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第五話 満天の星
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「うっわ……」
ゴンドラで十数分。いくつもの山を超えてたどり着いた高原に降り立った俺は思わず感嘆の声を漏らした。
山の上には過度な照明は存在しない。足元や道順を照らすライトがところどころに設置されているが、それでもすでに星が降ってきそうなほど近い。
『すご……』
小鳥遊も圧倒されているらしく、ゴンドラでもひたすらおしゃべりしていた口がポカンと開いているようだった。
ちなみにゴンドラは先の家族と同じものに乗ったので少々気恥ずかしさを感じたが、少年2人が好きなアニメやゲームの話をしていたので妙な沈黙が訪れずに助かった。まあ、俺に限ってはずっと小鳥遊の話し声が聞こえていたんだがな。家族の前だから相槌が打てなかったが、それも承知の上で喋っていたようだ。
ゴンドラの建物付近は少しイルミネーションが施されていたが、天体ショーが始まる時にはスキー場の照明は全て落とされるそうだ。
ライトを頼りに道なりに進むと、すでにたくさんの人が高原にレジャーシートを広げて空を仰いでいた。
俺も周囲に人が少ない一角にレジャーシートを広げて、靴を脱いであぐらを組む。靴はレジャーシートが飛ばされないように角に1つずつ置く。リュックも対角に置いておく。
ツアーなので案内のお姉さんが注意事項やこの後の流れについてメガホンで説明している。断片的にその話を聞き取りながら、俺はスマホのライトでカメラの設定を確認する。
暗闇でも星の淡い光を拾えるように絞り値は低めに設定。ISO感度も限界まで上げた。
『おや、それだとノイズ拾っちゃうかも』
「ノイズ?」
カメラをいじっていると、小鳥遊先生のご指導が入った。
『そう。被写体は星空だから、ISO感度を上げすぎちゃうと、ノイズなのか星の光なのか分からなくなるんだよ。だから最大値から少し下げて……そうそう、そんなもん』
「へえ。ありがとな」
カメラは奥深い。素直に礼を言ったのに、しばしの間があいた。
「ん? どうかしたのか?」
『え、あ、いや。ははっ、あんまり素直だから驚いちゃった』
「俺はいつでも素直だろうが」
『どうだかね~』
カメラを買った日以来俺と行動を共にしている小鳥遊は、夏休みにも関わらず、誰とも連絡を取らず、誰からの誘いもなく、一人旅の合間にはバイトと課題しかしないつまらない俺の生活に何か察するものがあるのかもしれない。
『あ、そうそう。ピントはMF……マニュアルフォーカスにして手動で切ったほうがいいよ。限界までフォーカスを回してから、ちょっとずつ戻すの。それでいい具合のところでパシャッ!』
「MFにして……限界まで回す、と。オッケ。照明落ちたらピント合わすわ」
カメラの準備は整った。あと数分で照明が落ちるアナウンスも入っている。暗闇に目を慣らすためにそれまでは目を閉じているといいと言っているので瞼を落とす。
いつもはうるさいぐらいの小鳥遊の声が聞こえないので、同じく隣に転がって星空を仰いでいるのだろう。
間も無く、案内のお姉さんがカウントダウンを始めた。
「5、4、3、2、1……はい、目を開けてくださーい!」
「………………」
『………………』
数分かけて暗闇に慣らしていた目は、はっきりと満天の星を映し出した。
降って来そうな、という表現をよく聞くが、まさにそんな感じだ。遮るものがない夜空の端から端まで、瞬く星々で埋め尽くされている。圧巻だ。凄すぎて感嘆の声すら失ってしまうほどに。
星の海を遮るように靄のようなものが密集している箇所がある。恐らく天の川だろう。
「……すっげえな」
『うん、すごい。星ってこんなにたくさんあるんだね』
「そりゃそうだろ。地球だって広い宇宙の1つの星に過ぎないんだから」
『そりゃそうだ。人間なんてちっぽけだね』
「ちっぽけだな」
視界が星で埋め尽くされていて、広い宇宙に一人放り出されたような錯覚にさえ陥る。吸い込まれて、漂って、一体どこへ行くのだろう。
本当に人間はちっぽけだ。そんなちっぽけな人間の悩みなんて、もっともっとちっぽけだ。喉奥に引っかかった小骨のように俺の心を蝕んでいたちっぽけなプライドや見栄がぽろりと抜け落ちた気がした。妙に頭も心もスッキリと晴れ渡ったような心地がする。
しばらく星空に魅入られていたが、ハッとカメラの存在を思い出して慌てて構える。小鳥遊に言われた通り、限界までフォーカスを回してからゆっくりとピントが合う位置を探る。ここだ、と思ったところで何回かシャッターを切った。
「ん……まあまあかな」
『どれどれ……まあまあだね。この星空の感動を全部は収められないよねえ』
「仕方ない」
『目に焼き付けよう』
もっと色々と設定を弄れば多様な写真が撮れるんだろう。でも、今はもう今後一生出会えるかどうか分からないほど素晴らしい星空を少しでも長く肉眼で見たかった。
30分ほどで、ゆっくりと高原のライトが再点灯した。とても長かったような、あっという間だったような、不思議な余韻が残っている。
ザワザワと参加者がレジャーシートを片付け始める気配がしたので、俺も急いで片付けた。下りのゴンドラはかなり混むようなので、そそくさと乗り場へと向かう。所々に設置されたスピーカーから、案内のお姉さんの「今夜の星空は、今シーズン一番でした!」という興奮気味の声が聞こえてきた。
一人で行動していることも幸いして、長蛇の列ができる前にゴンドラに乗り込むことができた。
だが、不幸なことに、下りのゴンドラは知らないカップルと一緒になった。星空効果で二人の雰囲気もとてもロマンチックに出来上がっている。肩を寄せ合い、俺のことなんて見えていない。居た堪れない。俺はガラス窓にもたれて少しでも長く星空の余韻に浸れるように遠く遠くへと視線を投げた。
行きは賑やかだった小鳥遊も、帰りは随分と静かだった。きっと彼女も先の星空が忘れられなくて、噛み締めているんだろうな。
徐にカメラに電源を入れて、撮影した星空の写真を表示する。今日の光景を思い起こすには十分すぎる1枚だ。これから先、この写真を見れば小さな悩みも軽く吹き飛ばせるような、そんな気がした。
ゴンドラで十数分。いくつもの山を超えてたどり着いた高原に降り立った俺は思わず感嘆の声を漏らした。
山の上には過度な照明は存在しない。足元や道順を照らすライトがところどころに設置されているが、それでもすでに星が降ってきそうなほど近い。
『すご……』
小鳥遊も圧倒されているらしく、ゴンドラでもひたすらおしゃべりしていた口がポカンと開いているようだった。
ちなみにゴンドラは先の家族と同じものに乗ったので少々気恥ずかしさを感じたが、少年2人が好きなアニメやゲームの話をしていたので妙な沈黙が訪れずに助かった。まあ、俺に限ってはずっと小鳥遊の話し声が聞こえていたんだがな。家族の前だから相槌が打てなかったが、それも承知の上で喋っていたようだ。
ゴンドラの建物付近は少しイルミネーションが施されていたが、天体ショーが始まる時にはスキー場の照明は全て落とされるそうだ。
ライトを頼りに道なりに進むと、すでにたくさんの人が高原にレジャーシートを広げて空を仰いでいた。
俺も周囲に人が少ない一角にレジャーシートを広げて、靴を脱いであぐらを組む。靴はレジャーシートが飛ばされないように角に1つずつ置く。リュックも対角に置いておく。
ツアーなので案内のお姉さんが注意事項やこの後の流れについてメガホンで説明している。断片的にその話を聞き取りながら、俺はスマホのライトでカメラの設定を確認する。
暗闇でも星の淡い光を拾えるように絞り値は低めに設定。ISO感度も限界まで上げた。
『おや、それだとノイズ拾っちゃうかも』
「ノイズ?」
カメラをいじっていると、小鳥遊先生のご指導が入った。
『そう。被写体は星空だから、ISO感度を上げすぎちゃうと、ノイズなのか星の光なのか分からなくなるんだよ。だから最大値から少し下げて……そうそう、そんなもん』
「へえ。ありがとな」
カメラは奥深い。素直に礼を言ったのに、しばしの間があいた。
「ん? どうかしたのか?」
『え、あ、いや。ははっ、あんまり素直だから驚いちゃった』
「俺はいつでも素直だろうが」
『どうだかね~』
カメラを買った日以来俺と行動を共にしている小鳥遊は、夏休みにも関わらず、誰とも連絡を取らず、誰からの誘いもなく、一人旅の合間にはバイトと課題しかしないつまらない俺の生活に何か察するものがあるのかもしれない。
『あ、そうそう。ピントはMF……マニュアルフォーカスにして手動で切ったほうがいいよ。限界までフォーカスを回してから、ちょっとずつ戻すの。それでいい具合のところでパシャッ!』
「MFにして……限界まで回す、と。オッケ。照明落ちたらピント合わすわ」
カメラの準備は整った。あと数分で照明が落ちるアナウンスも入っている。暗闇に目を慣らすためにそれまでは目を閉じているといいと言っているので瞼を落とす。
いつもはうるさいぐらいの小鳥遊の声が聞こえないので、同じく隣に転がって星空を仰いでいるのだろう。
間も無く、案内のお姉さんがカウントダウンを始めた。
「5、4、3、2、1……はい、目を開けてくださーい!」
「………………」
『………………』
数分かけて暗闇に慣らしていた目は、はっきりと満天の星を映し出した。
降って来そうな、という表現をよく聞くが、まさにそんな感じだ。遮るものがない夜空の端から端まで、瞬く星々で埋め尽くされている。圧巻だ。凄すぎて感嘆の声すら失ってしまうほどに。
星の海を遮るように靄のようなものが密集している箇所がある。恐らく天の川だろう。
「……すっげえな」
『うん、すごい。星ってこんなにたくさんあるんだね』
「そりゃそうだろ。地球だって広い宇宙の1つの星に過ぎないんだから」
『そりゃそうだ。人間なんてちっぽけだね』
「ちっぽけだな」
視界が星で埋め尽くされていて、広い宇宙に一人放り出されたような錯覚にさえ陥る。吸い込まれて、漂って、一体どこへ行くのだろう。
本当に人間はちっぽけだ。そんなちっぽけな人間の悩みなんて、もっともっとちっぽけだ。喉奥に引っかかった小骨のように俺の心を蝕んでいたちっぽけなプライドや見栄がぽろりと抜け落ちた気がした。妙に頭も心もスッキリと晴れ渡ったような心地がする。
しばらく星空に魅入られていたが、ハッとカメラの存在を思い出して慌てて構える。小鳥遊に言われた通り、限界までフォーカスを回してからゆっくりとピントが合う位置を探る。ここだ、と思ったところで何回かシャッターを切った。
「ん……まあまあかな」
『どれどれ……まあまあだね。この星空の感動を全部は収められないよねえ』
「仕方ない」
『目に焼き付けよう』
もっと色々と設定を弄れば多様な写真が撮れるんだろう。でも、今はもう今後一生出会えるかどうか分からないほど素晴らしい星空を少しでも長く肉眼で見たかった。
30分ほどで、ゆっくりと高原のライトが再点灯した。とても長かったような、あっという間だったような、不思議な余韻が残っている。
ザワザワと参加者がレジャーシートを片付け始める気配がしたので、俺も急いで片付けた。下りのゴンドラはかなり混むようなので、そそくさと乗り場へと向かう。所々に設置されたスピーカーから、案内のお姉さんの「今夜の星空は、今シーズン一番でした!」という興奮気味の声が聞こえてきた。
一人で行動していることも幸いして、長蛇の列ができる前にゴンドラに乗り込むことができた。
だが、不幸なことに、下りのゴンドラは知らないカップルと一緒になった。星空効果で二人の雰囲気もとてもロマンチックに出来上がっている。肩を寄せ合い、俺のことなんて見えていない。居た堪れない。俺はガラス窓にもたれて少しでも長く星空の余韻に浸れるように遠く遠くへと視線を投げた。
行きは賑やかだった小鳥遊も、帰りは随分と静かだった。きっと彼女も先の星空が忘れられなくて、噛み締めているんだろうな。
徐にカメラに電源を入れて、撮影した星空の写真を表示する。今日の光景を思い起こすには十分すぎる1枚だ。これから先、この写真を見れば小さな悩みも軽く吹き飛ばせるような、そんな気がした。
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