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第30章「別邸の門(影の始まりの場所)」
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雨の森を走り抜けた馬車は、
突然ひらけた空間に出た。
そこには、
黒鉄の古い門が立っていた。
森を切り裂くように
静かにそびえる“別邸”。
カルロスが短く息を吐く。
「……着いた」
シャルロットは震える指で窓に触れた。
雨粒が斜めに流れ落ち、
その向こうに
白い石造りの建物がぼんやり見える。
(ここが……
前妻エリザベラ様が最後に向かった場所……
そして……“影”が育った場所……)
胸の奥が冷たくなる。
カルロスが馬車を降りる。
手を差し出したいのに、
触れられない。
その葛藤が一瞬、
彼の表情に滲んだ。
シャルロットは、
自分のスカートを握りしめながら降りた。
雨は弱くなったが、
空気はさらに冷たい。
(怖い……
でも行かなくては……)
カルロスの声が低く響く。
「シャルロット。
絶対に俺から離れるな」
シャルロットの胸が温かくなった。
その言葉が、
どれほど彼女を支えているか
カルロスは知らない。
◆
門へ近づくにつれて、
冷気が濃くなっていく。
風の音が止まり、
鳥の声も、虫の声も消えた。
まるで
“この場所だけ時間が凍っている”。
門扉は、
まっすぐ前妻エリザベラの部屋へと続く
石畳の道へ開かれている。
シャルロットは小さく震えた。
「……誰か……
最近も出入りしているのですか……?」
カルロスは門扉の表面を手で触った。
指先には、
ごく薄い“白い粉”がついていた。
「……香水の粉末だ。
白百合の精油を固めたもの。
あれを扱えるのは……“ミレイユ”だけだ」
シャルロットの喉が鳴った。
(ミレイユ……
やはりここに……)
門の奥の静けさが
一層、重くなる。
◆
カルロスがゆっくり門を押した。
ギィ……
軋む鈍い音が森に響く。
その音だけが、
“誰かがここに戻ってきている”と告げているかのようだった。
門が半分ほど開いたとき——
白い紙片が
ひらりと地面に落ちた。
シャルロットが拾い上げると、
それは
一輪の白百合が描かれたカードだった。
裏には
震えるような文字で
こう書かれていた。
《——“あなた”を迎える準備はできている》
シャルロットの指が凍る。
カルロスは即座にカードを奪い取った。
「……シャルロットは読まなくていい」
「いいえ……
読みます。
わたくしに……向けられたものですから……」
涙は落ちていない。
けれど、胸が強く痛む。
(ミレイユは……
わたくしを……待っている……?
なぜ……?
わたくしに……何を……?)
風が吹き、
門の先の草木が揺れた。
白百合の香りが
またふわりと流れる。
◆
二人は別邸の道を歩き始めた。
歩くたび、
影が足元を滑るように横切る。
道の両端には
“触れられていない白百合の花”が並んでいる。
しかしその中に——
一輪だけ、
茎が折れて落ちている花があった。
まるで
“誰かに踏まれたように”。
シャルロットの足が止まる。
(あの……足跡は……
シャルロットの……靴……?
ミレイユの……?
それとも別の……?)
鳥肌が立つ。
カルロスが低く言う。
「……ここは、
エリザベラが隠した“影の部屋”がある。
ミレイユを育てた部屋。
そして……」
喉が震える。
「お前の名を、初めてエリザベラが書き記した場所だ」
シャルロットの心臓が大きく跳ねた。
(わたくしの……名前……?
前妻様が……?
なぜ……?)
カルロスは門を完全に開き、
別邸の前庭を見渡した。
森の奥の建物は、
薄く灯るランプの光を受けて
静かに佇んでいる。
だがその静けさは、
“何かが待っている静けさ”。
まるで
影が屋敷の奥で膝を抱え、
こちらを見つめているかのよう。
シャルロットの胸の奥がざわめく。
「……わたくし……
怖いのです……」
カルロスは言った。
「恐れるな。
お前には……
俺がついている」
その声音には、
彼自身の恐怖と、
それを押しつぶすほどの想いが滲んでいた。
シャルロットは、
その一言に支えられる。
(でも……
公爵さま……
本当はずっと怖がっているのは……
“わたくし”を失うこと……?)
◆
別邸の正面玄関が
風でわずかに開いた。
ギィ……
扉の隙間から、
室内の暗闇が覗く。
白百合の香りが
確かに“中から”流れてきた。
影がここにいる。
(ミレイユ……)
シャルロットは呟いた。
「公爵さま……
行きましょう。
真実を確かめに……」
カルロスは言葉もなく頷き、
剣を抜いて玄関へ向かった。
――そして二人は、
影の始まりの場所へ足を踏み入れた。
その瞬間。
背後の門が、
ひとりでに閉まった。
バタン。
闇の中で、
影の声が微笑む。
――「いらっしゃい、シャルロット」
――「あなたの“居場所”へようこそ」
突然ひらけた空間に出た。
そこには、
黒鉄の古い門が立っていた。
森を切り裂くように
静かにそびえる“別邸”。
カルロスが短く息を吐く。
「……着いた」
シャルロットは震える指で窓に触れた。
雨粒が斜めに流れ落ち、
その向こうに
白い石造りの建物がぼんやり見える。
(ここが……
前妻エリザベラ様が最後に向かった場所……
そして……“影”が育った場所……)
胸の奥が冷たくなる。
カルロスが馬車を降りる。
手を差し出したいのに、
触れられない。
その葛藤が一瞬、
彼の表情に滲んだ。
シャルロットは、
自分のスカートを握りしめながら降りた。
雨は弱くなったが、
空気はさらに冷たい。
(怖い……
でも行かなくては……)
カルロスの声が低く響く。
「シャルロット。
絶対に俺から離れるな」
シャルロットの胸が温かくなった。
その言葉が、
どれほど彼女を支えているか
カルロスは知らない。
◆
門へ近づくにつれて、
冷気が濃くなっていく。
風の音が止まり、
鳥の声も、虫の声も消えた。
まるで
“この場所だけ時間が凍っている”。
門扉は、
まっすぐ前妻エリザベラの部屋へと続く
石畳の道へ開かれている。
シャルロットは小さく震えた。
「……誰か……
最近も出入りしているのですか……?」
カルロスは門扉の表面を手で触った。
指先には、
ごく薄い“白い粉”がついていた。
「……香水の粉末だ。
白百合の精油を固めたもの。
あれを扱えるのは……“ミレイユ”だけだ」
シャルロットの喉が鳴った。
(ミレイユ……
やはりここに……)
門の奥の静けさが
一層、重くなる。
◆
カルロスがゆっくり門を押した。
ギィ……
軋む鈍い音が森に響く。
その音だけが、
“誰かがここに戻ってきている”と告げているかのようだった。
門が半分ほど開いたとき——
白い紙片が
ひらりと地面に落ちた。
シャルロットが拾い上げると、
それは
一輪の白百合が描かれたカードだった。
裏には
震えるような文字で
こう書かれていた。
《——“あなた”を迎える準備はできている》
シャルロットの指が凍る。
カルロスは即座にカードを奪い取った。
「……シャルロットは読まなくていい」
「いいえ……
読みます。
わたくしに……向けられたものですから……」
涙は落ちていない。
けれど、胸が強く痛む。
(ミレイユは……
わたくしを……待っている……?
なぜ……?
わたくしに……何を……?)
風が吹き、
門の先の草木が揺れた。
白百合の香りが
またふわりと流れる。
◆
二人は別邸の道を歩き始めた。
歩くたび、
影が足元を滑るように横切る。
道の両端には
“触れられていない白百合の花”が並んでいる。
しかしその中に——
一輪だけ、
茎が折れて落ちている花があった。
まるで
“誰かに踏まれたように”。
シャルロットの足が止まる。
(あの……足跡は……
シャルロットの……靴……?
ミレイユの……?
それとも別の……?)
鳥肌が立つ。
カルロスが低く言う。
「……ここは、
エリザベラが隠した“影の部屋”がある。
ミレイユを育てた部屋。
そして……」
喉が震える。
「お前の名を、初めてエリザベラが書き記した場所だ」
シャルロットの心臓が大きく跳ねた。
(わたくしの……名前……?
前妻様が……?
なぜ……?)
カルロスは門を完全に開き、
別邸の前庭を見渡した。
森の奥の建物は、
薄く灯るランプの光を受けて
静かに佇んでいる。
だがその静けさは、
“何かが待っている静けさ”。
まるで
影が屋敷の奥で膝を抱え、
こちらを見つめているかのよう。
シャルロットの胸の奥がざわめく。
「……わたくし……
怖いのです……」
カルロスは言った。
「恐れるな。
お前には……
俺がついている」
その声音には、
彼自身の恐怖と、
それを押しつぶすほどの想いが滲んでいた。
シャルロットは、
その一言に支えられる。
(でも……
公爵さま……
本当はずっと怖がっているのは……
“わたくし”を失うこと……?)
◆
別邸の正面玄関が
風でわずかに開いた。
ギィ……
扉の隙間から、
室内の暗闇が覗く。
白百合の香りが
確かに“中から”流れてきた。
影がここにいる。
(ミレイユ……)
シャルロットは呟いた。
「公爵さま……
行きましょう。
真実を確かめに……」
カルロスは言葉もなく頷き、
剣を抜いて玄関へ向かった。
――そして二人は、
影の始まりの場所へ足を踏み入れた。
その瞬間。
背後の門が、
ひとりでに閉まった。
バタン。
闇の中で、
影の声が微笑む。
――「いらっしゃい、シャルロット」
――「あなたの“居場所”へようこそ」
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