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第九話 魔王召喚の儀 1

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 厄災によるひと騒動から十日、しばらく安静に過ごしていたレオンもすっかり元気になり、僕たちは日常を取り戻しつつあった。

 光魔法で守護されていたとはいえ、厄災に攫われて生命の危険に晒されたショックもあり、レオンはしばらく魔法を使わずにしっかり休んでもらっている。つまり僕はもう十日も安眠できていない。

 そう、就寝時の寝不足問題も依然継続中なのさ。むしろ以前より酷くなったぐらいで頭を抱えている。

『ねぇねぇ、チル~、またやりましょうよ』
『そうじゃそうじゃ、あれは楽しかった』
「はあ、また言っているのか。だからあれは緊急事態だったから仕方なく力を借りたのであってだな」
『なるほど、では厄災級の危機が人間界に起こればあるいは……』
『フハハ! なんだリヴァルド、また悪巧みか? 懲りないやつめ! だがいつでも協力してやるぞ!』
「おい、僕の前でなんの話をしている。もしまた何かすれば今度こそ絶交だぞ」
『ぐ……じょ、冗談だ!』
『まったく、懲りない人たちですね』

 神下ろしをしてからというもの、余程嬉しかったのか、楽しかったのか――まあ両方か。神様たちは事あるごとにまた神下ろしをしろと駄々をこねてくるようになった。

『むう、呼んでくれぬのなら、早くこちらに来てくれ』
『そうだぞ! オレ様はチルの身体を借りるのも楽しかったが、やはり同じ身体を使っていては拳で語らうことはできんからな!』
『神下ろしの話をして以来、精霊たちも会いたがっているのです。だから、早く会いに来てください』
『あー! リーフィンったらズルいわ! 一番会いたいのはあなたのくせに!』

 ギャンギャン騒ぐ神様たちに、頭が痛い。比喩じゃなくて本当に頭の中で声が響くもんだから勘弁して欲しい。

『あ、そうだわ。チル、あの子に付与した加護の力はどんな塩梅?』
「ん? ああ、レオンにはしばらく安静にしていてもらったから、まだ使ってないよ」

 ふと思い出したように、ヴィーナが問いかけてきた。

 あの日僕の身体を使って勝手にレオンに女神の加護を与えたヴィーナ。勝手な奴だ。まあ、治癒魔法の精度が上がるだろうし、レオンも回復してきたからそろそろ使ってみるのもいいかな。

『それで、例の元国王はどうなった?』
「ああ、エリックに一任しているよ。政治中枢に巣食っていた古参大臣たちも軒並み牢屋に放り込めたみたいだよ。余罪を追求して、どう裁くかは彼次第かな」

 ザギルモンド元国王は、意外にも牢屋でおとなしくしているらしい。時折ブツブツと何やら恨み言のようなものを呟いていると監視の兵からは報告が上がっているらしい。
 真面目なエリックは、進捗があるたびに僕に手紙を飛ばしてくれる。まあ、僕もあの男がまだ何か良からぬことを企んでいる可能性も視野に入れているから助かっている。

「まあ、何もない牢屋じゃ、あの男も何もできないと思うよ」
『だといいがなあ』

 リヴァルドにしては珍しく、歯切れが悪い様子だ。

『そんなことより楽しい話をしましょうよう! ねえ、チルは誰が主導権を握っているときが一番楽しかった? やっぱり私よねえ!』
『何を言うか! わっちであろう。ああ、尻尾を具現化しておけばよかった……!』
『ワハハ! 厄災を殴り飛ばした時が一番スカッとしたであろう? つまり、オレ様が! 一番!』
『うるさいですよ、脳筋が』
『なんだとお⁉︎』
「わー! もう! ちょっと静かにできないの⁉︎」

 真面目な話をしていたかと思うとこれだ。結局この日も朝までやいやい低レベルな言い争いが尽きずに、目覚めた僕の目の下にはハッキリとしたクマが刻まれていた。








「レオン、調子はどうだい」
「ん、もう大丈夫。レオン、捕まってごめん」
「それはもういいって言っただろう?」

 昼食を済ませた僕とレオンは、すっきりと晴れた青空の下でレオンの健康チェックを行なっていた。

 レオンは厄災に囚われて僕に迷惑をかけたとずっと落ち込んでいる。

「それに、レオンを守れなかった僕がいけないんだ。もう二度と君を危険に晒さないと誓うよ」

 レオンの両手を取って、真っ直ぐにサファイアブルーの瞳を見据える。
 女神の加護を受けてから、僅かに瞳の色の深みが増した気がする。

 あまりにレオンの目が綺麗で、僕はジッとレオンの瞳に見入ってしまう。レオンは瞳を潤ませながら、モジモジと頬を染め始めた。

「あ、ごめんね。不躾だったね」
「ううん、だ、大丈夫……」

 パッと手を離すと、レオンは僅かに残念そうに眉尻を下げた。その時、レオンの耳がピクンと動いた。

「あっち、何かいる」

 ピンと耳を立てて音を探るレオンが指差したのは、深くて暗い森の入り口。

 耳に意識を集中させると、確かに生き物の気配がした。

 刺客か、あるいは諜報員か……

 レオンの肩を抱き寄せ、警戒心を強めていると、ガサガサっと草の根をかき分ける音がして、倒れるように何かが姿を現した。

「うさぎ……?」
「ああ、まあただのうさぎじゃなさそうだけど」

 ピクリとも動かないうさぎには鹿のような角が生えている。恐らくこいつは小型の魔物、ジャッカロープだろう。

 僕とレオンは顔を見合わせると、警戒しつつもジャッカロープに近づいた。

「ひっ、痛そう……」
「ああ、ひどい怪我だ」

 僅かに意識を保ったジャッカロープは、僕たちの接近に気づいてはいるようだが、威嚇する力も残っていないらしい。

 ふうふう、と浅い呼吸を繰り返している。

 その脇腹には、三本の深い爪痕が刻まれている。
 恐らく他の魔物に襲われて、命からがら逃げてきたのだろう。

「チル……」
「……ああ、いいよ」

 レオンが窺うように僕を見上げてくるので、小さく息を吐いてから僕は頷いた。

 レオンは、ジャッカロープの側に膝をつき、「大丈夫だよ」と声をかけながら両手を翳した。

 ポウ、と優しく淡い光がレオンの掌に集まっていく。

 奇しくも、女神の加護を得てから初めての治癒魔法だ。少しは治癒魔法の効果が上がっているだろうな、と僕はそう思いながらレオンの治療を見守ってた。

「んんん?」

 いや、待って? 眩し……!
 ちょっとどころか、今までの治癒魔法と比べ物にならないぐらいの力なんですけど⁉︎

 え、もしかしたら僕以上ってことも……

 レオンはパァァァァッと癒しの光を溢れさせながら、ジャッカロープを光で包んでいく。
 かなり深い致命傷に見えたけど、瞬く間に傷が光に埋め尽くされていく。

「おお……」

 そしてあっという間に傷が塞がり、虫の息だったジャッカロープがピンッと耳を立てて飛び上がった。

「あ……大丈夫?」

 ジャッカロープは警戒心が強い魔物だ。

 身体が動くと分かった途端に脱兎の如く逃げ出そうとし――足を止めた。心配そうに見つめるレオンを一瞥し、ピョンピョンッと素早く足元まで跳ねてきた。そして、スリ、と鼻先をすり寄せるとピャッと草むらの中に飛び込んであっという間に姿を消した。

 あの子なりに感謝を伝えてくれたのだろう。レオンも嬉しそうに耳をピクピク動かしている。

「レオン、すごかったね」
「あ……うん、なんか、身体がポカポカしてた」

 レオンは不思議そうに両手を見つめている。どうやら、僕が思っていた以上にレオンは治癒魔法に適性があったようだ。

 それにしても、睡眠魔法に治癒魔法まで一流ときたら、診療所や神殿に引っ張りだこになるほどの人材だ。すっかり手に職をつけたレオンは、きっとどこでもやっていけるだろう。いつか、レオンが僕の元を去る日も遠くないかもしれないな。
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