花の命

てまり

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第八話 空木菖蒲 憶測

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 茉莉花と会う一週間前、お母さんが探偵に依頼していた調査報告が届いた。調査報告の内容は、私を作った人の名前と住所、私の唯一のルーツである、私の心臓が移植されるはずだった娘の名前と住所が記されていた。私はその娘の名前を見て驚愕した。そこに記されていたのは、「小林茉莉花」だった。住所も見てみると、丁度茉莉花の住んでいる辺りだった。疑いたい気持ちもあったが、この珍しい名前と、住所が記された調査報告書が疑う余地を与えてくれなかった。私は茉莉花の病気の事を思い出して妙に合点がいった。まるでパズルのピースが一つずつハマっていくようだ。
 私の両親は仕事で不在のため、今この家にいるのは私と茉莉花だけだ。ここでは心置き無く話すことが出来る。
「さっきの続きなんだけど、まず私の出生について話すね。」
私は自分が人造人間である事、誰かの心臓移植のドナーとして作られた事を話した。
「え?人造人間って・・・」
茉莉花は疑いの目で見つめてきたが、やがて私の真剣な眼差しに圧され、静かに認めた。
「本当、なんだね・・・。分かった。信じるよ。」
私はその言葉を聞いて次に心臓が移植される予定だったのが茉莉花であり、何故か移植が中止になった事を話しながら、探偵の調査書を手渡した。茉莉花は調査書を見つめながら黙っていた。
「DNA鑑定をすれば、この事が本当なのか確認できると思う。協力してくれないかな?」
私は恐る恐る聞いてみた。もしこれで拒まれてしまえば、私のルーツは闇へと葬り去られる。
「姉妹かもって、そういう事だったんだね・・・。」
茉莉花はそう言って少し押し黙った後、静かに「協力する」と頷いた。私はDNA鑑定のキットを机の引き出しから取り出し、唾液を採取してもらった。私も自分の唾液を採取した後、それを封筒に入れた。
「結果が出るまでは少し時間がかかるけど、これで全部分かるはずだから。」
少し二人の間に気まずい空気が流れた。すると、茉莉花が口火を切った。
「私は私の体がどうなってるのか知りたい。だから、結果が出るまでの間、協力してくれない?これで貸し借りなしでしょ?」
私は、茉莉花の無痛無汗症の事をはっと思い出した。確かに、後天的に痛みを感じなくなる事は聞いた事が無いし、原因が分かれば治せるかもしれない。それに、私の命が助かった事と何か関係があるのかもしれない。
「勿論協力する。これは茉莉花だけの問題じゃない気がするから。」
「ありがとう。」
茉莉花が静かに言った。私はその場の重い空気を変えようとして、まだ茉莉花にお茶も出していない事に気付いた。
「ごめん、喉乾いてるよね。麦茶でもいいかな?」
私は慌てて台所に向かった。茉莉花は「大丈夫だよ。気遣いありがとう。」と少し申し訳なさそうに言った。
 台所で一人麦茶をグラスに次いでいると、ふとある可能性を思いついた。私は少し急ぎ気味で部屋に戻り麦茶を差し出し、茉莉花の向かえ側に座って、一旦心を落ち着かせた。少しわくわくしているのを抑えつつ、
「人造人間が作れるなら、クローンも作れると思わない?」
と、思い切った考えを述べてみた。自分の中ではかなり答えに近い気がしている。茉莉花はハッとした顔をして「確かに」と呟いた。この時、私たちは同じことを思い出していたと思う。それは「パーフィットの分離脳」という思考実験だ。最近の哲学の授業で取り上げられていた問題だ。もし私のクーロン説が正しければ、この「パーフィットの分離脳」が現実で行われたということになる。私が少し言葉にするのを躊躇っていると、茉莉花が口火を切った。
「もしかしたら私は脳を半分移植されたクローンで、もしかしたら本物の茉莉花じゃないかもしれないってことだよね・・・。痛みが分からなくなる前の記憶があるってことは、途中からクローンの体になってるかもしれないってことなのかな・・・?」
ゆっくりと、恐る恐る話した。自分のことなのだ、口に出すこと自体とても勇気を振り絞っただろう。私は一瞬なんて声を掛けたらいいのか考えたが、私はすぐにそれを辞めた。
「その可能性は、高いね。でもね、もし茉莉花がクローンで本物じゃないとしても、茉莉花は茉莉花だよ。これまでもこれからも何も変わらないと思う。少なくとも私はそう思っているから。」
茉莉花は少し瞳を濡らしながら「ありがとう」と呟くと、真っ直ぐこちらに向き直り、
「もう覚悟はできているから、大丈夫。」
と言った。その目は決意の固さを物語っていた。
 私たちはDNA鑑定の検査結果が届くまで、どう真相を探るのか一通り話し合った後、解散した。と言っても、高校生ができることなどたかが知れている。親からできる限り答えに近いものを探り探りで引き出すしかないのだ。それでも、私たちは一つの目標を持つことで、生きる意味を以前よりも見出せている気がしていた。
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