王妃はただ、殺されないことを願う

柴田はつみ

文字の大きさ
7 / 19

第6章:禁じられた文献

しおりを挟む
翌日の深夜。王宮全体が眠りに沈む頃、リリアナは再び禁書庫の迷宮へ足を踏み入れた。
 手にしているのは、昨夜よりも明るい携帯用の油ランプ。小さな炎が淡く揺れ、古い石壁と書架を不気味に照らし出す。

 昨日見つけた先代王妃の手記に記されていた――
 「呪いではなく、毒素」
その言葉に導かれ、リリアナは関連する古文書を必死に探し続けた。

 昼間の彼女は、完璧な「仮面の王妃」として振る舞わなければならない。
 だが、夜だけは違う。夜だけが、彼女が運命と戦うための唯一の時間だった。

 ページを繰る指先に集中しながらも、ときおり書架の陰から視線を感じる錯覚に襲われる。
 アレス王の監視か、宰相ヴァイスの密偵か――。
 だが、どれほど危険でも、半年後に訪れる「死」を避けるためには、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

 数時間が過ぎた頃。
 埃をかぶった一冊の小さな革装丁の書物が、リリアナの指先に触れた。表紙には何も記されていないが、その革の質感は、昨日読んだ先代王妃の手記と同じだった。

 震える手で開くと、中はすべて緻密な観察記録。
 個人的な題名として、こう記されていた。



『青い病の研究ノート』


• 症状の一致

 体調不良、特定の部屋でのめまい・吐き気、皮膚の青みがかった斑点。
 これらは隣国の山岳地帯に自生する**藍晶石(らんしょうせき)**の粉末による中毒症状と完全に一致。

• 藍晶石の本来の用途

 飾り石として流通しているが、真の価値は高熱に耐える特殊武器の素材であり、隣国が極秘に開発している軍事資源。

• 先代王妃の結論

「呪い」という迷信は、王妃が藍晶石の存在を公にしないよう、隣国が仕組んだ“偽装工作”であり、歴代王妃が処断されてきたのは、
王家の弱点を隠すための“口封じ”ではないか。

 ――恐ろしい仮説が、そこには記されていた。

 この文献は、「呪い」が迷信ではなく政治的陰謀である決定的証拠だった。


 リリアナの胸に、ひどく矛盾した感情が生まれた。

(アレス様は、私を憎んで殺したのではない……)

 一度目の人生で彼が流した涙。
 処断直前の「許してくれ」という叫び。
 あの苦悩は、愛ゆえでも憎しみゆえでもなく――。

 偽りの呪いに追い詰められた王の、極限の絶望から生まれたものだった。

 憎しみは霧のように消え、代わりに、胸の奥で新たな使命が燃える。

(アレス様を救う。
 そしてこの国を覆う偽りを暴く――それが、私の戦う理由。)

 リリアナは素早く『青い病の研究ノート』をローブの内側に隠した。
 これは、ヴァイス、そして隣国と対峙するための切り札となる。

 だが同時に、危険も増す。

(この本が棚から消えたと気づかれれば、私が真実に近づいている証左となってしまう。)

 そこでリリアナは、隣の書架から似た構成の古文書――民間療法をまとめた無害な冊子を取り出し、その表紙を丁寧に剥がすと、巧妙に入れ替えた。

 外見だけは、ただ古びた医学書が移動されたようにしか見えない。

 ランプの油が残り少なくなる頃、リリアナは足音を忍ばせて禁書庫を後にした。

 その足取りは、もはや「王妃」のそれではない。
 真実を握る者として革命を起こす者の、静かで揺るぎない歩みだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

あなたの幸せを祈ってる

あんど もあ
ファンタジー
ルイーゼは、双子の妹ローゼリアが病弱に生まれたために、「お前は丈夫だから」と15年間あらゆる事を我慢させられて来た。……のだが、本人は我慢させられていると言う自覚が全く無い。とうとう我慢のしすぎで命の危機となってしまい、意図せぬざまぁを招くのだった。 ドアマットだと自覚してないドアマット令嬢のお話。

身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜

恋せよ恋
恋愛
「君を愛している。一目惚れだったんだ」 18歳の伯爵令嬢エリカは、9歳年上のリヒャルト伯爵から 情熱的な求婚を受け、幸せの絶頂にいた。 しかし、親族顔合わせの席で運命が狂い出す。 彼の視線の先にいたのは、エリカの伯母であり、 彼の学生時代の恋人で「初めての女性」だった……ミレイユ。 「あの子は私の身代わりでしょう」「私はあなただけなの」 伯母ミレイユの甘い誘惑と、裏切りの密会。 衝撃の事実を目撃したエリカは、階段から転落し、 彼と過ごした愛しくも残酷な二年間の記憶だけを失ってしまう。 「……あの、どちら様でしょうか?」 無垢な瞳で問いかけるエリカに、絶望し泣き崩れるリヒャルト。 裏切った男と、略奪を企てた伯母。 二人に待ち受けるのは、甘い報復と取り返しのつかない後悔だった。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです

藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。 ――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。 妹は父の愛人の子。 身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、 彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。 婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、 当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。 一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。 だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。 これは、誰かが罰した物語ではない。 ただ、選んだ道の先にあった現実の話。 覚悟のなかった婚約者が、 自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

悪夢から目覚めたわたしは、気付かないふりをやめることにしました。

ふまさ
恋愛
 ある日、オリヴィアは夢を見た。婚約者のデイルが、義妹のグレースを好きだと言い、グレースも、デイルが好きだったと打ち明けられる夢。  さらに怪我を負い、命の灯火が消えようとするオリヴィアを、家族も婚約者も、誰も助けようとしない悪夢から目覚めたオリヴィアは、思ってしまった。  ──これはただの悪夢ではなく、正夢ではないか、と。

処理中です...