12 / 14
第十二話 陽菜と両親の話②
しおりを挟む
『正直、どうしよっかな~って思ったよ? まさか買われるとは思ってなかったし。ずっと隠れてひっそりと過ごすこともできたけど、隠れてばかりの日々にも飽き飽きしていたからね』
「その割にノリノリだった気がするけどな……」
小鳥遊と初めて出会った日のことを思い出す。うん、だいぶテンション高めだった気がする。
『第一印象は大事でしょ? それに、少し話しただけで悠馬はいい人だって分かったから』
「……ふうん」
『あ、照れた』
「うるせ、照れてない」
俺は大学に入ってから人と最低限の関わりしか持ってこなかった。だから、実は小鳥遊と毎日他愛のない話をすることで、かなり人と話すことへの苦手意識が和らいでいた。
圭一と友達になろうという気になったのも、小鳥遊との会話が楽しかったからでもある。あちこち一緒に旅して、俺の世界の狭さを痛感した。そして、世界を狭めていたのは、他でもない俺自身だということにもようやく思い至ることができた。
ならば、閉じた世界をこじ開けるのも、俺にしかできないことだと思った。
だから、一歩踏み出すことにした。
その後押しとなったのは、小鳥遊の存在だった。本人には言わないけどな。
「さて……」
小鳥遊との不毛なやり取りを切り上げ、俺は小鳥遊家の豪邸を仰いだ。
小鳥遊に確認して、両親の休診日を選んで今日ここへやって来た。やって来たはいいが、どうするかな。
チャイムを鳴らして中へ入れてもらう? いや、いきなり訪ねてきた不審な男を易々と家の中に入れるか?
小鳥遊の母さんとは一応カメラ屋で顔を合わせているが、さすがに覚えていないだろうし、出てくるまで待つというのも現実的ではない。
うーん、と頭を悩ませていると、でかい玄関扉がガチャリと音を立てて開いた。
「えっ」
なんというタイミングだ。中から俯き加減で出て来たのは、小鳥遊の母さんだった。
「……そのカメラ……あなたは、あの時の?」
小鳥遊の母さんは、玄関前で立ち尽くしている俺に不審げな視線を投げたが、すぐに首から下げたカメラに気がついたようだ。目を眇めてジッと俺の顔を見てから、呟くように言葉を漏らした。俺のことを覚えているのか。
「こ、こんにちは。すみません、突然。ええっと……実は、小鳥遊……いや、陽菜、さんのことでお聞きしたいことがありまして」
「陽菜の……? あなた、一体?」
小鳥遊の名前を出した途端、小鳥遊の母さんは瞳を激しく揺らした。
「陽菜さんの友人です。このカメラを託されました」
「陽菜に……そう。そうだったの……ごめんなさい、玄関先で。よかったら上がってください。主人もおりますので」
なんと、家の中に上げてもらえるのか。俺が言うのもなんだが、ちょっと警戒心が足りないんじゃないか?
と心配になるが、きっとこのカメラが通行手形なのだろう。俺は遠慮なく豪邸の中にお邪魔した。
「すげ……」
玄関は大理石。廊下も壁も真っ白で清潔感はあるが、どこか寂しげで殺伐とした様相をしている。
通されたのはリビング。大きなソファにゆったりと腰掛けているのが、小鳥遊の父親だろうか。
『お父さん……』
小鳥遊が呟くように言ったので、どうやら父親らしいな。
「お邪魔します」
ペコリと頭を下げるも、小鳥遊の父さんは怪訝な顔をして問いかけるように小鳥遊の母さんを一瞥する。
「……陽菜の、友人なのですって。あの子のカメラを買ってくれたのよ」
「…………そうか」
二人とも視線を合わせずに、辛うじて聞こえる程度の声音で会話を交わしている。
「どうぞ。座ってください」
小鳥遊の母さんに促されて、小鳥遊の父さんの対面に浅く腰掛ける。素早く紅茶と茶菓子が出て来たので驚いた。
小鳥遊の母さんは、茶菓子の用意を終えると、静かに小鳥遊の父さんの隣に腰掛けた。
「それで、どうしてそのカメラが陽菜のものだと分かったの? カメラを託されたって言っていたけど、陽菜は事故死だったわ。事故を予期できるわけがないし、カメラだって、まだ買って日が浅かったはずなのに」
小鳥遊の母さんの疑問はもっともだ。
ここからは、家族の問題だ。きっと、みんな本音を言えないままに突然の別れとなってしまったのだろう。この人たちには、お互いに向き合い対話する時間が必要なのだと思う。
「小鳥遊から、事故に至る経緯は簡単に聞いています」
「事故に至る経緯って……どういうこと?」
きっと俺の口から説明したところで、信じてはもらえない。現に、小鳥遊の父さんの視線は随分と鋭い。この目に幼い頃から見据えられていた小鳥遊の心を思うと、少し胸が詰まる思いがする。
「それは、ぜひ本人に聞いてみてください。彼女もまた、苦しんでいます。この世に未練があるんです。それはきっと、あなたたちに自分の本当の気持ちを伝えていないことなのだと思います。……なあ、小鳥遊。この機会に、本音をぶつけてみろよ」
俺はそっとカメラを撫でると、ソファの間に置かれたガラス製のローテーブルに置いた。
小鳥遊の両親は、カメラを見て苦しそうに眉間に皺を寄せた。
「どうぞ、カメラに触れてみてください」
さて、家族の話に部外者は立ち入り禁止だ。そう思ってカメラから手を離そうとして――小鳥遊のすがるような声がした。
『お願い、悠馬。見守っていて欲しいの』
「……分かった」
俺は離そうとした手を止めて、指先をカメラに添えたまま、二人がカメラに触れるのを待った。
小鳥遊の両親は、顔を見合わせると、恐る恐るといった調子でカメラに手を伸ばした。
「その割にノリノリだった気がするけどな……」
小鳥遊と初めて出会った日のことを思い出す。うん、だいぶテンション高めだった気がする。
『第一印象は大事でしょ? それに、少し話しただけで悠馬はいい人だって分かったから』
「……ふうん」
『あ、照れた』
「うるせ、照れてない」
俺は大学に入ってから人と最低限の関わりしか持ってこなかった。だから、実は小鳥遊と毎日他愛のない話をすることで、かなり人と話すことへの苦手意識が和らいでいた。
圭一と友達になろうという気になったのも、小鳥遊との会話が楽しかったからでもある。あちこち一緒に旅して、俺の世界の狭さを痛感した。そして、世界を狭めていたのは、他でもない俺自身だということにもようやく思い至ることができた。
ならば、閉じた世界をこじ開けるのも、俺にしかできないことだと思った。
だから、一歩踏み出すことにした。
その後押しとなったのは、小鳥遊の存在だった。本人には言わないけどな。
「さて……」
小鳥遊との不毛なやり取りを切り上げ、俺は小鳥遊家の豪邸を仰いだ。
小鳥遊に確認して、両親の休診日を選んで今日ここへやって来た。やって来たはいいが、どうするかな。
チャイムを鳴らして中へ入れてもらう? いや、いきなり訪ねてきた不審な男を易々と家の中に入れるか?
小鳥遊の母さんとは一応カメラ屋で顔を合わせているが、さすがに覚えていないだろうし、出てくるまで待つというのも現実的ではない。
うーん、と頭を悩ませていると、でかい玄関扉がガチャリと音を立てて開いた。
「えっ」
なんというタイミングだ。中から俯き加減で出て来たのは、小鳥遊の母さんだった。
「……そのカメラ……あなたは、あの時の?」
小鳥遊の母さんは、玄関前で立ち尽くしている俺に不審げな視線を投げたが、すぐに首から下げたカメラに気がついたようだ。目を眇めてジッと俺の顔を見てから、呟くように言葉を漏らした。俺のことを覚えているのか。
「こ、こんにちは。すみません、突然。ええっと……実は、小鳥遊……いや、陽菜、さんのことでお聞きしたいことがありまして」
「陽菜の……? あなた、一体?」
小鳥遊の名前を出した途端、小鳥遊の母さんは瞳を激しく揺らした。
「陽菜さんの友人です。このカメラを託されました」
「陽菜に……そう。そうだったの……ごめんなさい、玄関先で。よかったら上がってください。主人もおりますので」
なんと、家の中に上げてもらえるのか。俺が言うのもなんだが、ちょっと警戒心が足りないんじゃないか?
と心配になるが、きっとこのカメラが通行手形なのだろう。俺は遠慮なく豪邸の中にお邪魔した。
「すげ……」
玄関は大理石。廊下も壁も真っ白で清潔感はあるが、どこか寂しげで殺伐とした様相をしている。
通されたのはリビング。大きなソファにゆったりと腰掛けているのが、小鳥遊の父親だろうか。
『お父さん……』
小鳥遊が呟くように言ったので、どうやら父親らしいな。
「お邪魔します」
ペコリと頭を下げるも、小鳥遊の父さんは怪訝な顔をして問いかけるように小鳥遊の母さんを一瞥する。
「……陽菜の、友人なのですって。あの子のカメラを買ってくれたのよ」
「…………そうか」
二人とも視線を合わせずに、辛うじて聞こえる程度の声音で会話を交わしている。
「どうぞ。座ってください」
小鳥遊の母さんに促されて、小鳥遊の父さんの対面に浅く腰掛ける。素早く紅茶と茶菓子が出て来たので驚いた。
小鳥遊の母さんは、茶菓子の用意を終えると、静かに小鳥遊の父さんの隣に腰掛けた。
「それで、どうしてそのカメラが陽菜のものだと分かったの? カメラを託されたって言っていたけど、陽菜は事故死だったわ。事故を予期できるわけがないし、カメラだって、まだ買って日が浅かったはずなのに」
小鳥遊の母さんの疑問はもっともだ。
ここからは、家族の問題だ。きっと、みんな本音を言えないままに突然の別れとなってしまったのだろう。この人たちには、お互いに向き合い対話する時間が必要なのだと思う。
「小鳥遊から、事故に至る経緯は簡単に聞いています」
「事故に至る経緯って……どういうこと?」
きっと俺の口から説明したところで、信じてはもらえない。現に、小鳥遊の父さんの視線は随分と鋭い。この目に幼い頃から見据えられていた小鳥遊の心を思うと、少し胸が詰まる思いがする。
「それは、ぜひ本人に聞いてみてください。彼女もまた、苦しんでいます。この世に未練があるんです。それはきっと、あなたたちに自分の本当の気持ちを伝えていないことなのだと思います。……なあ、小鳥遊。この機会に、本音をぶつけてみろよ」
俺はそっとカメラを撫でると、ソファの間に置かれたガラス製のローテーブルに置いた。
小鳥遊の両親は、カメラを見て苦しそうに眉間に皺を寄せた。
「どうぞ、カメラに触れてみてください」
さて、家族の話に部外者は立ち入り禁止だ。そう思ってカメラから手を離そうとして――小鳥遊のすがるような声がした。
『お願い、悠馬。見守っていて欲しいの』
「……分かった」
俺は離そうとした手を止めて、指先をカメラに添えたまま、二人がカメラに触れるのを待った。
小鳥遊の両親は、顔を見合わせると、恐る恐るといった調子でカメラに手を伸ばした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる