『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ

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第三十一章 「稽古場の密談(カルロス × クリス)」

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 朝の稽古場は、まだ陽が低い。
 木立の間を吹き抜ける冷たい風が、
 砂地をさらりと撫でていく。

 その静けさの中に、
 重い足音がひとつ、近づいてきた。

 カルロスだ。

 昨夜のドレス事件から一晩。
 眠れぬまま夜明けを迎え、
 気づけば足は稽古場へ向かっていた。

(……シャーロットを守るために、俺は何をすべきか)

 胸の奥で答えの出ない問いが渦巻く。

 そこへ、別の影が音もなく現れた。

「公爵閣下」

 クリス・グレイが、稽古用の上着を肩にかけて立っていた。

「来ると思っていました」

 カルロスは眉をひそめる。

「なぜ分かった?」

「あなたは“怒り”では動かない方だ。
 必ず“理由を探しに”ここへ来ると思ったのです」

「……鋭いな」

「騎士ですから」

 その簡潔さが、
 逆に信頼を感じさせた。



 二人は稽古場の中央に歩み出た。
 薄い朝霧が、靴の先を曖昧に包む。

 カルロスが口を開いた。

「侍医の報告を聞いた。
 ――ドレスには“アイリスの粉香”がついていたそうだ」

「聞きました。
 ヒルデ家――伯爵家でよく使われる香りです」

 カルロスの瞳が鋭く揺れた。

「……伯爵家、か」

「さらに、縫い目の弱糸。
 偽の布片。
 鍵のすり替え。
 複数の者の手で行われた痕跡があります」

 淡々と述べるクリスの声は冷静だが――
 その奥に燃える怒りは隠しきれない。

「あなたと同じく、
 私もシャーロット様が狙われた理由を探しています」

「理由なら、ひとつしかないだろう」

 カルロスはゆっくりと言う。

「――シャーロットを、公爵夫人の座から遠ざけるためだ」

 その言葉に、クリスは目を細めた。

「閣下は……お気づきでしたか」

「昨日、王城の回廊で彼女は泣いた。
 “嫌われたくない”とまで言った。
 誰かが彼女を追い詰めていると気づかないほど鈍くはない」

(本当は……もっと早く気づくべきだった)

 胸が痛くなる。



 クリスは少し顔を伏せ、
 慎重に言葉を選んだ。

「――閣下。
 確証はありませんが……」

「何だ」

「“見せたい構図”を繰り返し作ろうとしている者がいます」

 カルロスの表情が強張る。

「影で“恋人同士”に見せる構図、
 弱糸で“失態”に見せる構図、
 身上書で“婚約内定”に見せる構図――」

 風が止まる。

「すべて“同じ手”です。
 同じ方向へ、噂が流れるように設計されている」

「……誰が。その“構図”を作っている?」

 クリスは言葉を飲み込み、
 ほんの数秒だけ目を閉じた。

(名を口にしていいのか……?
 まだ証拠が足りない……
 だが、ここで黙れば――閣下は追いつけない)

 そして目を開けた時、
 クリスの瞳は決意に満ちていた。

「……伯爵令嬢マリナ様です」

 カルロスの呼吸が止まった。

「マリナ……?」

「彼女は閣下を慕われていると聞きます。
 ですが――
 “慕う者ほど鋭い矛を持つ”のも事実です」

 カルロスは拳を握りしめた。

(マリナが……シャーロットに対して……?
 シャーロットの優しさを利用して……?)

「根拠は?」

 震える声で問う。

「直接の証拠はまだありません。
 しかし――」

 クリスは淡々と続けた。

「偽造身上書の花押の“末端筆圧の深さ”」
「鏡の継ぎ目の“半寸ずらし”」
「弱糸の縫い目」
「侍女リディアの不自然な沈黙」
「そして……アイリスの粉香」

「……一致するのか」

「はい。
 伯爵家ロズモンド家にしか、ここまで整えられない」

 カルロスは息を呑んだ。

 目の前が暗くなるような感覚。

 信じたくない。
 だが――否定できない。

(シャーロットを落とすために……
 あそこまで周到に……?
 マリナ、お前は……)



 沈黙が続く。

 クリスが静かに言った。

「公爵閣下。
 あなたは――どう動かれますか?」

「決まっている」

 カルロスは迷いのない声で言った。

「シャーロットを守る。
 そして、すり替えられた婚約を――必ず正す」

 その言葉に、
 クリスは深くうなずいた。

「では、こちらも近衛として協力します。
 ――王家の名にかけて」

 稽古場に、
 朝の光が差し込む。

 決戦へ向けた誓いの光だった。

 すり替えられた婚約の真相は、
 いま確実に表へ引きずり出されようとしていた。
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