【完結】神様、ちょっと黙ってて! 〜神様に愛されすぎた最強賢者は毎晩寝不足〜

水都 ミナト

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第七話 チルと海と魔物 2

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 さっきの魚に聞いた話だと、魔物は恐らくクラーケンだろう。
 巨大なイカのような風貌をしているが、その獰猛さは神話にも描かれるほどの代表的な海の魔物だ。船を襲った触手というのもクラーケンの足で間違いない。


 でも、クラーケンは深海に棲む魔物で、こんな浅瀬、しかも港のすぐそばに現れるなんて不自然だ。
「まったく、最近おかしなことが続いているな」

 クラーケンに対峙すれば、何か手掛かりが掴めるかもしれない。
 陸地からも視認できる距離にある島なので、あっという間に到着した。
 宙に浮かんだまま島を一周するが、クラーケンらしき姿は見えない。
 岩場の奥深くに潜んでいるのだろう。まずはおびき寄せる必要がありそうだ。

「確か食べ物を求めているんだったな」

 僕は宙に召喚魔法の魔法陣を描いた。

「今夜のおかずにするつもりだったけど、仕方ない」

 トン、と宙に浮かぶ魔法陣の中心を杖で突いて発動させると、パァッと眩い光が弾けて、ベーコンのブロックとパンが現れた。我が家の食糧庫から召喚したのだ。

 僕はベーコンとパンを海へと落とした。

 大事な食材たちは、プカリ、プカリと波に揺られて何度か浮き沈みを繰り返した後、水面が大きく迫り上がった。
 激しい水飛沫の中から姿を表したのは、僕の何倍もの大きさをした巨大な吸盤だった。海中には巨大な影が揺蕩っている。

「やっぱり、クラーケンだね。随分と大きいな」

 クラーケンは、ベーコンとパンを絡めとると、そのまま海の底へと帰って行こうとした。

「おっと、行かせないよ」

 僕は杖を振り下ろすと、クラーケンの影が映っている範囲の海水をごっそり浮かび上がらせた。
 巨大な水球に捕らえられ、その全容を現したクラーケンは、僕が今まで見た中でも最大サイズを誇っている。

「すごいな。小さな城ぐらいはあるんじゃないか?」

 急に海水ごと宙に持ち上げられたクラーケンは慌てた様子で逃げ出そうと暴れている。触手で水球を攻撃しているが、水球はゴムのように伸びて破れない。吸盤だけでも馬車ほどの大きさがある。水球に激突する度に鈍い水音が鼓膜を揺らす。

「ふうん、やっぱり普通じゃないよね……ん?」

 水球の周りをフヨフヨと回りながらクラーケンを観察していた僕は、小さな違和感を胸に抱いた。

「これは、魔力の痕跡か?」

 僕はクラーケンに杖を翳し、クラーケンの身体のあちこちから感じる魔力の残滓を吸収した。

「『再現』」

 魔力の残滓から、元の魔法を探知する。グニャリと杖の先に集まった魔力の光のカスが姿を変えていき、キラキラと陽光を反射しながら見知った姿を形成していく。

「これは、壺か? ん? この壺は……」

 長い首に林檎のような胴をしたその壺は、僕の記憶の中のあるものと一致した。

 魔封じの壺だ。

 魔物を倒しきれないと判断した時、壺の中に閉じ込めて封印するための代物で、数百年前に魔物が活発化した時に広く用いられたものだ。

 その魔力の残滓をクラーケンが纏っていたということは、このクラーケンは数百年前に魔封じの壺に封印された魔物なのだろう。
 長く封印されていたため、大量の食糧が必要だったのだ。消耗した体力を回復したら、次は人間や他の魔物を襲い始めていたに違いない。

 問題は、封印されていたクラーケンを誰が何の目的で解放したかということ。

「人的被害が出る前に、君にはこの世を去ってもらうよ」

 突然封印を解かれ、空腹のままに食べ物を追い求めたクラーケンにも少し同情してしまう。これだけ大きくて、封印されるほど厄介な魔物だったのなら、きっとのちょうどいい遊び相手になるだろう。

 僕は左手に嵌められた指輪に視線を落とす。
 中指は、海神アトラスとの繋がりを有している。

 中指の指輪に埋め込まれたアクアマリンの石に触れ、そのまま両手をクラーケンに向かって突き出した。

「あっちで楽しく暮らしておくれ。――『転送』」

 カッと指輪が青白く眩い光を弾けさせ、クラーケンが水球ごと光に飲み込まれていく。光はギュッと収束すると、目に追えない速さで海の底へと消えていった。あとはアトラスが何とかしてくれるだろう。

 依頼を達成した僕は、来た時と同じように空を滑空してレオンたちの元に帰ろうとして――クラーケンが根城にし
ていた無人島に視線を投げた。

「ふうむ……」

 しばし逡巡したあと、ニタッと自分でも気味が悪いと思う笑みを浮かべて港へと帰還した。





「チル!」
「レオン、港は楽しめた? サクッと終わらせてきたよ」

 港についてレオンたちを探してキョロキョロ辺りを見回していると、先に僕を見つけてくれたレオンが耳をぴょこぴょこ揺らしながら飛びついてきた。

「ん。魚、いろいろ。綺麗。美味しい」
「ははっ、そうか。それはよかった」

 レオンの頭を撫で撫でしていると、微笑ましげな表情を携えたエリックが近づいてきた。

「さすがですね。仔細をお伺いしても?」
「ああ、実は――」

 ペンと紙束を取り出したエリックに、僕はことの次第を説明した。魔物はクラーケンで、恐らく昔に封印された壺から解き放たれただろうこと。海底界に送り届けたので、もうクラーケンの脅威は去ったこと。

「魔封じの壺……ですか」
「うん。管理の難しい代物だから、王家が保管していることが多いんだけど。この国にもいくつかあるんじゃないか?」
「ええ……クラーケンとは比べ物にならないほどの災いが封じられた壺があると言われています」
「そうか……最近この国は魔物が活発化している。それが自然由来のものなのか、人為的なものなのか……後者だとしたら、城にあるっていう他の魔封じの壺の管理も強固にしたほうがいいね」
「参考にします」

 エリックは真剣な眼差しで僕の話を聞いてくれる。言外に不審な人物に注意するように伝えたつもりだけど、きっと僕の真意はエリックにきちんと伝わっている。詳しい調査については、彼に任せていれば大丈夫だろう。

「ああ、そうだ。今回の依頼報酬についてなんだけど――」
「――え? そのようなことでよろしいのですか?」

 僕が今回の依頼報酬として求めたことに、エリックは不思議そうに目を瞬いた。

「ああ。お金には困ってないし、そもそも森の生活にお金はあまり必要ないからね。それよりも、今はレオンにいろんな景色を見せてあげることの方が大事」
「にゃ?」

 僕の腰回りに抱きついたままだったレオンが、キョトンとした顔で見上げてくる。

「せっかくだから、夕飯に使う魚介を買って行こうか。じゃあ、エリック。また会おうね」
「はい、また」

 エリックは眩そうに目を細めると、深く頭を下げて人混みに紛れていった。

「さて、何か気になるものはある?」
「ん! レオン、あれ食べたい」
「え? どれどれ――」

 レオンにグイグイと手を引かれて、つんのめりながら僕たちも雑踏に溶け込んでいく。

「……チル様。あなたが願う平穏な生活を得られたのですね」

 そんな僕たちを振り返り、見送りながらエリックが呟いた言葉は、海風に拐われて僕の耳には届かなかった。
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