1001通目の真実 〜捨てられた王妃と、私を捨てた騎士王〜

柴田はつみ

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第十四章:皇帝の毒牙、騎士の沈黙

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カルマン帝国の宮廷は、常に強者が弱者を喰らう、血の匂いに満ちた戦場だった。

その夜、再び開かれた舞踏会。
ミリアは皇帝ケルビン直々の指名により、彼の隣に座らされていた。

皇帝ケルビン――
彼はミリアの「復讐心」すら、自分を愉しませるための刺激にすぎないと考える男だ。

ケルビンは金色の酒杯を弄びながら、傍らに控える仮面の騎士――ルーク(アルティス)を冷ややかに見やった。

「……リナリア。貴様の後ろに張り付いているこの男、迷い犬かと思えば、なかなかに鼻が利く。貴様の影のように、片時も離れんではないか」

「陛下に、私の護衛の趣味を詮索される筋合いはございませんわ」

ミリアは余裕の笑みを浮かべた。
だが次の瞬間、ケルビンの行動が場の空気を凍らせる。

彼はミリアの腰を強引に引き寄せ、刃物を当てるかのような鋭さで、その白い首元に唇を寄せたのだ。

「貴様は、あの腰抜けアルティスが捨てた女だ。ならば次は、私が拾ってやってもよい。……どうだ、我が帝国の“盾”になる気はないか? あの軟弱な国を、貴様の手で踏み潰させてやろう」

「……っ」

ミリアの身体が強張る。
それを数歩後ろで見ていたアルティスの拳には、血が滲むほどの力が込められていた。

(離せ……その汚れた手で、彼女に触れるな……!)

だが今の彼は“王”ではない。
彼女を守るただ一人の“騎士”であるがゆえに、剣を抜けばすべてを壊してしまう。

「公爵、下がれ。……これより先は、皇帝である私の私事だ」

ケルビンは冷たく言い放ち、ミリアを連れて私室へ向かおうとする。

そのとき――
ミリアは一瞬だけ、アルティスを振り返った。

その瞳には、強がりの奥に隠された、かつての「孤独な王妃」の怯えが宿っている。

「……お待ちください、皇帝陛下」

アルティスの声が、張りつめた空気を切り裂いた。

彼は一歩前へ出て、あろうことか皇帝の進路を塞ぐように剣の柄へと手をかける。

「ルーク公爵……貴様、死にたいのか?」

周囲の帝国兵たちが、一斉に剣を抜いた。

だがアルティスは一歩も引かない。
仮面の奥で、静かに覚悟を決める。

「彼女は、私の主(あるじ)です。主の意志に反する行いを見過ごすことは、騎士の誇りが許しません。……たとえ相手が皇帝であろうとも」

その言葉に、ミリアの胸が強く打たれた。

かつて、彼女が最も愛した男が一度も与えてくれなかった言葉。
「守る」という誓いを、目の前の“見知らぬ男”が命を賭して体現している。

「……公爵、もういいわ」

ミリアは自らケルビンの腕を振りほどき、アルティスの前へと歩み出た。
その背中は、まるで彼を帝国兵の刃から庇うかのようだ。

「陛下。私は“盾”になるとは申し上げましたが、あなたの“愛玩動物”になるとは言っておりません。……興が削がれましたわ。今夜は失礼いたします」

ミリアはアルティスの手を掴み、騒然とする会場を背に歩き出す。

アルティスの大きな手が、彼女の細い指を強く握り返した。

まだ二人は知らない。
この夜の出来事が、ケルビンの歪んだ独占欲に火をつけ、三つの国を巻き込む大戦の引き金になることを――。
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