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03_幼馴染の甘い提案
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「えーっと、今なんて?」
「俺と結婚しよう、と言ったんだ。アイビス」
きっと聞き間違いだろう、そう期待を込めて尋ねるも、その儚い期待は簡単に打ち砕かれてしまった。
たった今、アイビスに求婚しているヴェルナー・ロテスキューは、物心ついた頃からの幼馴染である。
同じ伯爵家で、両親も友人同士ということもあり、何かと交流を重ねてきた。
同い年で学園にも一緒に通った。同級生のメレナを入れた三人で常に行動を共にしていたものだ。
そんなヴェルナーであるが、彼は学園卒業と同時に隣国へ留学のため旅立ってしまった。聞くところによると、第二王子の側近として内定しており、文官としての知識や語学への造形を深めるため、そして武術の腕を上げるための留学だという。
正直、生まれてからずっと隣にいたヴェルナーが居なくなり、アイビスの胸はポカリと穴が空いたようであった。けれども、ヴェルナーも異国の地で頑張っているのだから、自分も夢に向かって邁進すべきと日々の鍛錬に精を出した。
(――そんなヴェルナーが、私に求婚?)
アイビスは幼馴染でもあり、兄妹のようでもあり、よき友人でもあるヴェルナーの言葉が俄かには信じられなかった。
ポカンと口を開けたまま彼を見上げるが、余裕な笑みを返される。
ヴェルナーはこの三年でまた少し背が伸びたらしい。アイビスも長身であるが、さらに頭一つは背が高い。
サラリとした銀髪は相変わらず艶やかで、陽の光を反射して美しく輝いている。琥珀色の瞳に、通った鼻筋、先ほど抱き止められた時の様子だと、服の下も随分鍛えられているようだ。
すっかり大人の男に様変わりした幼馴染を前に、何故だかアイビスの胸は大きく高鳴った。
(もうっ、急に現れて変なことを言うから意識しちゃうじゃないの!)
それに先ほどから左手を捉えられたままである。
男性に対する免疫なんて皆無なアイビスの心を乱すには十分すぎた。
「ね、ねぇ、冗談はそれぐらいにして…そろそろ離してくれない?」
「ん?得意の護身術で逃れてみればいいだろ?」
「んなっ…!」
おずおずと申し出た言葉は簡単に棄却され、ヴェルナーは力づくで逃れてみろと言う。
確かにアイビスは腕を掴まれた場合の対処法も身体に染み付いているのだが、今のヴェルナーには隙がなく、下手に仕掛けては返り討ちに合うかもしれないと、アイビスの本能が警笛を鳴らしているのだ。
「………………あなた、随分と強くなったのね」
「当たり前だろ。アイビスよりも強くなって、帰国してから徐々に口説き落とすつもりだったんだから」
「くど……!?」
「でも、まさか伯爵がそこまで結婚を急いてくるとは……お見合いが不発続きで救われたよ」
「う……それに関しては触れないでちょうだい」
喉を鳴らしながら愉快に笑うヴェルナーは、確かに三年前よりも落ち着いた風格がある。もし彼の言うことが本当ならば、かなり鍛錬を積んだのだろう。
それがアイビスのためだと言われては、赤面せずにはいられない。
「っていうか、なんで急に…結婚、だなんて」
「ん?急なんかじゃないぞ。俺は子供の頃からアイビスが好きだったからな。絶対に手に入れると決めていた」
「ええっ!?」
そんなこと初耳である。
「アイビスは綺麗だし人目を惹くから、学園時代は小蝿を追い払うのが大変だったな」
「こ、小蝿……!?」
学園時代にご令息たちから声をかけられたためしがなかったのは……そういうことだったのか。
先程からアイビスは開いた口が塞がらない。
「なあ、俺だったらアイビスの夢を応援しているし、道場だってもちろん続けていい。道場へも家が隣だから通いやすいし、これ以上ない相手だろ?それに、俺は誰よりもアイビスを愛している。必ず幸せにする。どうだ?」
「ど、どうだって言われても、そんな、急に……」
ヴェルナーの言う通り、聞けば聞くほどこれ以上ない結婚相手である。
でも、そんな甘い言葉に簡単に頷いてもいいのだろうか?
ヴェルナーと同じだけの気持ちを返せるのだろうか?
ずっとずっと、大切な人ではあったが、恋愛対象として見たことがなかった。
そんな、曖昧な気持ちで、現状から逃げるようにヴェルナーに嫁ぐことは、彼の想いを利用することになるのではないか――
アイビスが思い悩んで黙り込んでしまったことも、ヴェルナーには想定内だったのだろう。依然として楽しそうに笑みを浮かべて口を開いた。
「アイビス、あまり難しく考えないで?俺は君が好きだ。だから結婚できたらとても嬉しい。アイビスも見ず知らずの男よりも見知った俺の方が安心できるだろう?今は男として見れなくてもいい。必ず好きにさせてみせるさ」
「な、ななな……!ど、どこからその自信が湧いてくるのよ」
「ははっ!なあ、お試しだと思ったらどうだ?俺を利用しろよ。俺だってお試し期間を存分に利用する。表向きは正当な結婚だが、もしアイビスが俺との結婚生活を終わらせたいと思った時には、離縁に応じよう。ま、そんなことにはさせないけどな」
くくく、と笑うヴェルナーは、どこか蠱惑的で、男の色香を醸し出している。いつの間にそんな表情ができるようになったのかと、アイビスはくらりと目眩がし、ごくりと生唾を飲み込んだ。
お見合いを受ける時、道場を続けることだけが条件だと、そう決めていた。
だからこの話は頷く以外の選択肢はないはずである。
そう、だから幼馴染の甘い誘惑に乗ってしまっても問題はないのだ。
懸命に思考を働かせて自分に言い聞かせたアイビスは、腹を括った。
「……い、いいわ。あなたと結婚する」
「本当か!?……ああ、よかった」
アイビスは真っ赤な顔で、唇を尖らせ、半ば睨みつけるようにヴェルナーの甘い提案に頷いた。
アイビスの承諾を得て、ヴェルナーは「はぁぁ」と深く息を吐きながら脱力した。強気な言葉を並べていたものの、やはり内心受け入れられるかドギマギしていたのだ。
「じゃあ、早速結婚報告に行くか」
「え、ええっ!?待って、まだ子爵様が……」
すっかり忘れていたが、アイビスはお見合いから逃亡している最中であった。
慌てて窓を見上げると、意味深な笑みを浮かべたデュークがこちらを見下ろしていた。
くいっとハンドサインで上がってくるように促され、アイビスはヴェルナーと顔を見合わせると、屋敷の中へと向かった。
未だにアイビスの左手は、ヴェルナーによって拘束されたままであった。
「俺と結婚しよう、と言ったんだ。アイビス」
きっと聞き間違いだろう、そう期待を込めて尋ねるも、その儚い期待は簡単に打ち砕かれてしまった。
たった今、アイビスに求婚しているヴェルナー・ロテスキューは、物心ついた頃からの幼馴染である。
同じ伯爵家で、両親も友人同士ということもあり、何かと交流を重ねてきた。
同い年で学園にも一緒に通った。同級生のメレナを入れた三人で常に行動を共にしていたものだ。
そんなヴェルナーであるが、彼は学園卒業と同時に隣国へ留学のため旅立ってしまった。聞くところによると、第二王子の側近として内定しており、文官としての知識や語学への造形を深めるため、そして武術の腕を上げるための留学だという。
正直、生まれてからずっと隣にいたヴェルナーが居なくなり、アイビスの胸はポカリと穴が空いたようであった。けれども、ヴェルナーも異国の地で頑張っているのだから、自分も夢に向かって邁進すべきと日々の鍛錬に精を出した。
(――そんなヴェルナーが、私に求婚?)
アイビスは幼馴染でもあり、兄妹のようでもあり、よき友人でもあるヴェルナーの言葉が俄かには信じられなかった。
ポカンと口を開けたまま彼を見上げるが、余裕な笑みを返される。
ヴェルナーはこの三年でまた少し背が伸びたらしい。アイビスも長身であるが、さらに頭一つは背が高い。
サラリとした銀髪は相変わらず艶やかで、陽の光を反射して美しく輝いている。琥珀色の瞳に、通った鼻筋、先ほど抱き止められた時の様子だと、服の下も随分鍛えられているようだ。
すっかり大人の男に様変わりした幼馴染を前に、何故だかアイビスの胸は大きく高鳴った。
(もうっ、急に現れて変なことを言うから意識しちゃうじゃないの!)
それに先ほどから左手を捉えられたままである。
男性に対する免疫なんて皆無なアイビスの心を乱すには十分すぎた。
「ね、ねぇ、冗談はそれぐらいにして…そろそろ離してくれない?」
「ん?得意の護身術で逃れてみればいいだろ?」
「んなっ…!」
おずおずと申し出た言葉は簡単に棄却され、ヴェルナーは力づくで逃れてみろと言う。
確かにアイビスは腕を掴まれた場合の対処法も身体に染み付いているのだが、今のヴェルナーには隙がなく、下手に仕掛けては返り討ちに合うかもしれないと、アイビスの本能が警笛を鳴らしているのだ。
「………………あなた、随分と強くなったのね」
「当たり前だろ。アイビスよりも強くなって、帰国してから徐々に口説き落とすつもりだったんだから」
「くど……!?」
「でも、まさか伯爵がそこまで結婚を急いてくるとは……お見合いが不発続きで救われたよ」
「う……それに関しては触れないでちょうだい」
喉を鳴らしながら愉快に笑うヴェルナーは、確かに三年前よりも落ち着いた風格がある。もし彼の言うことが本当ならば、かなり鍛錬を積んだのだろう。
それがアイビスのためだと言われては、赤面せずにはいられない。
「っていうか、なんで急に…結婚、だなんて」
「ん?急なんかじゃないぞ。俺は子供の頃からアイビスが好きだったからな。絶対に手に入れると決めていた」
「ええっ!?」
そんなこと初耳である。
「アイビスは綺麗だし人目を惹くから、学園時代は小蝿を追い払うのが大変だったな」
「こ、小蝿……!?」
学園時代にご令息たちから声をかけられたためしがなかったのは……そういうことだったのか。
先程からアイビスは開いた口が塞がらない。
「なあ、俺だったらアイビスの夢を応援しているし、道場だってもちろん続けていい。道場へも家が隣だから通いやすいし、これ以上ない相手だろ?それに、俺は誰よりもアイビスを愛している。必ず幸せにする。どうだ?」
「ど、どうだって言われても、そんな、急に……」
ヴェルナーの言う通り、聞けば聞くほどこれ以上ない結婚相手である。
でも、そんな甘い言葉に簡単に頷いてもいいのだろうか?
ヴェルナーと同じだけの気持ちを返せるのだろうか?
ずっとずっと、大切な人ではあったが、恋愛対象として見たことがなかった。
そんな、曖昧な気持ちで、現状から逃げるようにヴェルナーに嫁ぐことは、彼の想いを利用することになるのではないか――
アイビスが思い悩んで黙り込んでしまったことも、ヴェルナーには想定内だったのだろう。依然として楽しそうに笑みを浮かべて口を開いた。
「アイビス、あまり難しく考えないで?俺は君が好きだ。だから結婚できたらとても嬉しい。アイビスも見ず知らずの男よりも見知った俺の方が安心できるだろう?今は男として見れなくてもいい。必ず好きにさせてみせるさ」
「な、ななな……!ど、どこからその自信が湧いてくるのよ」
「ははっ!なあ、お試しだと思ったらどうだ?俺を利用しろよ。俺だってお試し期間を存分に利用する。表向きは正当な結婚だが、もしアイビスが俺との結婚生活を終わらせたいと思った時には、離縁に応じよう。ま、そんなことにはさせないけどな」
くくく、と笑うヴェルナーは、どこか蠱惑的で、男の色香を醸し出している。いつの間にそんな表情ができるようになったのかと、アイビスはくらりと目眩がし、ごくりと生唾を飲み込んだ。
お見合いを受ける時、道場を続けることだけが条件だと、そう決めていた。
だからこの話は頷く以外の選択肢はないはずである。
そう、だから幼馴染の甘い誘惑に乗ってしまっても問題はないのだ。
懸命に思考を働かせて自分に言い聞かせたアイビスは、腹を括った。
「……い、いいわ。あなたと結婚する」
「本当か!?……ああ、よかった」
アイビスは真っ赤な顔で、唇を尖らせ、半ば睨みつけるようにヴェルナーの甘い提案に頷いた。
アイビスの承諾を得て、ヴェルナーは「はぁぁ」と深く息を吐きながら脱力した。強気な言葉を並べていたものの、やはり内心受け入れられるかドギマギしていたのだ。
「じゃあ、早速結婚報告に行くか」
「え、ええっ!?待って、まだ子爵様が……」
すっかり忘れていたが、アイビスはお見合いから逃亡している最中であった。
慌てて窓を見上げると、意味深な笑みを浮かべたデュークがこちらを見下ろしていた。
くいっとハンドサインで上がってくるように促され、アイビスはヴェルナーと顔を見合わせると、屋敷の中へと向かった。
未だにアイビスの左手は、ヴェルナーによって拘束されたままであった。
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