灰色の街

草宮つずね。

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前編

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 するどい日差しが熱気となって、大地をつつみこんでいる。うらめしげに空を見上げると、雲一つない青空がひろがっていた。前回、雨が降ったのはいつだったろう。忘れてしまうほど、この街は乾ききっていた。
 前から反社会派組織が跋扈していたが、さいきんはとくに我が物顔で街を歩いている。二十四時間ある一日のうち、なんど銃声を聞いただろう。数えるのも、面倒になってしまった。国の役人もいるが、ものの役に立ちはしない。気に入った女人を見かけると、どこかへ連れ去ってしまうのだ。どうせ妓館にでも売られているのだろう。
 がらくたの山をあさりながら、ジェマは考えていた。光の宿していない瞳。あきらかにサイズのあっていない、ぼろぼろでくたびれた衣服。顔は泥と砂にまみれている。目深に帽子をかぶっているが、それとわかるほど汚れている。今日も金になりそうなものを拾い集め、雀の涙ほどの収益を得た。街へ一歩踏み込めば、喧噪が耳に入ってくる。すっかり見慣れてしまって、ひとつも感情がわかない。
 大通りの裏手に入れば、いっきに静かになる。視線は感じるが、手を出しては来ない。

「ただいま」

 込み入った場所にある店「ウトピーア」の扉を開けた。軽快にドアベルが音を立てる。

「おかえり、ジェマ。大丈夫だったかい」

 カウンター越しに声をかけてきたのは、養父アロルド。数年前の戦で、戦災孤児になってしまったジェマを引き取ってくれたのである。

「あいかわらずお客さん、いないね」

 閑散とした店内を見回して、ジェマがつぶやいた。微苦笑をうかべて、アロルドは肩をすくめる。カウンター席に手招きすると、冷えたジュースを出した。喉がからからに渇いていたから、数秒で飲み干してしまう。

「君がお金を稼がなくてもいいんだよ。暮らしていくには、じゅうぶんな稼ぎが私にはあるのだから」

 養父はジェマが外に出るのを嫌う。ただでさえ治安の悪い街だ。標的にされずとも、流れ弾に当たる可能性がある。

「君は……」

 さきの言葉が想像できて、「ごちそうさま」と席を立った。二階へ行こうと足を向けると、「二人が寝ているからね」と忠告がとんでくる。階段を上っていると、一歩進むたびにきしむ。ずいぶん老朽化しているようだ。扉を開けると、二つある寝台がふくらんでいる。ぐっすり眠っているらしい。起こさぬよう鞄と帽子を置いて、義父の手伝いに行こうとした刹那。強い力で両腕をつかまれ、寝台の上に押し倒された。

「お前は隙が多すぎる」

 つめたく見下ろしてくるのは、裏社会でも名の通った殺し屋ルド。義父アロルドの裏の顔は情報屋だ。だからこそ喫茶店に客が一人もおらずとも、十分な稼ぎがあるのである。その情報屋から、依頼を受け取っているのが“殺し屋”。アロルドは依頼者と殺し屋の仲介も行っている。

「離して」

 筋骨隆々な指先が服の上から、躰の輪郭を確認するようになでる。抵抗しても、しっかりつかまれた腕をふりほどけない。

「俺一人に手間取っていてどうする。組織や役人につかまれば、複数人を相手にしなくてはいけないのだぞ」

 起きたのか。もう一人の殺し屋オラーツィオが、寝台から立ち上がった。

「嬢ちゃんは危なっかしくて、見ていられないのはわかるけどさ。いじめるなよ」

 男物であるから、サイズがあっていない服やズボン。娘をさらわれたくないから、義父は外に出歩くのを嫌う。

「美女は役人に連れさらわれ、醜女は組織に利用される」

 だから街に女はいない。ばれれば役人や組織の目にとまらずとも、飢えた男の餌食にされかねない。

「いいから、離して」

 力をこめても、ルドの手はゆるまない。もう離してあげなよ、と、オラーツィオが声をかけた。ようやく縛り付けていた力が遠のく。ほっと息を出して、ソファに座った。

「女とばれたら、いいように利用されるぞ」

「いやいや。百戦錬磨のつわものであるルドに、敵うわけないだろ。オレですら、正攻法で戦って勝てる自信ないのに。でも」

 オラーツィオの視線が、ジェマにそそがれた。

「ルドの言葉には賛成だね。嬢ちゃん、隙だらけだから」

 つぐんでしまう。義父にこえば、武器の扱いを教えてくれるだろう。しかし力のない自分が生きるためには、相手を殺すしかなくなる。手加減など出来るはずがない。二人からすれば、甘い考えになるのだろうが。命を奪うのは、出来そうにない。
 どかりととなりに座ってきたオラーツィオが、うつむいたジェマの肩を抱き寄せる。瞬間。ルドが一瞬であるが、眉をひそめた。

「ジェマちゃんが銃を持つのは、アロルドさんにとっても望むところではないだろうからね。なにかあれば、銃たずさえてつっこんでいくだろうよ」

 大きな口を開けて、オラーツィオは笑う。同時に扉が開かれた。

「おや、もう起きて大丈夫なのかい」

 義父アロルドだ。側にある窓に近寄って、防弾用の板を外してみると夕刻にさしかかっている。

「ジェマ、となりの部屋にいるから。なにかあれば、呼ぶんだよ」

 義父と一緒に殺し屋二人は、別の部屋に移動した。依頼書を、見せているのだろう。



 別室に移動して、標的の情報を受け取る。目を通していると、アロルドが頭を下げた。

「すまない。二人を命の危険にさらすことになる。場合によっては、役人や組織にうらまれる」

「かまいませんて。いつも世話になっている、アロルドさんの頼みを断るわけないでしょう」

 オラーツィオは即答する。ルドも迷いなく、うなづいた。

「……計画を今夜、決行します」

 山稜の向こう側。かすかに残っていた陽光も、消えようとしていた。
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