心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ

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第7章「冷酷な拒絶」

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 秋の風が吹き抜ける王宮の回廊は、昼間でも肌寒さを帯びていた。
 木々は色づき始め、庭園には赤や黄金の葉が舞い落ちている。
 その美しい光景に、セレーネの心はひと欠片も慰められることがなかった。

 ——嫉妬の仮面。
 あの夜、レオニスが告げた「誰にも触れさせない」という言葉は、彼女の心を揺らした。
 だが同時に、それは矛盾に満ちている。
 本命が別にいるのなら、なぜ私を独占するのか。
 答えを知りたい。けれど、問いかける勇気が持てずにいた。



 その日、宮廷の広間で小さな茶会が開かれた。
 各地の令嬢たちが集まり、華やかな笑みを交わし合う。
 セレーネも妃候補として同席していたが、視線の矢は相変わらず冷たい。

「ご機嫌麗しゅうございます、妃殿下」
「……」
「殿下とイリス様のご関係は、やはり特別でいらっしゃるのでしょう?」

 まただ。
 囁かれる名前は、心を容赦なく抉る。
 セレーネは笑みを保ちつつ、胸の奥で息を詰めた。

「殿下のお心の内は、私にはわかりかねます」
 そう返すと、令嬢たちは顔を見合わせ、意味深に微笑んだ。
「まあ……お強いのですね」
「でも耐えるのも限界がございますわ。お気をつけて」

 まるで試すような言葉。
 セレーネは心の中で「限界」という言葉を繰り返した。



 夜。
 決意を胸に抱え、セレーネは王太子の執務室を訪れた。
 扉を開けると、蝋燭の光に照らされた机に向かうレオニスの姿があった。
 黒髪が揺れ、鋭い横顔が浮かび上がる。

「殿下」
「……何だ」
 視線を上げた彼の瞳に、冷たい光が宿っている。

「お聞きしたいことがございます」
「許す。言え」

 深呼吸。震える心を押さえ、セレーネは問いを放った。

「……殿下にとって、本当に好きな人とは誰なのですか」

 静寂が落ちた。
 炎の揺らめきさえ止まったように感じる。
 レオニスの瞳がわずかに揺らいだ。だが次の瞬間、鋭く光を宿し、冷酷な声が響く。

「お前ではないことだけは確かだ」

 胸がえぐられる。
 呼吸が止まり、膝から力が抜けそうになった。

「……どうして……」
 声は掠れ、涙がにじむ。

「妃としての役割を果たせ。それ以上は望むな」
「私は……ただ……」
「感情を持ち込むな。これは政略婚だ」

 冷たい刃のような言葉が突き刺さる。
 セレーネは震える手でスカートを握りしめ、必死に涙を堪えた。

「……承知いたしました」

 唇からこぼれた声はか細く、壊れそうだった。
 深く一礼し、背を向ける。
 扉を閉める瞬間、振り返ることはできなかった。
 もしも彼の瞳にわずかな揺らぎが見えたとしても、耐えられないから。



 寝室に戻ったセレーネは、枕に顔を埋めて嗚咽を漏らした。
 涙は止まらず、胸の奥を焼く。

 ——やはり私は愛されない。
 何度も心に刻まれる絶望。

 それでも、彼の声が、視線が、胸から離れない。
 拒絶されてもなお、心は彼を求めてしまう。

「殿下……どうして……」

 月光が窓から差し込み、涙に濡れた瞳を照らした。
 答えのない問いが、夜の静けさに溶けて消えていった。
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