偽りのの誓い

柴田はつみ

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第3回

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カレンが翔の手の熱を感じたのは、そのパーティーの日が最初ではなかったかと思う。だが、その熱がいったい何を意味するのか、カレンには分からなかった。

なにせ、翔には「付き合っているらしい」秘書がいるのだ。それは社内でもまことしやかに囁かれ、カレンの耳にも入っていた。

数日後、カレンは百貨店で翔の秘書、渋谷美咲と鉢合わせした。美咲はスラリとした長身で、知的雰囲気を纏い、いかにも有能な秘書と言った風情だった。

そして、その腕には、翔が好みそうなブランドの紙袋がいくつもぶら下がっている。

「あら、三島様。こんにちは」

美咲はにこやかに会釈した。カレンも笑顔を返す。

「渋谷さん、こんにちは。お買い物ですか?」

「ええ、少し。高見沢社長の来客用に新しいお茶菓子を選んでおりまして」

美咲の言葉に、カレンは内心で眉をひそめた。会社の備品を、プライベートな時間に買いに来るものだろうか。

しかも、百貨店で。

「まあ、お忙しいのに大変ですね」

「いいえ、これも社長のためですから」

美咲はあくまでにこやかだ。その笑顔の裏に、何か見え隠れするような気がして、カレンは居心地の悪さを感じた。

その日の夜、自宅に戻ったカレンは、翔に直接探りを入れることにした。

「ねえ、翔。あなたの秘書の渋谷さんって、結構、会社のために尽くしてるわね」

リビングでタブレットを操作していた翔は、顔を上げずに答えた。

「ああ。彼女は優秀だからな。気がきくし、仕事も早い。俺の右腕だよ」

「ふうん。‥でも、プライベートな時間まで、会社の備品を選びに百貨店に行かせたりするの?」

カレンの言葉に、翔はタブレットから目を離し、カレンを見た。

「何の話だ?」

「今日、渋谷さんにあったのよ。それで、あなたの来客用のお茶菓子を選んでるって」

翔は少しばつが悪そうな顔をした。

「ああ、あれか。彼女が自主的にやってくれてるんだ俺も。そこまで求めてはいないんだが」

「でも、止めてはいないのよね?」」

カレンは畳かけるように言った。証拠は小さくため息をついた。

「別に、悪いことでもないだろう。それに、俺は彼女に頼りきっているんだ。だから‥」

翔の言葉に、カレンはそれ以上追及するのをやめた。翔と美咲の関係は、やはり社内で囁かれている通りなのかもしれない。

偽装とはいえ、妻の立場である自分に翔が正直に話すはずもない。

翌日、会社の役員会議室で、翔はカレンを伴って出席していた。結婚が、世間に知れ渡って以降、カレンが同席することも増えていた。

会議中、美咲は翔の隣に控え、必要な書類をさっと差し出したり、耳元で何かを囁いたりしていた。

その度、ふたりの距離が縮まる。会議が終わり、役員たちが退室していく中、美咲が翔に声を
かけた。

「社長、先ほどお話ししたプロジェクトの件ですが、午後に少しお時間よろしいでしょうか?」

「ああ、構わない。詳しい資料は?」

「はい、すぐに用意いたします」

美咲は優雅な動作でメモを取り、翔を見上げた。その視線は、どこか親密さを帯びているようにカレンには見えた。

「あら、渋谷さん。お忙しいのに大変ね。翔、私とお昼の約束があるんだけど、午後からじゃ間に合わないかしら?」

カレンはわざとらしく口を挟んだ。美咲の表情が一瞬だけ固まったように見えた。

「美咲は態度を崩さないが、その声には微かに焦りの色が滲んでいた。

「ふうん。でも、私たち、夫婦だもの。優先すべきは夫婦の時間じゃないかしら?」

カレンは、あえて「夫婦」と言う言葉を強調した。翔はカレンと美咲を交互にに見て、困ったような顔ををしている。

「カレン、あまり渋谷を困らせるな。彼女は俺の仕事を手伝ってくれてるんだ」

「ええ、もちろん存じておりますわ。でも、私もあなたの「妻」」として、夫の健康を気遣うのは当然でしょう?」


カレンは翔の腕にそっと手を絡めた。美咲は、その光景をじっと見つめている。その視線には、怒りとも嫉妬ともとれる感情が混じっていた。

「‥承知いたしました、社長。それでは、お昼は奥様とごゆっくり。午後のご報告は、その後に改めて伺わせていただきます」

美咲は一礼し、会議室を後にした。彼女の背中を見送りながら、カレンは小さく呟いた。

「どうやら、あの秘書さん、あなたに本気みたいね」

翔は眉間に皺寄せた。

「何を言い出すんだ、突然」

「だって、見ていればわかるじゃない。あの態度。まるで正妻気取りだわ」

カレンの言葉にに、翔はため息をついた。

「君も変なこと言うな。彼女はただ、有能な秘書なだけだ」

「へえ、そうかしら?」

カレンはニヤリと笑った。翔はカレンの腕を振り払い、頭を掻いた。

「ああ、もう!君のそういうところが面倒なんだ!」

「あら、偽装結婚を頼んだのはあなたでしょ?ちゃんと「夫婦」を演じなければ、私が困るのよ」

カレンは、翔の顔のすぐ近くまで顔を寄せ、囁いた。

「私たち、契約なんだから。ちゃんとしなくちゃね?」

翔は何も言わず、カレンから顔を背けた。その耳が、ほんの少しだけ赤くなっていることに、カレンは気づいていた。

この偽りの結婚は、一体いつまで続くのだろうか。そして、この騒動は、どこへ向かっていくのだろうか。
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