11 / 28
第十一章 監視の檻と、届かぬ真意
しおりを挟むリリーの「愛の告白」――
それを完全な真実として受け取った日を境に、カイル侯爵の態度は一変した。
かつて彼女に向けていた冷酷な憎悪は影を潜め、代わりに現れたのは、病的と呼ぶほかない独占欲と監視だった。
カイルは、常にリリーを視界に置こうとした。
執務室で仕事をする際も、彼女を傍らに座らせ、何を考え、誰と視線を交わし、どの書簡に目を通しているのか――
そのすべてを、無言の圧力で管理しようとした。
「リリアーヌ。君は本当に聡明だ。
公爵家の連中を退けるには、君の知恵が必要だ」
甘やかな言葉とは裏腹に、カイルの瞳は常に鋭く、探るように光っている。
リリーは、その変化に、以前よりも強い息苦しさを覚えていた。
憎悪による拒絶は耐えられた。
だが、この歪んだ「愛」による束縛は、彼女の精神を静かに、確実に蝕んでいく。
(……カイル様は、私の言葉を疑いなく信じてしまった)
胸の奥に、微かな安堵が生まれる。
これで、クリストファー様は侯爵家への介入を止めてくれるはずだ――
そう信じたかった。
だがその「救済」は、
彼女自身を、カイルという名の檻へ閉じ込める結果を招いていた。
やがてリリーは、最悪の事実を知る。
――クリスは、侯爵家への介入を止めていなかった。
彼は、カイルが広めた「リリーの愛の告白」を虚偽の情報と判断し、
むしろそれを理由に、カイル排除の動きを加速させていたのだ。
(これ以上は……取り返しがつかない)
もし公爵の権限で侯爵位が剥奪されれば、
社交界全体にスキャンダルが波及し、公爵家の威信は傷つく。
――アメリア令嬢との縁談すら、破談になりかねない。
リリーは決意した。
これ以上、間接的な「演技」では止まらない。
直接、拒絶しなければならない。
カイルの目を盗み、彼女は一通の手紙を書いた。
それは、最後にして、最も残酷な拒絶だった。
「クリストファー様
カイル侯爵への介入は、直ちに停止してください。
私は心からカイル侯爵の味方となり、侯爵家を守ることを誓いました。
あなたの善意は、私たちにとって大きな迷惑です」
封蝋には、ライラックのブローチを模した意匠を選んだ。
それは二人だけが知る、かつての愛の証であり、
同時に――**「これは愛ゆえの拒絶である」**という、彼女なりの合図だった。
リリーは、最も信頼する古参の侍女に手紙を託し、公爵邸へと向かわせた。
公爵邸でその手紙を受け取った瞬間、
クリスは、胸を強く打たれたような衝撃を覚えた。
――ライラックの封蝋。
それは、過去の愛を認めながらも、自分を拒絶するという、
あまりにも残酷な選択だった。
震える手で封を破り、彼はリリーの筆跡を追う。
「心からカイル侯爵の味方」
「あなたの善意は、大きな迷惑」
言葉一つ一つが、容赦なく心を打ち砕いていく。
(……私への愛の証を使いながら、
カイルへの愛を誓い、私を拒むのか)
クリスは、その行為をこう解釈した。
――これは、
カイルへの愛と、侯爵家の安定を最優先するための、私への最終通告。
彼女は、自分への未練を断ち切るため、
あえて最も残忍な方法を選んだのだ、と。
その夜、クリスは深い絶望の中で決断した。
――アメリア令嬢との正式な婚約を、急ぐ。
リリーがカイルを選んだのなら、
自分もまた、公爵としての義務と、新たな道を選ぶしかない。
彼は、リリーの未来を守るためにカイルを排除しようとした。
だが、その行動は、彼女の「演技」による拒絶を招き、
結果的に――
彼女の願い(クリスの安泰)を叶えるための、最後の選択として、
自ら彼女から離れる道を選ぶことになった。
リリーは、カイルという檻の中で。
クリスは、絶望という檻の中で。
互いへの愛を燃やしながら、
決定的にすれ違い、
誤解は、ついに引き返せない頂点へと達したのだった。
12
あなたにおすすめの小説
沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―
柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。
最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。
しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。
カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。
離婚届の上に、涙が落ちる。
それでもシャルロッテは信じたい。
あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。
すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。
女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜
流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。
偶然にも居合わせてしまったのだ。
学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。
そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。
「君を女性として見ることが出来ない」
幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。
その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。
「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」
大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。
そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。
※
ゆるふわ設定です。
完結しました。
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
だから何ですの? 〜王家の系譜に「愛」など不要です〜
柴田はつみ
恋愛
貴方の系譜、ここで断絶させてもよろしくて? 〜初夜に愛を否定された公爵令嬢、国庫と軍事と血統を掌握して無能な夫を過去にする〜
薔薇の花びらが散らされた初夜の寝室で、アルフォンスはあまりに卑俗で、あまりに使い古された台詞を吐く。
「私は君を愛することはない。私の心には、リリアーヌという真実の光があるのだ」
並の女なら、ここで真珠のような涙をこぼし、夫の情けを乞うだろう。
しかし、ミレーヌの脳裏をよぎったのは、絶望ではなく、深い「退屈」だった。
「……だから何ですの? 殿下」
いや、無理。 (本編完結)
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。
一旦完結にしましたが、他者視点を随時更新の間連載中に戻します。
もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、
「わかってくれるだろう?ミーナ」
と手を差し伸べた。
だから私はこう答えた。
「いや、無理」
と。
硝子の婚約と偽りの戴冠
柴田はつみ
恋愛
幼い頃から、第一王女アリアと隣国の王子レオンは、誰もが疑わない「未来の国王夫妻」として育てられてきた。
政略で結ばれた関係でありながら、二人の間には確かな絆があった。幼馴染として共に過ごした年月の中で、アリアは感情を表に出さないながらも、レオンをただ一人、深く愛していた。
すべてが順調に進んでいるはずだった。
戴冠式と成婚を目前に控えた、その日までは。
歯車が狂い始めたのは、妹のセシルが涙に濡れた顔で、突然アリアの元へ駆け込んできた夜だった。
震える声で語られたのは、信じ難い言葉――
「……レオン様に、愛を告白されたの」
アリアは即座に否定した。信じるはずがない。あのレオンが、そんな裏切りをするはずがないと。
だが、その確信は、夜の庭園で無惨に打ち砕かれる。
月明かりの下。
レオンは、確かにセシルを抱き寄せていた。
後に明らかになる真実は、あまりにも残酷だった。
姉に対する劣等感を長年募らせてきたセシルが仕掛けた、周到な罠。そして――レオンが決して知られてはならない「ある弱み」を、彼女が握っていたという事実。
それは、愛ではなかった。
だが、アリアの未来を根こそぎ奪うには、十分すぎる裏切りだった。
あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません
藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。
ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。
「君は分かってくれると思っていた」
その一言で、リーシェは気づいてしまう。
私は、最初から選ばれていなかったのだと。
これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。
後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、
そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。
【完結】騙された侯爵令嬢は、政略結婚でも愛し愛されたかったのです
山葵
恋愛
政略結婚で結ばれた私達だったが、いつか愛し合う事が出来ると信じていた。
それなのに、彼には、ずっと好きな人が居たのだ。
私にはプレゼントさえ下さらなかったのに、その方には自分の瞳の宝石を贈っていたなんて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる