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第37話 ラルフとの約束
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その後マリアンヌは必要最低限のものをポシェットに詰め込み、レナード王が用意してくれた食事をたっぷり堪能してから港へと向かった。
その頃には雨も上がり、雲の晴れ間から数日ぶりとなる陽の光が差し込んでいたが、既に日は傾き始めている。急がねば。
「待て、港まで送る」
そんなマリアンヌを呼び止めたのは、ラルフであった。
「まあ、ありがとうございます!ですが、シェリルについてあげなくてもよろしいのですか?」
「ああ、父上も母上もいる。気にするな」
ラルフはそう言うと、マリアンヌの手を引いて馬車まで連れて行ってくれた。
港までは歩いてでも行けるのだが、少しでも時間を短縮できることはありがたいのでお言葉に甘えて送ってもらうことにした。
揺れる馬車の中、真剣な眼差しのラルフがマリアンヌに頭を下げた。
「改めて礼を言う。シェリルのためにありがとう」
「ふふ、とんでもありません。頭を上げてくださいな。大好きなシェリルのためですもの。私がしたくてしているのですから、そんな自分を責めるような顔をしないでください」
ゆっくり顔を上げたラルフは悲痛な表情をしている。
何もできない自分を責め、危険な道中を行かんとしているマリアンヌを心配している、そんな複雑な表情である。
「今日ほど自分の無力さを思い知った日はない。……頼むから、無事で帰ってくれ。礼なら何でもする」
「もちろんですとも!…………え、何でも、ですか?」
掠れた声で、囁くように呟かれた言葉に、マリアンヌは遅れて目を見開いた。その目は獲物を見つけた猛獣の如く煌めいている。
「う、何でもとは言ったが実現可能なものに限るからな!」
本能的に身の危険を感じたのか、ラルフはぶるりと身震いをして途端に警戒するように耳を立てた。
マリアンヌはぴくぴく忙しなく反応している耳を涎を垂らして見つめながら、キラキラと輝く瞳でラルフに嘆願した。
「無事に帰った暁には…!そのお耳を!尻尾を!もふもふさせてくださいませ!!」
「はあっ!?………はぁ、お前はそういう奴だったな……いいだろう。好きなだけ触れ」
「や、やったわーーーーーーっ!」
思わず両手を上げるマリアンヌを前に、緊張の糸が解けたのか、ラルフはぷっと吹き出すとわはは!と豪快に笑い始めた。
「大袈裟だろう」
「いいえ!私の念願がようやく叶うのですよ!?絶対絶対絶対!約束ですからね!んんん~!私、猛烈に頑張れそうです!一日でも早く戻って参りますわ~!」
「いやいやいや、無茶だけはするなよ!無事に戻ることが条件だぞっ!?決して忘れるんじゃないぞ!?」
目を爛々と輝かせるマリアンヌに、今度はいつもの呆れた顔を見せるラルフ。
賑やかな雰囲気のまま、馬車はザバンの港へと到着した。
◇◇◇
「では、行ってまいります」
「ああ、よろしく頼む。気をつけるんだぞ」
「ええ、ご心配なく。えいっ!」
ラルフに見送られる中、マリアンヌは軽やかに海に飛び込んだ。海はマリアンヌを包み込むように迎え入れ、大きな水飛沫を立てることなく水面には波紋だけが広がって行く。
「……頼むぞ」
懇願するようなラルフの呟きは、びゅうっと吹いた一筋の風に巻き上げられ、夕陽と夜が溶け合う空の向こうへと吸い込まれていった。
◇◇◇
「さて、急がなきゃね」
マリアンヌは目にも留まらぬ速さで海中を切るように泳いでいた。
リェン国までの道筋はしっかりと頭に入っているが、周りを泳ぐ魚たちがこっちだと順々に知らせてくれるので助かる。
マリアンヌがリェン国を目指していることとその理由は既に海中に広がっていた。そのため、魚たちはみんなマリアンヌの手助けとなるべく道すがら協力をしてくれた。
魚たちは、なるべく安全で、最短ルートを行けるように補助してくれている。マリアンヌもすぐにそのことに気が付き、感謝の気持ちを述べつつ魚たちを頼りに鰭を力強く振る。
しばらく海を泳いでいる間に、すっかり日は暮れてしまったようで、海面には月明かりが反射して魅惑的な美しさを演出している。
たっぷり腹ごしらえをしたマリアンヌは依然としてトップスピードで海を泳いでいた。
「さて、進めるところまで進んでおきたいわよね」
マリアンヌに答えるように、先ほどから並走しているイルカたちがキュィィンという甘えた声で自らが知る情報を伝達してくれる。
「そう、今日は海賊の気配はないのね。よかったわ」
神出鬼没な海賊たちへの対策として、既に父王のトリスタンによって海の見回りが強化されたようだ。魚たちのネットワークを利用して、いち早く賊の出没を検知して一網打尽にすべく警戒を強めているという。
海の変化に気が付いたのか、ここ数日海賊に動きはないらしい。
(まあ、もし私の行く手を阻むつもりなら容赦はしないけど)
マリアンヌは細く目を細めて口元に微笑を携える。
「さあ、シェリルが待っているわ。とにかく今は前進あるのみね!」
誰が立ちはだかろうとも、可愛いシェリルを救うためならば全力をもって障害を薙ぎ払うつもりのマリアンヌである。
その頃には雨も上がり、雲の晴れ間から数日ぶりとなる陽の光が差し込んでいたが、既に日は傾き始めている。急がねば。
「待て、港まで送る」
そんなマリアンヌを呼び止めたのは、ラルフであった。
「まあ、ありがとうございます!ですが、シェリルについてあげなくてもよろしいのですか?」
「ああ、父上も母上もいる。気にするな」
ラルフはそう言うと、マリアンヌの手を引いて馬車まで連れて行ってくれた。
港までは歩いてでも行けるのだが、少しでも時間を短縮できることはありがたいのでお言葉に甘えて送ってもらうことにした。
揺れる馬車の中、真剣な眼差しのラルフがマリアンヌに頭を下げた。
「改めて礼を言う。シェリルのためにありがとう」
「ふふ、とんでもありません。頭を上げてくださいな。大好きなシェリルのためですもの。私がしたくてしているのですから、そんな自分を責めるような顔をしないでください」
ゆっくり顔を上げたラルフは悲痛な表情をしている。
何もできない自分を責め、危険な道中を行かんとしているマリアンヌを心配している、そんな複雑な表情である。
「今日ほど自分の無力さを思い知った日はない。……頼むから、無事で帰ってくれ。礼なら何でもする」
「もちろんですとも!…………え、何でも、ですか?」
掠れた声で、囁くように呟かれた言葉に、マリアンヌは遅れて目を見開いた。その目は獲物を見つけた猛獣の如く煌めいている。
「う、何でもとは言ったが実現可能なものに限るからな!」
本能的に身の危険を感じたのか、ラルフはぶるりと身震いをして途端に警戒するように耳を立てた。
マリアンヌはぴくぴく忙しなく反応している耳を涎を垂らして見つめながら、キラキラと輝く瞳でラルフに嘆願した。
「無事に帰った暁には…!そのお耳を!尻尾を!もふもふさせてくださいませ!!」
「はあっ!?………はぁ、お前はそういう奴だったな……いいだろう。好きなだけ触れ」
「や、やったわーーーーーーっ!」
思わず両手を上げるマリアンヌを前に、緊張の糸が解けたのか、ラルフはぷっと吹き出すとわはは!と豪快に笑い始めた。
「大袈裟だろう」
「いいえ!私の念願がようやく叶うのですよ!?絶対絶対絶対!約束ですからね!んんん~!私、猛烈に頑張れそうです!一日でも早く戻って参りますわ~!」
「いやいやいや、無茶だけはするなよ!無事に戻ることが条件だぞっ!?決して忘れるんじゃないぞ!?」
目を爛々と輝かせるマリアンヌに、今度はいつもの呆れた顔を見せるラルフ。
賑やかな雰囲気のまま、馬車はザバンの港へと到着した。
◇◇◇
「では、行ってまいります」
「ああ、よろしく頼む。気をつけるんだぞ」
「ええ、ご心配なく。えいっ!」
ラルフに見送られる中、マリアンヌは軽やかに海に飛び込んだ。海はマリアンヌを包み込むように迎え入れ、大きな水飛沫を立てることなく水面には波紋だけが広がって行く。
「……頼むぞ」
懇願するようなラルフの呟きは、びゅうっと吹いた一筋の風に巻き上げられ、夕陽と夜が溶け合う空の向こうへと吸い込まれていった。
◇◇◇
「さて、急がなきゃね」
マリアンヌは目にも留まらぬ速さで海中を切るように泳いでいた。
リェン国までの道筋はしっかりと頭に入っているが、周りを泳ぐ魚たちがこっちだと順々に知らせてくれるので助かる。
マリアンヌがリェン国を目指していることとその理由は既に海中に広がっていた。そのため、魚たちはみんなマリアンヌの手助けとなるべく道すがら協力をしてくれた。
魚たちは、なるべく安全で、最短ルートを行けるように補助してくれている。マリアンヌもすぐにそのことに気が付き、感謝の気持ちを述べつつ魚たちを頼りに鰭を力強く振る。
しばらく海を泳いでいる間に、すっかり日は暮れてしまったようで、海面には月明かりが反射して魅惑的な美しさを演出している。
たっぷり腹ごしらえをしたマリアンヌは依然としてトップスピードで海を泳いでいた。
「さて、進めるところまで進んでおきたいわよね」
マリアンヌに答えるように、先ほどから並走しているイルカたちがキュィィンという甘えた声で自らが知る情報を伝達してくれる。
「そう、今日は海賊の気配はないのね。よかったわ」
神出鬼没な海賊たちへの対策として、既に父王のトリスタンによって海の見回りが強化されたようだ。魚たちのネットワークを利用して、いち早く賊の出没を検知して一網打尽にすべく警戒を強めているという。
海の変化に気が付いたのか、ここ数日海賊に動きはないらしい。
(まあ、もし私の行く手を阻むつもりなら容赦はしないけど)
マリアンヌは細く目を細めて口元に微笑を携える。
「さあ、シェリルが待っているわ。とにかく今は前進あるのみね!」
誰が立ちはだかろうとも、可愛いシェリルを救うためならば全力をもって障害を薙ぎ払うつもりのマリアンヌである。
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