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第3章「婚約解消の申し出」
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グランツ公爵邸を訪れる日が再びやってきた。
冷たい冬風に煽られながら馬車に揺られるリリアナの手は、膝の上でぎゅっと握られている。
(今日こそ言うのよ……婚約を解消してください、って)
震える胸の奥で、自分に何度も言い聞かせる。
父や母の期待を裏切ることになる。けれど、このままでは破滅一直線。
ここで一歩を踏み出さなければ未来は変えられない。
屋敷に到着すると、黒衣の執事が恭しく頭を下げた。
「公爵様は執務室にてお待ちです」
重厚な扉が開かれる。
机の上に書類を積み上げ、ペンを走らせる銀糸の髪の男――アルベルトが顔を上げた。
「来たか」
低く短い言葉。
けれど、それだけで胸の奥に鋭い刃が突き刺さるような緊張を覚える。
リリアナは深呼吸し、必死に震えを抑えた。
「……あの、公爵様。お話がございます」
アルベルトの手が止まり、静かに視線が向けられる。
冷たい氷の瞳に射すくめられ、思わず言葉を飲み込みそうになる。
だが、逃げてはいけない。
「わたくしとの婚約……どうか、解消していただけませんか」
執務室の空気が一瞬にして張り詰めた。
ペン先が机に落ち、小さな音が響く。
アルベルトの表情は変わらない。ただ、その瞳の奥がかすかに揺らめいたように見えた。
「……理由は」
静かに問われ、リリアナの喉がひりつく。
「そ、それは……わたくしでは、公爵様に相応しくありません。ご家門にとっても、より良いご縁があるはずですわ」
「戯言だな」
たった一言で、彼女の言葉は切り捨てられた。
アルベルトは立ち上がり、長い脚で歩み寄る。その影に包まれ、リリアナは思わず後ずさる。
「俺が選んだのはお前だ。家の都合でも、政略でもない。――お前以外に、興味はない」
昨日と同じ言葉。
けれど間近で聞かされると、胸の奥が熱くなり、目頭がじんとする。
「そ、そんな……」
リリアナは必死に首を振る。
「でも、いずれ公爵様は別の方を……!」
口走った瞬間、アルベルトの眉がわずかに動いた。
「別の方?」
「……っ!」
自分が“ゲームのシナリオ”を知っているなど言えるはずもない。
言葉を濁すリリアナを、アルベルトはじっと見つめる。
「……お前は馬鹿だな」
低く呟かれた声に、胸が跳ねた。
「他の女など眼中にないと、何度言わせる」
その冷たい声音に隠された、不器用な熱。
リリアナは視線を逸らし、唇をかみしめた。
(どうして信じられないの……? この人の言葉が本当なら、私はもう破滅なんてしないのに)
心の奥底で小さな希望が芽生えかけていた。
けれど同時に、未来の断罪イベントが脳裏をよぎる。
人々の嘲笑、婚約破棄を告げるアルベルトの冷酷な姿――。
(駄目、信じちゃだめ。きっとこれは……未来を知らないから言えるだけ)
震える声で絞り出す。
「……どうか、考え直していただけませんか」
しかし返ってきたのは、冷徹にして断固たる一言だった。
「却下だ」
リリアナは息を呑む。
それ以上は何を言っても無駄だと悟った。
執務室を辞したあとも、耳の奥に彼の言葉が残響のようにこびりついていた。
――お前以外に、興味はない。
(そんなふうに言わないで……これでは、ますます逃げられなくなるじゃない)
胸を押さえ、リリアナは立ち尽くした。
破滅を避けるはずの決意が、逆に彼女の心を揺さぶり始めていた。
冷たい冬風に煽られながら馬車に揺られるリリアナの手は、膝の上でぎゅっと握られている。
(今日こそ言うのよ……婚約を解消してください、って)
震える胸の奥で、自分に何度も言い聞かせる。
父や母の期待を裏切ることになる。けれど、このままでは破滅一直線。
ここで一歩を踏み出さなければ未来は変えられない。
屋敷に到着すると、黒衣の執事が恭しく頭を下げた。
「公爵様は執務室にてお待ちです」
重厚な扉が開かれる。
机の上に書類を積み上げ、ペンを走らせる銀糸の髪の男――アルベルトが顔を上げた。
「来たか」
低く短い言葉。
けれど、それだけで胸の奥に鋭い刃が突き刺さるような緊張を覚える。
リリアナは深呼吸し、必死に震えを抑えた。
「……あの、公爵様。お話がございます」
アルベルトの手が止まり、静かに視線が向けられる。
冷たい氷の瞳に射すくめられ、思わず言葉を飲み込みそうになる。
だが、逃げてはいけない。
「わたくしとの婚約……どうか、解消していただけませんか」
執務室の空気が一瞬にして張り詰めた。
ペン先が机に落ち、小さな音が響く。
アルベルトの表情は変わらない。ただ、その瞳の奥がかすかに揺らめいたように見えた。
「……理由は」
静かに問われ、リリアナの喉がひりつく。
「そ、それは……わたくしでは、公爵様に相応しくありません。ご家門にとっても、より良いご縁があるはずですわ」
「戯言だな」
たった一言で、彼女の言葉は切り捨てられた。
アルベルトは立ち上がり、長い脚で歩み寄る。その影に包まれ、リリアナは思わず後ずさる。
「俺が選んだのはお前だ。家の都合でも、政略でもない。――お前以外に、興味はない」
昨日と同じ言葉。
けれど間近で聞かされると、胸の奥が熱くなり、目頭がじんとする。
「そ、そんな……」
リリアナは必死に首を振る。
「でも、いずれ公爵様は別の方を……!」
口走った瞬間、アルベルトの眉がわずかに動いた。
「別の方?」
「……っ!」
自分が“ゲームのシナリオ”を知っているなど言えるはずもない。
言葉を濁すリリアナを、アルベルトはじっと見つめる。
「……お前は馬鹿だな」
低く呟かれた声に、胸が跳ねた。
「他の女など眼中にないと、何度言わせる」
その冷たい声音に隠された、不器用な熱。
リリアナは視線を逸らし、唇をかみしめた。
(どうして信じられないの……? この人の言葉が本当なら、私はもう破滅なんてしないのに)
心の奥底で小さな希望が芽生えかけていた。
けれど同時に、未来の断罪イベントが脳裏をよぎる。
人々の嘲笑、婚約破棄を告げるアルベルトの冷酷な姿――。
(駄目、信じちゃだめ。きっとこれは……未来を知らないから言えるだけ)
震える声で絞り出す。
「……どうか、考え直していただけませんか」
しかし返ってきたのは、冷徹にして断固たる一言だった。
「却下だ」
リリアナは息を呑む。
それ以上は何を言っても無駄だと悟った。
執務室を辞したあとも、耳の奥に彼の言葉が残響のようにこびりついていた。
――お前以外に、興味はない。
(そんなふうに言わないで……これでは、ますます逃げられなくなるじゃない)
胸を押さえ、リリアナは立ち尽くした。
破滅を避けるはずの決意が、逆に彼女の心を揺さぶり始めていた。
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