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第十七章 式典の幕開け
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春の陽光が王都の中心広場に降り注ぎ、臨時に設営された式典会場の白い天幕を柔らかく照らしていた。
壇上には侯爵家と公爵家の紋章旗が並び、中央には銀細工のマイクスタンド。
観客席には社交界の名士たちが色とりどりの衣装で集い、低いざわめきが波のように広がっている。
リディアは控え室で深呼吸をしていた。
ラベンダー色のドレスの袖口には、小さく青い布切れが結ばれている。
鏡越しに視線を上げると、背後でエドガーが静かに立っていた。
「……行けるか」
「ええ。——約束は覚えているわ」
彼は頷き、何も言わずに青の結び目を指先で確かめる。
その温もりが、胸の奥にじんと広がった。
開会の鐘が鳴り、司会役の書記官が壇上に立つ。
「これより、侯爵家慈善財団と公爵家奨学基金の合同式典を開会いたします」
拍手の中、侯爵家の代表としてセリーヌが優雅に登壇した。
薄水色のドレスに、胸元の忘れな草のブローチが輝く。
その笑顔は完璧で、視線だけが冷たく鋭い。
「本日は、両家の友情を示すために、このような場を設けることができて光栄です」
セリーヌは一通り形式的な挨拶を述べた後、声を少し柔らかくした。
「——そして何より、本日こうして並び立つお二人が、これからも互いを支え合い、社交界に安らぎをもたらすことを願ってやみません」
会場がざわめいた。
その一文は、まるで婚約を示唆するかのように聞こえたのだ。
壇上脇で控えていたエドガーの視線がリディアを捉える。
——遮らない。
約束を思い出し、彼は黙って一歩下がった。
リディアはゆっくりと前に出る。
マイクスタンドの前で、会場中の視線が一斉に集まったのを感じた。
「ご紹介にあずかりました、リディア・ハートリーと申します」
声は落ち着いていた。
「本日、私たちは“両家の友情”のためにここに立っています。ですが——友情と婚約は別の形です」
ざわめきが一層大きくなる。
彼女は構わず続けた。
「私は公爵様と長いご縁がありますが、この場は慈善事業の場であり、家同士の結びつきを祝う場ではありません。どうか本来の目的を見失わないでください」
言い切ると、会場の空気が一瞬静まり返った。
次に響いたのは、公爵家の父の低い笑いだった。
「見事だ」
その声を皮切りに、拍手が広がっていった。
セリーヌは口元に笑みを浮かべたまま、目だけでリディアを見つめた。
「……お見事。けれど、今の言葉であなたは公に“彼を選んだ”のよ」
「ええ。隠すつもりはありません」
その答えに、セリーヌは小さく肩をすくめた。
「なら、次は——本当にその隣に立つ覚悟を証明して」
言葉を残し、彼女は優雅に壇を降りていった。
式典は滞りなく終わり、夜。
公爵家の応接間で、父母がリディアとエドガーの前に立った。
父はゆっくりと言った。
「今日の対応は立派だった。社交の場で感情を崩さず、家の面子も守った。……承認しよう」
母も微笑む。「これからは、家族として接します」
リディアは深く礼をした。
青い布切れの結び目は、これまでで一番固く締まっているように感じられた。
しかし、承認の余韻に浸る間もなく、執事が駆け込んできた。
「旦那様、大変です。侯爵家の側近が——」
「何だ」
「“正式な縁談の書面”を、改めて公爵家に送付したとのこと。……日付は本日、式典終了後です」
再び、嵐の気配が迫っていた。
壇上には侯爵家と公爵家の紋章旗が並び、中央には銀細工のマイクスタンド。
観客席には社交界の名士たちが色とりどりの衣装で集い、低いざわめきが波のように広がっている。
リディアは控え室で深呼吸をしていた。
ラベンダー色のドレスの袖口には、小さく青い布切れが結ばれている。
鏡越しに視線を上げると、背後でエドガーが静かに立っていた。
「……行けるか」
「ええ。——約束は覚えているわ」
彼は頷き、何も言わずに青の結び目を指先で確かめる。
その温もりが、胸の奥にじんと広がった。
開会の鐘が鳴り、司会役の書記官が壇上に立つ。
「これより、侯爵家慈善財団と公爵家奨学基金の合同式典を開会いたします」
拍手の中、侯爵家の代表としてセリーヌが優雅に登壇した。
薄水色のドレスに、胸元の忘れな草のブローチが輝く。
その笑顔は完璧で、視線だけが冷たく鋭い。
「本日は、両家の友情を示すために、このような場を設けることができて光栄です」
セリーヌは一通り形式的な挨拶を述べた後、声を少し柔らかくした。
「——そして何より、本日こうして並び立つお二人が、これからも互いを支え合い、社交界に安らぎをもたらすことを願ってやみません」
会場がざわめいた。
その一文は、まるで婚約を示唆するかのように聞こえたのだ。
壇上脇で控えていたエドガーの視線がリディアを捉える。
——遮らない。
約束を思い出し、彼は黙って一歩下がった。
リディアはゆっくりと前に出る。
マイクスタンドの前で、会場中の視線が一斉に集まったのを感じた。
「ご紹介にあずかりました、リディア・ハートリーと申します」
声は落ち着いていた。
「本日、私たちは“両家の友情”のためにここに立っています。ですが——友情と婚約は別の形です」
ざわめきが一層大きくなる。
彼女は構わず続けた。
「私は公爵様と長いご縁がありますが、この場は慈善事業の場であり、家同士の結びつきを祝う場ではありません。どうか本来の目的を見失わないでください」
言い切ると、会場の空気が一瞬静まり返った。
次に響いたのは、公爵家の父の低い笑いだった。
「見事だ」
その声を皮切りに、拍手が広がっていった。
セリーヌは口元に笑みを浮かべたまま、目だけでリディアを見つめた。
「……お見事。けれど、今の言葉であなたは公に“彼を選んだ”のよ」
「ええ。隠すつもりはありません」
その答えに、セリーヌは小さく肩をすくめた。
「なら、次は——本当にその隣に立つ覚悟を証明して」
言葉を残し、彼女は優雅に壇を降りていった。
式典は滞りなく終わり、夜。
公爵家の応接間で、父母がリディアとエドガーの前に立った。
父はゆっくりと言った。
「今日の対応は立派だった。社交の場で感情を崩さず、家の面子も守った。……承認しよう」
母も微笑む。「これからは、家族として接します」
リディアは深く礼をした。
青い布切れの結び目は、これまでで一番固く締まっているように感じられた。
しかし、承認の余韻に浸る間もなく、執事が駆け込んできた。
「旦那様、大変です。侯爵家の側近が——」
「何だ」
「“正式な縁談の書面”を、改めて公爵家に送付したとのこと。……日付は本日、式典終了後です」
再び、嵐の気配が迫っていた。
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