【完結】神様、ちょっと黙ってて! 〜神様に愛されすぎた最強賢者は毎晩寝不足〜

水都 ミナト

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第七話 チルと海と魔物 1

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「またか」
「にゃ?」

 僕は目の前でふよふよ浮かぶ依頼書を手に取り、小さく息を吐いた。

 依頼主はザギルモンド王国の国王ロスター。

 最近やけに依頼が多いんだよなあ。なんでこの国だけ魔物が活発化しているのだろう?
 あまり一国に肩入れすることは避けたいけれど、ことがことなので僕が出向くしかない。
 それに、下心見え見えの国王は、城に行くたびに晩餐会やパーティにしつこく誘ってくるので、少し憂鬱だ。

「で、今度はなんだ?」

 依頼内容に目を通した僕は、再び息を吐いた。

「チル?」
「ああ、ごめん。交易港に海の魔物が住み着いて困っているんだって」
「海!」

 海の文字を目にして憂鬱な僕に対して、レオンはパァァッと目を輝かせた。練習中の治癒魔法までキラキラと光を増している。

「あれ、レオンは海、初めて?」
「ん! レオン、ずっと森で暮らしてた」
「そっか……うん、そうだね。僕は海に近付くのは苦手だけど、海自体は好きだよ。果てしなく広がっていて、水平線の向こうには何があるのか考えるだけで心が弾む」
「チル、海、苦手?」

 レオンが心配そうに首を傾けている。僕は眉を下げて、安心させるようにレオンの頭を撫でた。レオンは嬉しそうに目を細めている。

「ちょっと事情があってね……まあ、行けばわかるよ」

 森でずっと暮らしてきたレオンにとって、海は想像もつかないほど雄大だろう。
 僕もレオンに海を見せてあげたいし、海を見て目を輝かせるレオンの顔が見たい。

「よし! サクッと依頼を片付けてしまおう。――うん、治癒魔法もかなり上達したね」
「えへへ」

 僕は依頼書から目を離し、レオンが治癒してくれた腕を掲げて状態を確認する。今日は刀傷を治癒してもらったけれど、傷があったとは分からないほど綺麗に治癒できている。
 レオンは、日々の頑張りの成果もあり、部分的な治癒は文句の付け所がないほどの技術を身につけた。最近は空間治癒魔法の感覚やコツを教え始めるまでになって、正直予想以上の適正に僕が一番驚いている。

 僕はもう一度レオンの頭を撫で、そのままレオンの手を握って転移魔法を発動した。

「『転移』」

 グニャンと身体が歪むいつもの感覚に耐え、依頼書を介して転移する。

「お」

 転移先で依頼書の原本を所持していたのは、文官服を着たメガネの青年だった。
 スラリと背が高く、短く切り添えられた金色の髪にルビーの瞳を有している。端正な顔立ちをしているが、大きな丸メガネがかなり目を引く。

「へえ、君か。久しぶりだね」
「……ご無沙汰しております」

 僕との再会を喜ぶように頬を綻ばせ、深く頭を下げる青年の名前はエリック。僕が人間界に戻って間もない頃、野党に襲われているところを救い出した縁がある。数日だけだけど一緒に生活をして、少しだけ魔法の使い方も教えた。

「メガネ、ようだね」
「ええ。とても助けられていますよ」

 トントン、と自分のこめかみを突いて見せると、エリックは爽やかに笑ってメガネをクイッと持ち上げた。所作がいちいち優美なやつだ。

「で、今回の依頼は? 君が取り仕切っているの?」
「ええ。これでも優秀な文官として、城の業務の多くを任されておりますので」
「へえ! たった半年ですごいね……ん?」
「……むう」

 久々の再会に少し心が浮ついていたら、ツン、と外套を後ろに引っ張られて振り向いた。

 おっといけない。二人で盛り上がりすぎて、レオンを置いてきぼりにしてしまった。

 ぷう、と頬を膨らませて拗ねた様子のレオンに詫びて、僕たちは問題の港に向かいながらエリックから概要を聞く。

「ここ半月ほど、港に近付く船が海の魔物に襲われる事件が続出しているのです。食料品を乗せた船ばかりが狙われており、海中から触手のようなものが伸びてきて、船ごと海の中に引きずり込まれるのです。魔物は食べ物に夢中で、今のところ怪我人以外、死者は出ておりませんが……」
「へえ、どうしたんだろう。お腹空いてるのかな」

 船を沈めるほどの魔物が栄えた港に姿を現すなんて、随分と珍しい。魔王リヴァルドと同様に、海神アトラスとの約束で危険な魔物は人里に近付かないはずなんだけど。

 まさか、また何か良からぬことでも企んでいるのか?

 僕は前科のある神様たちの顔を思い出し、少し警戒心を強めた。




「着きましたよ」

 考え事をしている間に、目的地に着いたらしい。

 人気の少ないゴツゴツとした岩場だ。

「港は人が多いので、足場が悪くてすみません」
「いや、ありがとう。僕としても人前で海に近付きたくないから助かるよ」
「はあ……」

 僕の言葉に首を傾げるエリック。

 そう、本当はなるべく海には近付きたくないんだよ……

 とも言ってもいられないので、僕は二人に下がっているように伝えると、ため息を吐きながら海へと足を踏み出した。僕が進む先にはもう陸地はない。僕が足を踏み出したのは、そう、海面に向かってで――

「えっ、危なっ……」

 背後で焦った声が聞こえるけれど、問題ない。
 ひらりと後ろ手に手を振って大丈夫だと伝えると、僕はそのまま重心を前に移動した。

 すると、ザバァァア! と勢いよく海水がうねり、海が真っ二つに割れた。その様子はまるで、主人に対して頭を垂れて跪き、道を譲るかのようだ。

 僕はそのまま海底を歩いて海の中へと足を踏み入れていく。
 思ったよりも水深が深くて、数歩進んだだけで滝のように流れる海水の壁を見上げるほどになった。

「さて、ここからだな」

 僕は右手を広げて召喚魔法で杖を取り出す。を弾くには杖がちょうどいいんだよね。
 足を止め、周囲を警戒しながら杖を構えていると、激しく流れる水音に紛れてビチビチビチッと魚が暴れる音がした。

 来る――!

 と身構えた次の瞬間、海水の壁から数えきれないほどの大小様々な魚が飛び出してきた。僕に突撃するように、それはもう勢いよく。身体を狙う魚もいるが、その多くは顔――口元に向かって飛び込むように猛進してくる。

「本当にっ、何度言ったら、分かるんだっ!」

 僕は杖を素早く振り回して魚の軌道を逸らして海中に送り返していく。けれども、次々に飛び出してくるものだからキリがない。

「ああ、もう!――『鎮まれ』!」

 ついに観念した僕は、海神アトラス直伝の魚類使役魔法で一喝した。
 すると、ビシリと身体が固まったように魚たちの動きが止まり、ビチビチと飛び跳ねながら海中へと退散していった。

「はあ、まったく……」

 海に来るたびにこれなんだから、参っちゃうよね。

 どうして魚たちが嬉々として僕に突進してくるかと言うと、ことは海底界での修行時代に遡る。

 僕はアトラスとの組手の合間に、魚たちとも魔法の特訓や使役魔法の練習で交流を深めていた。魚たちの主人であるアトラスと対等に接し、魚たちとも分け隔てなく触れ合っていたからか、いつの間にか随分と魚に慕われるようになっていった。
 そして、僕を好きすぎる魚たちの要望は二極化していった。

 僕ともっともっと遊びたい、特訓したい。
 僕に食べてもらいたい。

 前者はまだ相手になるけど、困ったのは後者だよね。
 キラキラと目を輝かせては僕の口の中に飛び込もうとしてくる。
 未調理の生きた魚を食べられるわけがないだろう! それ以前に友達として接してきたみんなを食べられるわけがない。

 アトラスにどうにかしてくれと頼んだけれど、『ワハハ! 魚たちもチルの血肉になれるのならば本望だろう』と気楽に笑って流された。僕はあの時のことをまだ許していない。

 おかげで人間界に戻ってからも、海の魚たちは僕を目にすると嬉々として飛び付いてくるようになったのだ。迷惑も甚だしい。

 そういうわけで、僕は海に近付き難くなってしまった。

「さて……ねえ、君」

 僕は周りを見渡し、ビチビチ飛び跳ねながら海の中へと戻ろうとしていた一匹の魚に声をかける。

「っ! っ!」
「分かった分かった、落ち着いて」

 声をかけられて歓喜に打ちひしがれる魚を宥めながら、僕は本題を切り出した。

「最近、この辺りに大きな海の魔物が出るって聞いたんだけど、何か知ってる?」
「っ! っ!」
「うんうん……ああ、なるほどなるほど。で、どこにいるか分かる? うん、ありがとう」

 感涙しながら飛び跳ねまくる魚を突いて海に戻してやると、僕はレオンとエリックの元へと戻った。
 僕が陸に上がると、ザパン! と二つに割れていた海が重力を取り戻したように元に戻った。その拍子に水の塊同士がぶつかって、大きな波が打ち寄せた。

「どうやら、その魔物ってのは沖合に見えるあの島を根城にしているらしい。その近くで船が座礁した時にたくさん食糧が落ちてきて、味をしめてしまったようだ」
「そ、そうなのですね……」
「チル……すごい。海、魔法?」

 僕の報告に呆気に取られるエリックと、海が二つに割れたことに興味津々のレオン。目をキラキラ輝かせて、ピクピクと耳を動かしている。

「え? ああ、違うよ。あれは勝手に海が僕を通してくれているだけ。そんなことしなくても、別にいいのにね」
「そ、そう……」

 空気を身体の周りに纏わせれば水中でも息ができるから困っていないのに、毎度僕が海に近付くと、どうぞどうぞと言うように海が道を譲るのだ。あわよくばそのまま海底界のアトラスの元まで……という魂胆まで透けて見える。もしかするとアトラスが裏で指示を出しているのかもしれない。

「ってことで、被害が出る前にサクッと片付けてくるね。エリックはレオンを連れて港で待ってて。よかったら辺りを案内してあげてよ」
「ちょ、一人で行くのですか?」
「ああ。島までの移動と、戦闘になった時のことを考えると僕一人の方がいい。エリック、レオンを頼んだよ」

 僕はそう言うと、風を纏って海面ギリギリを猛スピードで飛んだ。
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