『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ

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第39章「影の審問(あなたは本物ですか?)」

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白百合の間に響いた
王太后の声は、
静かでありながら刃のように鋭かった。

「——あなたは、本当に“影ではない”のですね?」

シャルロットは息を呑んだ。

“影”と呼ばれるのは、
この宮廷では最大級の侮蔑であり、
同時に恐れの象徴でもある。

影——
それは、本物の妻の代わりに生まれた、
本来存在してはならない者たち。

(わたくしが……影……?
 そんな……)

第二王子が
冷徹に形の良い眉を上げた。

「レイエル公爵夫人。
 王都に届いた報告によれば、
 あなたの涙が“呪いを薄めた”と聞きました。」

宮廷魔術師も頷く。

「影に触れられた者が受ける呪いを、
 涙で弱めるなど……
 本妻にも、影にも……
 歴史上、例がありません。」

シャルロットは胸に手を当て、
自分の震えを抑えた。

「わたくしは……
 本物の妻でございます。
 公爵さまが選び、婚姻した……
 ただの人間です……」

しかし王家の視線はなお鋭い。

王太后は静かに言った。

「“ただの人間”にしては、
 影の呪いへの耐性が強すぎます。」

記録官が巻物を広げた。

「記録によれば、
 影が絡む婚姻では……
 本妻は耐えられず衰弱し、
 影が妻の席を奪う例がほとんど。」

シャルロットの指先が冷えた。

(ミレイユ……
 あなたも……その“影”の一人……)

王太后はさらに続ける。

「あなたが“影でない証拠”を
 王宮は求めています。」

シャルロットの喉が乾いた。

(わたくしが……
 影でない証拠……?
 そんな……どうしたら……)

魔術師が前へ進み出た。

「影であるかどうかを見分ける方法は、
 たったひとつ。」

部屋の空気が張りつめる。

シャルロットは無意識に
喉を鳴らした。

宮廷魔術師は“白百合の杖”を掲げた。

「“白百合の試し”。
 影は白百合に触れられない。
 触れた瞬間、影の気配が露呈する。」

シャルロットの胸が跳ねる。

(白百合……
 あの花は……
 影を喰らう花……
 ミレイユが……
 わたくしを覆うたびに咲いた……)

魔術師が杖の先で示した。

そこには——
一輪の純白の白百合が置かれていた。

花弁は光を吸い込むように白く、
部屋の空気さえ変えるほどの気配を持っている。

王太后が告げる。

「シャルロット・レイエル。
 あなたに命じます。
 この白百合に触れなさい。」

シャルロットは一歩前へ出た。

緊張で足が震える。

(もし……
 わたくしが影とみなされたら……
 この宮廷で……
 処分される……)

シャルロットは、
カルロスの面影を胸に思い浮かべた。

(わたくしは本物……
 “影ではない”……
 公爵さまが選んでくれた……
 わたくしは……)

震える指先を伸ばした、その瞬間。

――「触れてはなりません!!」

重い扉が勢いよく開き、
誰かの声が白百合の間に響き渡った。

全員の視線が扉に向いた。

そこに立っていたのは——

レイエル家の執事長、アレクセイ。

息を切らし、
しかし鋭い眼光を向けながら叫ぶ。

「シャルロット様は……
 白百合に触れてはなりません!!
 “本妻の涙”を持つ者は……
 白百合に触れると——」

王太后が眉をひそめる。

「触れると……どうなるのです?」

アレクセイは震える声で告げた。

「白百合が、奥方様の中にある“影の鍵”を呼び覚まし——
  命を奪います。」

白百合の間が凍りついた。

シャルロットの心臓も、
一瞬止まった。

(わたくしの中に……
 影の……鍵……?)

王太后が鋭い声で問う。

「影の鍵とは……何です?」

アレクセイは震えながら答えた。

「奥方様の涙が呪いを薄めたのは……
 奥方様の中に、
 “影を閉ざす鍵”が眠っているからです。」

シャルロットは息を呑む。

(わたくしの涙が……鍵……?
 だからミレイユの影が揺らいだ……?)

宮廷魔術師が低く呟く。

「本妻の涙ではなく……
 “鍵の涙”か……
 だから呪いに触れられたのか……」

王太后の瞳に、
鋭い、しかし興味深い光が宿る。

「では——
 彼女は本物の妻などではなく、
 “影を封じるために選ばれた娘”?」

シャルロットの顔から血の気が引いた。

(わたくしは……
 本物の妻……?
 影を封じるため……?
 わたくしは……何……?)

アレクセイは震えながら膝をつき、
叫ぶように訴えた。

「奥方様を“影”と疑ってはなりません!!
 彼女は影でも本妻でもない——
 “影の鍵”を持つ唯一の者なのです!!」

白百合の間に沈黙が落ちた。

シャルロットは、
自分の胸に手を当てた。

その奥が、わずかに熱い。

(わたくしの涙は……
 鍵……
 影を閉ざす……唯一の……鍵……)

その時、
白百合の花が突然揺れ、
影のような風が吹いた。

誰かの囁きが、
シャルロットの耳元で響く。

――「そうよ……あなたは鍵……」

――「だからわたしにとって……
   一番邪魔なの……シャルロット。」

影の声——ミレイユの声だ。

シャルロットは
白百合の間の中央で、
ついに“自分の立場”を理解した。

わたくしは——
 影の妻でも、本物の妻でもない。
 “影を封じるための妻”。

そしてその瞬間、
白百合の間の扉が音もなく閉まり、
影の気配が室内に満ち始めた。
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