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第十一章 監視の檻と、届かぬ真意
しおりを挟むリリーの「愛の告白」――
それを完全な真実として受け取った日を境に、カイル侯爵の態度は一変した。
かつて彼女に向けていた冷酷な憎悪は影を潜め、代わりに現れたのは、病的と呼ぶほかない独占欲と監視だった。
カイルは、常にリリーを視界に置こうとした。
執務室で仕事をする際も、彼女を傍らに座らせ、何を考え、誰と視線を交わし、どの書簡に目を通しているのか――
そのすべてを、無言の圧力で管理しようとした。
「リリアーヌ。君は本当に聡明だ。
公爵家の連中を退けるには、君の知恵が必要だ」
甘やかな言葉とは裏腹に、カイルの瞳は常に鋭く、探るように光っている。
リリーは、その変化に、以前よりも強い息苦しさを覚えていた。
憎悪による拒絶は耐えられた。
だが、この歪んだ「愛」による束縛は、彼女の精神を静かに、確実に蝕んでいく。
(……カイル様は、私の言葉を疑いなく信じてしまった)
胸の奥に、微かな安堵が生まれる。
これで、クリストファー様は侯爵家への介入を止めてくれるはずだ――
そう信じたかった。
だがその「救済」は、
彼女自身を、カイルという名の檻へ閉じ込める結果を招いていた。
やがてリリーは、最悪の事実を知る。
――クリスは、侯爵家への介入を止めていなかった。
彼は、カイルが広めた「リリーの愛の告白」を虚偽の情報と判断し、
むしろそれを理由に、カイル排除の動きを加速させていたのだ。
(これ以上は……取り返しがつかない)
もし公爵の権限で侯爵位が剥奪されれば、
社交界全体にスキャンダルが波及し、公爵家の威信は傷つく。
――アメリア令嬢との縁談すら、破談になりかねない。
リリーは決意した。
これ以上、間接的な「演技」では止まらない。
直接、拒絶しなければならない。
カイルの目を盗み、彼女は一通の手紙を書いた。
それは、最後にして、最も残酷な拒絶だった。
「クリストファー様
カイル侯爵への介入は、直ちに停止してください。
私は心からカイル侯爵の味方となり、侯爵家を守ることを誓いました。
あなたの善意は、私たちにとって大きな迷惑です」
封蝋には、ライラックのブローチを模した意匠を選んだ。
それは二人だけが知る、かつての愛の証であり、
同時に――**「これは愛ゆえの拒絶である」**という、彼女なりの合図だった。
リリーは、最も信頼する古参の侍女に手紙を託し、公爵邸へと向かわせた。
公爵邸でその手紙を受け取った瞬間、
クリスは、胸を強く打たれたような衝撃を覚えた。
――ライラックの封蝋。
それは、過去の愛を認めながらも、自分を拒絶するという、
あまりにも残酷な選択だった。
震える手で封を破り、彼はリリーの筆跡を追う。
「心からカイル侯爵の味方」
「あなたの善意は、大きな迷惑」
言葉一つ一つが、容赦なく心を打ち砕いていく。
(……私への愛の証を使いながら、
カイルへの愛を誓い、私を拒むのか)
クリスは、その行為をこう解釈した。
――これは、
カイルへの愛と、侯爵家の安定を最優先するための、私への最終通告。
彼女は、自分への未練を断ち切るため、
あえて最も残忍な方法を選んだのだ、と。
その夜、クリスは深い絶望の中で決断した。
――アメリア令嬢との正式な婚約を、急ぐ。
リリーがカイルを選んだのなら、
自分もまた、公爵としての義務と、新たな道を選ぶしかない。
彼は、リリーの未来を守るためにカイルを排除しようとした。
だが、その行動は、彼女の「演技」による拒絶を招き、
結果的に――
彼女の願い(クリスの安泰)を叶えるための、最後の選択として、
自ら彼女から離れる道を選ぶことになった。
リリーは、カイルという檻の中で。
クリスは、絶望という檻の中で。
互いへの愛を燃やしながら、
決定的にすれ違い、
誤解は、ついに引き返せない頂点へと達したのだった。
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