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第八話 チルと古の厄災 1

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「じゃあ、よろしく頼むよ!」
「ん、任せて!」

 ザギルモンド国王に釘を刺した翌日の夕暮れ時、今日は五日に一度の至福の時。レオンの睡眠魔法で朝までぐっすり眠れる日だ。

「ああ、本当にレオンのおかげで僕は幸せだよ……睡眠、最高!」

 ガッツポーズをしながらベッドに寝転がると、レオンは恥ずかしそうに頬を掻いている。

「えへへ。レオン、チルの力になれて、嬉しい」

 治癒魔法の練習を始めてから、ますますレオンは魔力操作の腕を上げている。元々心優しく丁寧なレオンには適性があったとはいえ、治癒魔法の技術はそこらの治癒師にも引けを取らない。空間治癒魔法の説明も済ませてあるし、機会があれば実践させてみたいものだ。

「じゃあ、睡眠魔法、かける。チル、目を閉じて」
「はーい」

 レオンに促されるままに瞼を落とすと、一気に意識が沈んでいく。これで目が覚めたら朝になっているはず――

 そう思って幸せな心地で眠りについた。





「……ル、チル。起きて、チル」
「ん……んん、なんだ? わっ、まだ真っ暗じゃないか」

 ふわふわと気持ちよく眠っていたのに、意識を引き上げられるように覚醒した僕は、目を擦りながらまだ暗い窓の外に視線を移した。

「チル……何か、変。すごく嫌な感じ」
「え?」

 レオンは怯えた様子で僕に縋り付いてきた。尻尾は丸くなり、髪の毛や耳の毛が逆立っている。

 僕はレオンの肩を抱いたまま家の外に出た。

 眠りにつくまでは雲一つなかった星空は、鈍色にびいろの雲に覆い尽くされていた。
 それだけではなく、黒い稲光を携えていて、周囲の気温もグンと下がっているように感じる。

「チル、こわい……」
「大丈夫。レオンは僕が守るから」

 震えるレオンの肩を強く抱き、曇天の空を睨みつける。

 これは、雲の向こうに何かいる――

 そう思った直後、耳をつんざくような破裂音がして、真っ黒な稲妻が僕達の目の前に落ちた。

「くっ……」

 雷が落ちた場所は真っ黒に焼けこげ、周囲の木々は紫色の炎にあっという間に包まれてしまった。

「チッ」

 水魔法で水の塊をぶつけて消火しようにも、どうしてか炎は消えない。どんどん延焼していって、あっという間に周囲を紫色の炎に取り囲まれてしまった。

 ただの稲妻でも炎でもないらしい。これはもしかして――

 フッと脳裏にこの異変の原因を思い浮かべたと同時に、地面から滲み出るように真っ黒な影が広がって、ドロリとした不気味な何かが迫り上がってきた。

 形を持たないそれは、ドロリドロリと流動的に形を変えながら、地を這うような低いうめき声を上げた。

『ケ、ケケ、賢者。ユル、ユルサナイ』

 怒気を滲ませながら、どんどん大きくなっていくそれを前に、僕の背に冷たい汗が流れる。

「はっ……まさか、大昔に封じられたという厄災を復活させるとはね」

 人間界での歴史上、最も恐れられた古の厄災。影から染み出したそれに触れると、生命が枯れ、影に吸収されて養分とされてしまう。どこから姿を現したのか分からない厄災により、当時世界の半分の人間の生命は吸い取られてしまった。

 数多もの人間の生命を養分に超え太った厄災により、世界は荒廃し、人類は滅亡に向かっていった。

 その厄災に命懸けで立ち向かい、自らの命を犠牲に封印したのが、のちに初代賢者と称されるようになった一人の人間だった。

 厄災を封じた魔封じの壺は、とある国の地下深く、強固に封印されて保管されていたはずなのに、どうして解き放たれているのか。その答えは明白。馬鹿な誰かが魔封じの壺を割りやがったんだ。

「あのクソ国王……」

 目の前でおどろおどろしい様相を成す厄災からは、ザギルモンド国王の恨みの念を感じる。まさか、僕一人に意趣返しするために、こんなものにまで手を出すなんて。

「ち、チル……大丈夫、だよね?」

 レオンがガタガタ震えながら僕にしがみつき、縋るように見上げてくる。

 厄災というものは、恨みの念が強いほどその力を増す。どうやらこいつには多少なりとも意思があるようで、封印されていた長い間もきっと封印した初代賢者を恨み続けてきたのだろう。さらにザギルモンド国王の恨みも糧にしているらしく、僕の目で見極めた限り、容易に勝てる相手ではなさそうだ。

「ちょっと、厳しそうだな」

 とにかく、こいつを解き放つわけにはいかない。

 懸命に有効打がないか脳をフル回転させていた僕は、背後から伸びる影に気が付かなかった。

「にゃっ⁉︎ チ、チルッ――」
「な、レオン⁉︎」

 急に腕の中から滑り落ちるようにレオンが消えた。慌てて足元を見ると、影の中に吸い込まれていくレオンの手が見えた。

「くそっ」

 咄嗟に手を伸ばすも、指先を掠めただけでレオンはどぷりと厄災の影の中に飲み込まれてしまった。

「貴様……っ!」

 僕は怒りにより滲み出た膨大な魔力を隠すことなく厄災を睨みつけた。

『ク、クク……返シテホシクバ、カノ国マデ来イ』

 厄災は不気味な笑い声を残して、闇の中に消えていった。

「くそっ! あの野郎。最初からレオンを狙っていたんだ」

 雲が晴れて満天の星空が望む中、僕はただレオンが吸い込まれていった地面を殴りつけることしかできなかった。
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