偽りのの誓い

第4回

偽りの結婚生活は、カレンにとって常に綱渡りのようなものだった。翔と美咲の間に漂う微妙な空気に気づかないふりをしながら、人前では「理想の妻」を演じる日々。

そんなある日、カレンは百貨店のカフェで、思いがけない人物と再会した。

「カレン？」

聞き慣れた、しかし懐かしい声に振り返ると、そこに立っていたのは佐伯健太だった。カレンの大学時代の恋人で、数年前に海外へ転勤してから音沙汰がなかった。

「健太！？どうしてここに？」

カレンは驚きに目を見開いた。健太は相変わらず爽やかな笑顔を浮かべ、カレンの向かいの席に座った。

「ちょうど日本に戻ってきてね。まさかこんな所でカレンに会えるなんて、奇遇だなあ」

「本当に。元気にしてた？」

「ああ、もちろん。カレンこそ、元気そうで安心したよ。‥‥高見沢さんと、結婚したんだね。ニュースで見て、驚いたよ」

健太の視線が、カレンの左手の指輪に注がれた。カレンは反射的に指輪を隠すように手を動かしたが、すぐにその必要がないことに気づき、笑みを作った。

「ええ、まあ、色々とね」

「そうか。お相手が高見沢さんのところの御曹司と知って、カレンらしいなと思ったよ」

健太の言葉に、カレンは複雑な表情になった。彼が知るカレンは、きっと華やかな世界が似合う、完璧な令嬢だっただろう。

まさか、自分が偽装結婚をしているなどとは夢にも思わないだろう。

「健太は？今は何してるの？」

カレンが問いかけると、健太は楽しそうに話し始めた。海外での仕事のこと、日本に戻ってきてから立ち上げた新しいプロジェクトのこと。

カレンは相槌を打ちながら、久しぶりのかれの声に耳を傾けた。しかし、ふと視線を感じて顔を上げると、カフェの入り口に立っている翔と、その隣にいる美咲の姿があった。

翔はカレンと健太の様子を訝しげに見つめ、美咲は明らかに不機嫌そうな顔をしていた。

「あ‥‥‥」

カレンは思わず声を漏らした。健太がそれに気づき、振り返る。

「どうしたんだ、カレン？」

「い、いえ‥‥‥」

カレンが言葉を探していると、翔が美咲を伴ってこちらに歩いて来た。

「カレン。こんなところで何をしていたんだ？」

翔の声は、普段の声より少し低い。美咲は、カレンと健太を交互に見て、警戒するような視線を送っていた。

「翔！どうしてここに‥‥」

「たまたま近くに来たから、少し休憩しようと思ってな。まさか君がいるとは」

翔の視線が健太に向けられる。健太は立ち上がり、軽く頭を下げた。

「佐伯と申します。カレンとは大学時代の友人です」

「高見沢だ。妻がお世話になっているようだ」

翔は手を差し出す健太と握手したが、その表情は硬いままだった。美咲は翔の背後で腕を組んでいた。

「あら、旦那様。奥様のお知り合いの方でしたか。ご挨拶もせず申し訳ございません

美咲はわざとらしいほど丁寧に健太に頭を下げた。その言葉には、何処か棘があるようにカレンには聞こえた。」

「いえいえ、とんでもない。まさかカレンがご結婚されているとは存じ上げず‥‥」

健太が言葉を濁すと、翔がカレンの腰に手を回した。

「私とカレンは、今年の春に式を挙げたばかりで、まさに新婚です」