花の命

てまり

文字の大きさ
上 下
9 / 9

第九話 小林茉莉花 振り出しに戻る

しおりを挟む
 今日は届いたDNA鑑定を開封する日だ。菖蒲には鑑定結果を開封せずに持ってきてもらい、私の家で開封することになっている。今日はお父さんもお母さんも家にいない日なので安心して開封することができる。
 チャイムが鳴り、ドアを開けると、蝉の声が私の声をかき消してしまいそうな程響いていた。首筋から汗を流している菖蒲を迎え入れて、部屋まで案内した。
 グラスいっぱいにお茶を注ぎ、慎重に部屋に運んでいくと、さっそく菖蒲はトートバッグからA4サイズくらいの封筒をテーブルに出していた。私は少し急いでグラスを置いた。菖蒲は私が隣に座ったのを確認して、「開けるよ」と合図してから封筒を開け始めた。部屋には緊張が走る。二人で読み進めて言うと、そこには再鑑定や返金の案内が書かれていた。「どういうこと?」
私は思わず間抜けな声を出してしまった。
「『DNAが検出されなかった』って、あれだけ念入りに綿棒で採取したはずなのに・・・。」
私達は途方に暮れた。保存状態にも気を使っていたため、今日で結果が出るとばかり思っていた。でも違った。無料で再鑑定をしてくれると書いてあったが、私たちはもう鑑定をする気は起らなかった。私は少しおどけたように、
「私がクローンだから検出されなかったとか?」
と言ってみたが、すぐに「それは無い」と否定されてしまった。また二人の間に沈黙が流れる。
 二人でしばらく押し黙っていると、突然ドアが開いた。驚いて私たちは勢いよくドアの方を振り向く。そこにはお父さんが立っていた。私は慌てて鑑定結果の紙と封筒を手で覆い隠し、「何?」と尋ねた。菖蒲も慌てて私の方に詰め寄り、体で隠すようにぴたりと私にくっついた。お父さんは少し変な顔をしてから「友達が来てたのか。すまん。」と言った後、「どうぞごゆっくり」と付け足して、さっさとドアを閉めた。私たちは少し耳を澄まして、足音が遠ざかっていくのを確認した後話し始めた。
「どうしよう、今の見られたかな?」
私はとても不安になっていた。それをなだめるように菖蒲が「大丈夫だよ。」と言う。
「でも、念のため今後お父さんの動向を探ってみて。もし何か知っているのなら、何かしらの動きはあると思う。」
いつも冷静な菖蒲がほんの少し取り乱しているように見えた。
 その夜、私は初めて夜更かしをした。ずっと不安でたまらない。時計を見るともう深夜の三時を回っていた。私は恐る恐るドアを開けてキッチンに向かった。その時、こんな時間から書斎に向かうお父さんの姿が見えた。私は慌てて食器棚に身を潜める。お父さんは書斎に入っていくときにドアを完全には閉めなかった。多分、閉める音が気になったのだろう。
私は忍び足でドアに近づき、そっと中を覗き込んだ。お父さんは背の高さほどある本棚を横に押してスライドさせた。すると本棚の後ろにあったドアが姿を現した。お父さんはそれを開けて、中に入っていった。私は慌てて追いかけて、本棚のところから顔を覗き込ませた。そこには大きな箱のような機械二つ並んでいる。その向こう側に机があり、パソコンが一台置かれている。まるでスパイ映画とかに出てくるサーバールームみたいだ。お父さんはオフィスチェアに座って何か考え込んでいるように見えた。
 私は部屋に戻ってベッドの上で天井のシミを見ながら考えた。何で書斎に隠し部屋が?何でこの家にサーバールームが?自分には何の接点も無いはずなのに、何故か胸がざわついた。私は無理やりそれを押し殺し、眠りについた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...