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第十五章:剥がれ落ちた仮面
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雨が、帝国の重厚な石壁を激しく打っていた。
舞踏会から逃げるように屋敷へ戻った二人は、灯りも点けぬまま、薄暗いエントランスで向き合っていた。
「……狂っているわ、公爵。あそこで剣を抜けば、あなたは確実に殺されていた」
ミリアの声は怒りで震えている。
彼女は濡れたストールを床へ投げ捨て、アルティスの胸元を掴み上げた。
「なぜあんな無茶をしたの? あなたは私の『駒』でしょう? 勝手に死ぬことなんて許さない。復讐のために、あなたにはまだ利用価値があるのだから……!」
「……利用価値、ですか」
アルティスの声は低く、掠れていた。
彼はゆっくりと、彼女の胸元を掴む細い手に自分の大きな手を重ねる。その掌は、先ほどの激昂の名残か、火のように熱い。
「それなら、なぜあなたは私の前に立って、私を庇ったのですか。あなたが守るべきは、あなたの『復讐』であって、名もなき騎士の命ではないはずだ」
「それは……!」
ミリアは言葉を失う。
言い返そうとした唇がわずかに震え、彼女の瞳に、仮面の奥の「ルーク」の眼差しが映り込んだ。
その瞳は、あまりにも深く、あまりにも切なく自分を見つめている。
まるで三年前に置き去りにした、救われるはずだった自分の魂を見つめるかのように。
「……やめて。その目で、私を見ないで」
ミリアは突き放そうとするが、アルティスの腕がそれを許さなかった。
彼は強引に、しかし壊れ物を抱くような慎重さで、彼女を抱き寄せる。
「……離して! 公爵、あなた正気なの!?」
「正気など、とっくに失っている」
耳元で響く声。
それは「ルーク公爵」のものではなく、ミリアが夢の中で幾度も聞いた、あの懐かしい“王”の声だった。
「……ああ、ミリア。ようやく、君に触れられた」
アルティスは耐えきれず、彼女のうなじに顔を埋める。
そこから立ち上るリナリアの香りが、彼の理性を断ち切った。
「愛している。……狂おしいほどに。君を二度と、誰の手にも渡したくない。皇帝であろうと、神であろうと、君を汚す者は、この手で滅ぼす」
「……なにを……なにを言っているの……?」
ミリアの身体が、凍りついたように動かなくなる。
その呼び方。その抱擁の強さ。
脳裏に、離宮でひとり彼を想いながら綴り続けた“青い手紙”の記憶が溢れ出す。
「……あなたは、誰?」
ミリアの手が、ゆっくりとアルティスの仮面へと伸びた。
指先が震え、冷たい金属の感触が伝わる。
アルティスは拒まなかった。
彼女にすべてを明かし、たとえ殺されるとしても受け入れる覚悟で、そっと目を閉じる。
カシャリ、と乾いた音を立てて仮面が床に落ちた。
月明かりが、露わになった男の顔を照らす。
そこには後悔に歪みながらも、揺るぎない愛を湛えた――アルティス・フォン・アステリア王の素顔があった。
「…………アルティス……?」
ミリアの瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
それは三年間、決して流すことのなかった――最も熱く、最も残酷な涙だった。
舞踏会から逃げるように屋敷へ戻った二人は、灯りも点けぬまま、薄暗いエントランスで向き合っていた。
「……狂っているわ、公爵。あそこで剣を抜けば、あなたは確実に殺されていた」
ミリアの声は怒りで震えている。
彼女は濡れたストールを床へ投げ捨て、アルティスの胸元を掴み上げた。
「なぜあんな無茶をしたの? あなたは私の『駒』でしょう? 勝手に死ぬことなんて許さない。復讐のために、あなたにはまだ利用価値があるのだから……!」
「……利用価値、ですか」
アルティスの声は低く、掠れていた。
彼はゆっくりと、彼女の胸元を掴む細い手に自分の大きな手を重ねる。その掌は、先ほどの激昂の名残か、火のように熱い。
「それなら、なぜあなたは私の前に立って、私を庇ったのですか。あなたが守るべきは、あなたの『復讐』であって、名もなき騎士の命ではないはずだ」
「それは……!」
ミリアは言葉を失う。
言い返そうとした唇がわずかに震え、彼女の瞳に、仮面の奥の「ルーク」の眼差しが映り込んだ。
その瞳は、あまりにも深く、あまりにも切なく自分を見つめている。
まるで三年前に置き去りにした、救われるはずだった自分の魂を見つめるかのように。
「……やめて。その目で、私を見ないで」
ミリアは突き放そうとするが、アルティスの腕がそれを許さなかった。
彼は強引に、しかし壊れ物を抱くような慎重さで、彼女を抱き寄せる。
「……離して! 公爵、あなた正気なの!?」
「正気など、とっくに失っている」
耳元で響く声。
それは「ルーク公爵」のものではなく、ミリアが夢の中で幾度も聞いた、あの懐かしい“王”の声だった。
「……ああ、ミリア。ようやく、君に触れられた」
アルティスは耐えきれず、彼女のうなじに顔を埋める。
そこから立ち上るリナリアの香りが、彼の理性を断ち切った。
「愛している。……狂おしいほどに。君を二度と、誰の手にも渡したくない。皇帝であろうと、神であろうと、君を汚す者は、この手で滅ぼす」
「……なにを……なにを言っているの……?」
ミリアの身体が、凍りついたように動かなくなる。
その呼び方。その抱擁の強さ。
脳裏に、離宮でひとり彼を想いながら綴り続けた“青い手紙”の記憶が溢れ出す。
「……あなたは、誰?」
ミリアの手が、ゆっくりとアルティスの仮面へと伸びた。
指先が震え、冷たい金属の感触が伝わる。
アルティスは拒まなかった。
彼女にすべてを明かし、たとえ殺されるとしても受け入れる覚悟で、そっと目を閉じる。
カシャリ、と乾いた音を立てて仮面が床に落ちた。
月明かりが、露わになった男の顔を照らす。
そこには後悔に歪みながらも、揺るぎない愛を湛えた――アルティス・フォン・アステリア王の素顔があった。
「…………アルティス……?」
ミリアの瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
それは三年間、決して流すことのなかった――最も熱く、最も残酷な涙だった。
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