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第十章 迫る別れ
しおりを挟む二年の契約が終わる日まで、指折り数えるほどの日数しか残されていなかった。窓の外の庭は、植えた苗がゆっくりと蕾を膨らませ、やがて開こうとしている。私はその花が満開になる前に、ここを去るつもりでいる——そう自分に言い聞かせながら、家具の引き出しを一つずつ開けていった。
箱を並べ、宝飾を丁寧に仕分ける。あの日もらった小さなペンダントを手に取ると、指先が震えた。温度の記憶が皮膚に残る。思い出に縋ることは許されない。私は息を整えて、それを小さな布に包み、箱の隅へと戻した。
夜、扉をノックする音がした。「入る」と、低くて確かな声。アランだった。
私は慌てて蓋を閉じるふりをし、顔に平静を貼り付ける。彼は部屋を一瞥し、並べられた箱を見て、短く訊いた。
「何をしている」
「契約が終われば、すぐに出られるように。必要なものだけ持っていくつもりです」
答えは淡々と出たが、心臓は早鐘を打っている。
アランは、しばらくこちらを見つめた。青い瞳の奥に、小さな戸惑いが走るのを私は見た。やがて彼は視線を外し、何かを呑み込むように言った。
「必要なものは、持っていくといい。重いものは、手を貸す」
その言葉は実務的で、それでいて余計な温度を帯びている。――必要なのは君自身だ、と心で叫びたくなる。けれどそれを言わせる勇気は私にはなく、代わりに私は短く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
アランはしばらく立ち尽くし、何かを言いかけてはやめ、静かに扉を閉めて去った。扉の音が消えた後、私は膝を抱えて箱の上に座った。胸の奥がひりつき、嗚咽がこぼれそうになるが、声にはしない。夜の静けさだけが答えを持たないまま満ちた。
数日後、領地の視察で村を訪れた。子どもたちが駆け寄って笑顔をくれる。私は返す笑顔が嘘にならないよう、努めて自然に振る舞った。だが、その日もアランは私の荷物をそっと抱え直してくれた。
「重いだろう?」
「大丈夫です」
「無理をするな」
何気ないやり取り。けれどその気遣いは私の胸に小さな波紋を作る。『また』という言葉が胸に触れる。私がこの地を去ることは、いつか決まっているのだと、冷たく確かに思い知らされる。
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