偽りのの誓い

第一回

高見沢翔の個人オフィスは、いつも、絵に描いたような完璧さだった。磨き上げられたディスクに、規則正しく並んだ書類。

だが、今日の彼はその完璧な空間にそぐわない、ひどく困り果てた顔をしていた。

「頼む、カレン。君しかいないんだ」

ソファに深々と身を沈め、翔は切羽詰まった声で幼馴染の三島カレンに訴えかけた。カレンは彼の向かいに座り、脚を組み、優雅な仕草で紅茶を一口啜った。

「また始まったわね、その君しかいないってやつ。今度は何？秘書が全員辞めたとか？」

カレンの言葉に、翔はふるふると首を横に振る。

「違う！もっと深刻だ。‥‥‥いい加減、女どもに言い寄られるのが本当に面倒で」

カレンは眉をひそめた。翔の容姿は申し分なく、加えて会社社長の御曹司。女性が放っておかないのは当然だ。

だが、ここまで露骨に「面倒」と言い放つ彼も彼だ。

「それで？私にどうしろと？」「偽装結婚してほしい」

翔の言葉に、カレンは飲んでいた紅茶を噴き出しそうになった。

「はあ？冗談は顔だけにしなさいよ！」

「冗談じゃない！本気だ。一年間だけでいい。形式だけの夫婦になってくれ」

翔は身を乗り出し、ほとんど懇願するような目でカレンを見つめた。カレンは深いため息をついた。

かれの困った顔は、幼い頃からずっと見てきた。最終的にはいつも彼のペースに巻き込まれるのも、これまたいつものことだ。

「一年間だけよ。それ以上は絶対に嫌だから。それに、条件がある

「何でも言え！」」

「慰謝料ならぬ、契約料はきっちり払ってもらうわよ。それと‥」

カレンはふと意地悪な笑みを浮かべた。

「人前では、ちゃんと『夫婦』として振る舞うこと。あなたが言い出したことなんだから、当然よね？」


翔は少し顔をひきつらせたが、すぐに深く頷いた。

「ああ、もちろん！契約だからな。そこはきっちりやろう」

数週間後、二人の偽装結婚は世間を賑わせた。そして、その裏側では。

「翔さん、朝食できましたよ」

カレンはにこやかに、しかしどこか棒読みで翔に声をかけた。翔は新聞から顔を上げ、チラリとカレンを見た。

「ああ。わざわざありがとう、カレン。でも、俺の分はもう秘書が用意してくれてるから」

「ちょっと！」

カレンは翔の隣に座り、低い声で囁いた。

「言ったでしょ？『人前ではちゃんと夫婦として振るまえ』って！今、お手伝いさんもいるんだから！」

翔はハッとしたように周囲を見回し、慌てて咳払いをした。


「あ、ああ、そうだな！カレンの手料理最高だよな！」

あまりにもわざとらしい口調に、カレンはうんざりした顔をした。

「棒読みすぎ。もう少し感情を込めてちょうだい」

「努力する」

翔は再び新聞に目を戻したが、カレンの鋭い視線を感じて、すぐに新聞をおろした。

「‥で、カレン。今日は何か予定あるのか？」

「ええ、午後に友人とお茶の約束があるわ。もちろん、あなたの秘書には『夫と素敵なランチを楽しんだ後で』って伝えておいたから」

カレンはにっこりと微笑んだ。翔は額に手を当てた。

「わかった。‥助かる」

「いいえ、どういたしまして。契約ですから」