花の命

てまり

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第七話 小林茉莉花 覚悟

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 外から忙しなく蝉の声が聞こえている。冷房の良く効いた涼しい部屋にいるはずなのに、音だけで外の暑さを感じられる。夏休みに入ってから菖蒲とは全く会っていなかった。今日は約一か月ぶりに会う。久しぶりに会うからか私は少し緊張していた。気付くと出されていたお冷が入っていたグラスは空っぽだった。丁度通りかかった店員さんにお冷を注いでもらっていると、菖蒲が私に合図しながら向かいの席に座った。菖蒲は店員さんが立ち去るのを待ってから話し始めた。
「久しぶり。最後に会ったときに茉莉花の病気の話したこと覚えてる?あれから進展とかあった?」
実は、前回菖蒲と会った直後にお母さんとは話していた。その時に聞いた話を菖蒲にそのまま話してみることにした。
「この前お母さんと話したんだけど、私、小さい頃心臓が弱かったみたい。その治療のために使った薬の副作用で痛みが分からなくなったみたい。」
私は自分で話しながらその内容に納得がいっていなかった。
「茉莉花はそのことについてどう思ってる?本当にそうだと思ってる?」
私は菖蒲の鋭さに少し驚きつつも、素直に首を横に振った。菖蒲は私のお冷に一瞬目を移し、「待たせてごめん、何か注文しようか。」とメニューを広げた。菖蒲はいつものようにアイスコーヒーを、私はクリームソーダを注文した。店員さんが立ち去った後、私はお母さんと話してからずっと違和感がしこりみたいにあって、それが日を追うごとに大きくなっていた。私はその違和感の存在を菖蒲に打ち明けた。
「お母さんは薬のせいだって言っていたけど、だったら何で今まで冷たかったんだろうとか、何で薬の副作用だって言わずに病気だって言っていたんだろうとか、一回考えるとキリがないくらい疑問が浮かんできて、信じたいのに、疑いたくないのに・・・。」
気付くと声は震えて涙が零れていた。私はお母さんとうまく信頼関係を築いているつもりだった。でも、私はまだお母さんにとって本当のことを話せる存在じゃなかったんだ。そう思うと涙が溢れ出てきた。菖蒲は至って冷静に「そっか。」と話し始めた。
「でも多分話せないのは、信頼していないからとかじゃなくて、今の茉莉花には伝えられない内容なんじゃないかな?茉莉花は今精神的に不安定でしょう?だから、耐えられないと思ったんじゃないかな?」
「でもそれとこれとは話が別というか、知らない方が耐えられない。」
冷静な菖蒲の態度とは反対に、私は駄々をこねる子供のように言った。すると、菖蒲はコーヒーを一口飲み、ゆっくり一息ついて、
「本当に知りたい?絶対に後悔しないって言いきれる?多分、本当の自分を知ることは、今までの自分に対する認識とか、考え方に大きく影響すると思う。それでも良い?変わりたいって本気で思ってる?」
二人の空間に一気に緊張が走った。何で菖蒲はこんなに深刻そうにそんな事言うんだろう。頭の中がぐるぐるしてどうしたら良いのか分からなくなった。そんな私の様子を見かねて菖蒲は、「大丈夫?」と私にクリームソーダを飲んで落ち着くように促した。一口飲むと、冷たさと甘さが染み渡り、何だか落ち着きを取り戻すことができた。一気にクリームソーダをストローで吸い上げたあと、私は決心した。
「私が何者なのか、何で痛みが分からなくなったのか知りたい。協力してくれない?」
菖蒲はその言葉を待っていたと言わんばかりに「勿論。どこまでも付き合うよ。」と微笑んだ。だけど、すぐに深刻そうな表情に戻って、鞄からA4ファイルを取り出した。
「少し話が変わるんだけど、最後まで聞いて欲しい。まず、私と私の両親のDNA鑑定の結果なんだけど、どっちとも血が繋がってなかった。」
私は突然の告白に戸惑いを隠せなかった。「そうだったんだ。」私は何て声を掛けたら良いのか分からなかった。それでも菖蒲の中ではもう整理のついていることなのか平然としていて、「ここからが本題なんだけど、」と続けた。
「私たち、もしかしたら、姉妹、かもしれないんだ・・・。」
私はあまりに突飛な展開に「へ?」と思わず間抜けな返事をしてしまった。
「ここじゃ話しづらいし、続きは私の家で話さない?」
菖蒲は冷静だったけれど、私は意味が分からないまま菖蒲の家に向かった。
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