにスプーンを手に取ると、ひと掬い口に運んだ。
「にゃ!」
一口含んだレオンは、パアッと顔を輝かせるとすごい勢いでがっつき始めた。
「待って待って! 急にたくさん食べたらダメだって! ちょっと、貸して!」
僕は見ていられずに、レオンから器とスプーンを引ったくる。野菜を崩しながらスプーンで掬い、ゆっくりとレオンの口元へと運ぶ。
「ほら、あーん」
「あーん?」
レオンはキョトンと首を傾げながら、言われるがままに口を開けた。
「そうそう、上手。偉い偉い」
野菜スープを気に入ってくれたのか、その後も素直に口を開いてくれる。そうしてゆっくりと無理のないペースでスープを食べ終えた。
「はい、水。常温にしてあるから、こっちもゆっくり飲んで」
レモン風味の水に顔を顰めつつも、レオンはコップ一杯の水を飲み干した。
お腹も膨れて安心したのか、レオンはうつらうつらと船を漕ぎ始めた。余程気を張っていたのだろう。
「いいよ。もう少し眠るといい」
そう微笑みかけると、レオンは目を閉じて丸くなるとすぐに寝息を立て始めた。
そっと毛布を被せてあげて、あどけない寝顔を見つめる。
見た目も幼いけれど、声もまだ高かったし十歳前後の男の子といったところだろうか。
事情は起きてからゆっくり聞くとして、夕飯の支度に取り掛かろう。
シメておいた鶏肉で出汁をとり、積んできた薬草を何種類かちぎって煮込む。パン粥にしたいので、生地をこねるところからパン作りを開始する。自給自足の生活で、料理もそれなりの腕になった。精霊界にいた時は、甘いもの好きな精霊たちによくクッキーを焼いてあげたものだ。
誰かと食べる食事が久しぶりなこともあり、僕は自然と鼻歌を歌いながらパン生地を捏ねていた。
生地を寝かせている間に椅子で仮眠する。少しでも寝ておかないと流石にキツいからな。
そうして、ふっくらとしたパンが焼き上がる頃には日が暮れていた。
「にゃ……」
「ん、起きた? ご飯できてるよ」
ベッドで丸くなっていたレオンがモゾモゾ動き出したので声をかけると、レオンはのそりと身体を起こした。
薬草粥にパンをちぎって浸したものを差し出すと、クンクンと数度匂いを嗅いですぐにスプーンを手にしてくれた。少しは信頼してくれているのかな。
傷は治癒魔法で塞がったとはいえ、泥や垢まみれだし、本当はこのまま風呂に放り込みたいんだけど、猫ってお風呂嫌いだよなあ。
逃げ出されてはたまらないので、せめて明日にするか。
僕は「どう、美味しい?」「そう、よかった」と薬草粥の感想を尋ねる以外に踏み込んだ質問をしないでおいた。気ままな一人暮らしだし、数日の間はレオンの面倒を見るつもりだしね。手を差し伸べると決めたのだから、中途半端で放り出すつもりはない。しっかりと回復するところまでは見届ける。
薬草粥を平らげたレオンは、再び深い眠りについた。身体だけでなく、恐らく精神的にかなり摩耗していたのだろう。
「さて、僕も片付けたら風呂に入って寝るとするか」
今夜こそ眠れたらいいんだけどね。
うーん、と伸びをして食器を静かに台所に運ぶ。水魔法と風魔法を駆使して食器をピカピカに洗うと、いつもの要領で湯船に湯を張って肩まで浸かる。寝支度を整えたら、ロフトから予備の布団一式を運び出す。レオンにベッドを貸し与えているので、当面の寝床に使うつもりだ。
スースー寝息を立ててレオンが寝ているベッドの横に、静かに布団を敷いて横になる。少しカビ臭い。昼間のうちに干しておけばよかったな。なんて考えながら目を閉じた。
どうせ、今日も神様たちが話しかけてくるんだろうな、と半ば諦めていたのだけれど、いつものように勢いよく頭の中で声が鳴り響くことはなかった。
おや? と思っていると、沈黙を破るように女神ヴィーナの低い声が響いた。
『……………………ねえ、チル。その子はだあれ?』
「え? ああ、森で行き倒れていたから保護したんだ」
いつもの甘ったるい声ではなく、随分と棘のある声だな。と、違和感を抱いていると、他の神様たちも口々に話し始めた。
『さすがチル。情に厚い男だ』
『ほほう! 猫耳族とな? 狩猟好きで交戦的な種族ではないか! どれ、オレ様が手合わせをしてやろう。早く海底に連れてくるがいい!』
『阿呆。其奴は随分と弱っておるであろう。チルが甲斐甲斐しく世話をしておるのだ。余計な口出しはよさんか』
『そうですよ。せっかくチルが付きっきりで看病しているのです……くっ、チルにあーんして貰ったり、チルがいつも寝ているベッドを貸し与えて貰ったり……ぐ、羨む気持ちはお門違いというものですよ』
ん? 話の流れがおかしくなっていないか? と、呑気にそう思っていたら、堰を切ったようにヴィーナが叫んだ。
『何よ! リーフィンこそ、痩せ我慢はやめなさいよね! ああ! 何よ何よ! 羨ましいわよ! 私だってチルに看病してもらいたいっ!』
『なっ、そ、そんな、痩せ我慢など! あなたこそ欲望むき出しで恥ずかしくはないのですか!』
『ぜーんぜん、恥ずかしくないわよ! チルったら、天界になかなか遊びに来てくれないんだもの。寂しい寂しい~! はっ! そうよ、私も下界に降りて、チルの住む森で行き倒れたフリをすれば……ブツブツ』
『おい、全部喋ってんぞ』
『ふむ、行き倒れたフリか。わっちもか弱い小狐の姿になれば、チルの庇護欲をくすぐることができるやも……』
「ちょっと待て待て! 神様がそんな簡単に自分の治める世界から出てくるな!」
しまった。そうか、神様たちは重度の構ってちゃんなのだった。レオンを羨んだり嫉妬したりすることは容易に想像ができたのに。
『ふえーん! だってぇ……ずるいじゃない! 私もチルにあーんして欲しい~』
案の定、ヴィーナがワッと駄々っ子のように泣き出してしまった。こうなったらなかなか大変だ。
『おいおい、いい大人が子供みたいに泣くんじゃねえよ』
『そうだぞ! 女の涙はここぞという時に使わねばならん!』
男神たちはデリカシーのカケラもないし。案の定、ヴィーナに『うるさいわよ!』と一喝されている。
『はあ、ともかく。チルがチルの意志で保護したのじゃ。わっちらはその決断を尊重して助力してやるしかなかろう』
『そ、そうです。それが神であり師の努めです』
キララとリーフィンは幾分かまともなことを言っている。でも騙されないぞ。キララも下界に降りようとしていたし、リーフィンも強がっているのが声で分かる。やれやれ。
『治癒魔法をかけて、薬草を煎じた粥を与えたようじゃのう。ふむ、其奴はどうやら心に深い傷を負っているようじゃ。まずは身体の回復を待ち、事情を聞いてやるのが良かろう』
「なんだ、まともな意見してくれるんだな。ああ、そうするつもりだよ」
『呪いの類にはかかっていないようですね。猫耳族は基本、群れで行動する種族です。周囲に助けてくれる仲間の一人もいないとなると、群れで何かあったのか、うまく馴染めていなかったのか……』
『あ? 見捨てられたって言うのかよ。もしそうならとんだクソどもだな。鉄槌下すか?』
『おお、なんだ、そう言うことならオレ様も協力してやろうぞ!』
「待て待て。リーフィンの考えは現実味があるけどな、リヴァルドとアトラス! 血の気が多すぎるぞ!」
まったく、まだ詳しい事情はわからないっていうのに喧嘩っ早い神様たちで困る。
「とにかく! 僕はレオンを助けると決めたんだ。彼が深く関わることを嫌がったらそこまでだし、助けを必要としているなら助ける。それ以上でも以下でもない。だからあんたたちは見守っていてくれよ」
『チルぅ。ぐすん。わかったわ。チルのお願いなら頷くしかないじゃない』
『おう。一度手を差し伸べたんだ。最後まで面倒見てやれ』
『助太刀が必要になったらいつでも頼るがいい! 主に! 戦闘面でな! ガハハ!』
『おい、アトラス。血の気が多いと嗜められたばかりであろう。やれやれ』
『そうですよ。私たちはこうして遠くから見守ることしかできないのですから。ん……彼?』
よかった。色々心配だけど、なんとか納得してくれたようだ。
『では、もう時間のようじゃし、また次の夜にのう』
「えっ」
ホッと一息付いたところでキララの声を最後に、神様たちの声が聞こえなくなった。
カッと目を見開くと、寝室には温かな朝日が差し込んでいて、光の筋がキラキラと輝いている。
「嘘だろ……また一晩眠れなかった」
彼らと話しているとあっという間に時間が過ぎる。今日も今日とて僕は眠れなかったようだ。
のそりと起き上がって洗面台で顔を洗う。
ああ、今日もひどい顔だ。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました
蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。
家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。
アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。
閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。
養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。
※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
愛しい義兄が罠に嵌められ追放されたので、聖女は祈りを止めてついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
グレイスは元々孤児だった。孤児院前に捨てられたことで、何とか命を繋ぎ止めることができたが、孤児院の責任者は、領主の補助金を着服していた。人数によって助成金が支払われるため、餓死はさせないが、ギリギリの食糧で、最低限の生活をしていた。だがそこに、正義感に溢れる領主の若様が視察にやってきた。孤児達は救われた。その時からグレイスは若様に恋焦がれていた。だが、幸か不幸か、グレイスには並外れた魔力があった。しかも魔窟を封印する事のできる聖なる魔力だった。グレイスは領主シーモア公爵家に養女に迎えられた。義妹として若様と一緒に暮らせるようになったが、絶対に結ばれることのない義兄妹の関係になってしまった。グレイスは密かに恋する義兄のために厳しい訓練に耐え、封印を護る聖女となった。義兄にためになると言われ、王太子との婚約も泣く泣く受けた。だが、その結果は、公明正大ゆえに疎まれた義兄の追放だった。ブチ切れた聖女グレイスは封印を放り出して義兄についていくことにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる