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30_この想いの名は
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「まぁぁ…!さすがアイビス様、ではこれからは毎月指導に行かれるのですね?」
エリザベスとベティとの二回目の鍛錬を終え、今日も一同はサロンでささやかなお茶会を楽しんでいた。
あまり社交の場が得意ではないアイビスにとって、貴族令嬢らしいこうした時間は落ち着かないが、一方で嬉しさも込み上げてくる。メレナ以外に女友達がいなかったため、エリザベスと交友を深める機会を得れて、どうしても心が浮ついてしまう。
「ええ、双方の予定が合う日に訪問するから不規則にはなるけれど、月に一回は調整してくれるって。ありがとう、エリザベスのおかげでとてもいいご縁ができたわ」
エリザベスが紹介してくれた孤児院であるため、アイビスはまずは報告をとこの話題を切り出していた。お礼を伝えることも忘れない。
感謝の気持ちを込めてふわりと微笑むと、途端にエリザベスは天を仰いで「悩殺スマイル……ッ!」と両手で顔を覆ってしまった。
悶えるエリザベスを横目に、ベティはむぐむぐと頬いっぱいにお菓子を頬張っている。アイビスたちの話に興味を示していないように見えたが、紅茶でごくんと喉に流したあと、徐に口を開いた。
「私、この間ロリスタン公爵邸で同年代のお茶会に参加しました。そういえば、公爵様の養子のチャーノという子がおりましたが、孤児院から最近引き取られたとお話ししておりました」
「えっ、チャーノと会ったの!?」
本当に最近よく耳にする名前である。
アイビスは驚いて思わず身を乗り出した。その勢いにやや押され気味になりつつ、ベティはお茶会の様子を語って聞かせてくれた。
「公爵様がチャーノ様に同年代のお友達を作るために催されたのです。私以外にも十名ほどはいたかと…チャーノ様はまだマナーのお勉強中らしく、緊張されているご様子でした」
「そう……その、ロリスタン公爵様の養子は、チャーノだけだったの?」
「え?はい。チャーノだけでしたよ?」
躊躇しつつ尋ねた問いに、ベティは首を傾げつつも答えてくれた。
(うーん、やっぱりチャーノの妹の存在が見えないわ…チャーノも妹のことを話題にはしていないようだし…仲が良い姉妹と聞いていたけれど、何かあったのかしら?)
ますます謎は深まるばかりで、アイビスは思わず腕組みをしてううんと唸ってしまう。その間にベティはキラキラした目で次のお菓子に手を伸ばしている。すっかり意識はそちらに戻ってしまったらしい。
思わず笑みを漏らしていると、ようやく落ち着いた様子のエリザベスが咳払いをした。
「ごほん、そ、その、アイビス様?わたくし先日からお聞きしたいことがございまして…よろしいでしょうか?」
「え?なに、かしこまって。いいわよ、遠慮なく聞いてちょうだい」
改まって何だろうかと質問を待っていると、エリザベスは瞳を揺らしながらも不服そうな顔で口を開いた。
「う、その……ヴェ、ヴェルナー様とはいつから恋仲だったのですか!?まさか、学園時代から既にッ!?ああっ、聞きたくない!でも気になる……ううっ」
「ええっ!?ヴェルナーと…!?」
どうやらアイビスの結婚がよほど衝撃的だったらしく、ずっと気になって仕方がなかったようだ。あとからベティがこっそり教えてくれたのだが、結婚の事実を知った時は三日三晩寝込んでしまったのだとか。
うーん、流石に馴れ初めを誤魔化すのはここまで慕ってくれるエリザベスに悪いかと、アイビスは覚悟を決めて結婚に至った経緯を話すことにした。
「な、なな…!で、では、アイビス様はヴェルナー様のことを好いているわけではないのですねッ!?」
「えっ!?それは……」
アイビスの話を聞いて複雑そうな顔をしつつも、隠しきれない喜びを滲ませたエリザベスがズイッと迫ってきた。
(す、好きじゃない…?ヴェルナーのことを?)
エリザベスの言う通り、結婚を決めた時は、正直気持ちがまだ伴ってはいなかった。
でも、今は――?
アイビスの心は、既にヴェルナーの愛で十二分に満たされている。
毎日愛を囁かれ、大切に扱われ、夜には気持ちを注ぎ込まれるように甘く唇を塞がれる。恥ずかしくて、戸惑ってしまって、でも嫌ではなくて、自分でも胸の内で確かに育っていく感情の存在に気付いてはいた。
(そうよ、この想いに名前を付けてしまうと、自分が自分でなくなってしまうようで……止まらなくなってしまいそうで、私は勇気が出なかったんだわ。でも、もう誤魔化したり、逃げたりできないほど、ヴェルへの気持ちは大きく膨らんでしまった)
「――違うわ」
「え?」
「私はヴェルと結婚できてとても幸せよ。彼のことを心から大切に想っているわ。きっと、私は今――生まれて初めての恋をしているのよ」
「アイビス様ぁ……」
アイビスの幸せそうな笑みを前に、エリザベスはがくりと肩を落とした。「狡いですわ…悔しい…羨ましい…」とブツブツと呪文のように呟きを繰り返している。そして一際大きな溜息をつくと、キッと顔を上げた。
「孤高のアイビス様が結婚してしまったことを知った時、見守る会一同は驚倒し、涙に暮れておりました。わたくしたちのアイビス様が取られたような気がしていたのです。ですが、わたくしたちが間違っておりました。アイビス様の幸せこそがわたしたちの幸せ。う……今更ながら、ご結婚、お、おめ、おめでとう、ございますぅぅ………ぐすっ」
「あ、あはは……ありがとう、エリザベス」
どうやら様々な感情で情緒が乱れているらしい。エリザベスは今度はズビズビと鼻を啜りながら泣き出してしまった。
やれやれ、と思いつつもそこまで気にかけてくれることは嬉しいし、エリザベスのおかげでずっと答えを出さずに逃げていたことにケリをつけられた。
(ヴェルにもきちんと伝えなくちゃね)
エリザベスをよしよしと宥めつつ、アイビスの胸はスッキリと晴れ渡っていた。
エリザベスとベティとの二回目の鍛錬を終え、今日も一同はサロンでささやかなお茶会を楽しんでいた。
あまり社交の場が得意ではないアイビスにとって、貴族令嬢らしいこうした時間は落ち着かないが、一方で嬉しさも込み上げてくる。メレナ以外に女友達がいなかったため、エリザベスと交友を深める機会を得れて、どうしても心が浮ついてしまう。
「ええ、双方の予定が合う日に訪問するから不規則にはなるけれど、月に一回は調整してくれるって。ありがとう、エリザベスのおかげでとてもいいご縁ができたわ」
エリザベスが紹介してくれた孤児院であるため、アイビスはまずは報告をとこの話題を切り出していた。お礼を伝えることも忘れない。
感謝の気持ちを込めてふわりと微笑むと、途端にエリザベスは天を仰いで「悩殺スマイル……ッ!」と両手で顔を覆ってしまった。
悶えるエリザベスを横目に、ベティはむぐむぐと頬いっぱいにお菓子を頬張っている。アイビスたちの話に興味を示していないように見えたが、紅茶でごくんと喉に流したあと、徐に口を開いた。
「私、この間ロリスタン公爵邸で同年代のお茶会に参加しました。そういえば、公爵様の養子のチャーノという子がおりましたが、孤児院から最近引き取られたとお話ししておりました」
「えっ、チャーノと会ったの!?」
本当に最近よく耳にする名前である。
アイビスは驚いて思わず身を乗り出した。その勢いにやや押され気味になりつつ、ベティはお茶会の様子を語って聞かせてくれた。
「公爵様がチャーノ様に同年代のお友達を作るために催されたのです。私以外にも十名ほどはいたかと…チャーノ様はまだマナーのお勉強中らしく、緊張されているご様子でした」
「そう……その、ロリスタン公爵様の養子は、チャーノだけだったの?」
「え?はい。チャーノだけでしたよ?」
躊躇しつつ尋ねた問いに、ベティは首を傾げつつも答えてくれた。
(うーん、やっぱりチャーノの妹の存在が見えないわ…チャーノも妹のことを話題にはしていないようだし…仲が良い姉妹と聞いていたけれど、何かあったのかしら?)
ますます謎は深まるばかりで、アイビスは思わず腕組みをしてううんと唸ってしまう。その間にベティはキラキラした目で次のお菓子に手を伸ばしている。すっかり意識はそちらに戻ってしまったらしい。
思わず笑みを漏らしていると、ようやく落ち着いた様子のエリザベスが咳払いをした。
「ごほん、そ、その、アイビス様?わたくし先日からお聞きしたいことがございまして…よろしいでしょうか?」
「え?なに、かしこまって。いいわよ、遠慮なく聞いてちょうだい」
改まって何だろうかと質問を待っていると、エリザベスは瞳を揺らしながらも不服そうな顔で口を開いた。
「う、その……ヴェ、ヴェルナー様とはいつから恋仲だったのですか!?まさか、学園時代から既にッ!?ああっ、聞きたくない!でも気になる……ううっ」
「ええっ!?ヴェルナーと…!?」
どうやらアイビスの結婚がよほど衝撃的だったらしく、ずっと気になって仕方がなかったようだ。あとからベティがこっそり教えてくれたのだが、結婚の事実を知った時は三日三晩寝込んでしまったのだとか。
うーん、流石に馴れ初めを誤魔化すのはここまで慕ってくれるエリザベスに悪いかと、アイビスは覚悟を決めて結婚に至った経緯を話すことにした。
「な、なな…!で、では、アイビス様はヴェルナー様のことを好いているわけではないのですねッ!?」
「えっ!?それは……」
アイビスの話を聞いて複雑そうな顔をしつつも、隠しきれない喜びを滲ませたエリザベスがズイッと迫ってきた。
(す、好きじゃない…?ヴェルナーのことを?)
エリザベスの言う通り、結婚を決めた時は、正直気持ちがまだ伴ってはいなかった。
でも、今は――?
アイビスの心は、既にヴェルナーの愛で十二分に満たされている。
毎日愛を囁かれ、大切に扱われ、夜には気持ちを注ぎ込まれるように甘く唇を塞がれる。恥ずかしくて、戸惑ってしまって、でも嫌ではなくて、自分でも胸の内で確かに育っていく感情の存在に気付いてはいた。
(そうよ、この想いに名前を付けてしまうと、自分が自分でなくなってしまうようで……止まらなくなってしまいそうで、私は勇気が出なかったんだわ。でも、もう誤魔化したり、逃げたりできないほど、ヴェルへの気持ちは大きく膨らんでしまった)
「――違うわ」
「え?」
「私はヴェルと結婚できてとても幸せよ。彼のことを心から大切に想っているわ。きっと、私は今――生まれて初めての恋をしているのよ」
「アイビス様ぁ……」
アイビスの幸せそうな笑みを前に、エリザベスはがくりと肩を落とした。「狡いですわ…悔しい…羨ましい…」とブツブツと呪文のように呟きを繰り返している。そして一際大きな溜息をつくと、キッと顔を上げた。
「孤高のアイビス様が結婚してしまったことを知った時、見守る会一同は驚倒し、涙に暮れておりました。わたくしたちのアイビス様が取られたような気がしていたのです。ですが、わたくしたちが間違っておりました。アイビス様の幸せこそがわたしたちの幸せ。う……今更ながら、ご結婚、お、おめ、おめでとう、ございますぅぅ………ぐすっ」
「あ、あはは……ありがとう、エリザベス」
どうやら様々な感情で情緒が乱れているらしい。エリザベスは今度はズビズビと鼻を啜りながら泣き出してしまった。
やれやれ、と思いつつもそこまで気にかけてくれることは嬉しいし、エリザベスのおかげでずっと答えを出さずに逃げていたことにケリをつけられた。
(ヴェルにもきちんと伝えなくちゃね)
エリザベスをよしよしと宥めつつ、アイビスの胸はスッキリと晴れ渡っていた。
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