貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ

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第十五章 過去の鍵と、消えない残像

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リリーは、発見した手紙を元の隠し場所には戻さなかった。
代わりに、カイルが決して立ち入らない自室の、鍵付きの引き出しへと慎重にしまい込む。

彼女の心は、手紙が示していた過去の真実に支配されていた。

――カイルが自分を憎んでいた理由は、
クリスへの嫉妬だけではなかった。

それは、
愛する女性を捨て、財産と立場のためにリリーと結婚したという罪悪感。
そして、その女性の恨みを晴らすための、歪んだ自己処罰。

(……私への冷遇は、
 彼にとっての贖罪だったのね)

(私が不幸であればあるほど、
 彼は救われた……なんて、身勝手な愛の形)

怒りよりも先に、
胸を満たしたのは、底知れない虚しさだった。

長年耐えてきた憎悪は、
自分とクリスの愛とは無関係な、
カイル自身の過去の問題だったのだ。

同時に、リリーは悟る。
この手紙は――
自分が侯爵家から解放されるための、
決定的な鍵になり得る。

もし、これをクリスに見せることができれば。
彼が抱き続けている
「リリーはカイルを愛し、その家を守っている」
という誤解を、打ち砕けるかもしれない。

カイルの憎悪が、
愛ではなく、過去の愛憎と自己満足から来ていると知れば、
クリスは、リリーの孤独の本質を理解するだろう。

だが――
リリーは、すぐには動かなかった。

この手紙を公にすれば、
カイルの過去の醜聞が表に出る。
それは侯爵家だけでなく、
公爵家、そしてクリス自身の未来にも影を落とす。

婚約の準備が進む今、
彼の人生を、再び危険に晒したくはなかった。

リリーは、この切り札を、
**「自らを解放するための、最後の手段」**として、
慎重に温存することを選んだ。



一方、クリス公爵は、
アメリア令嬢との婚約準備を、粛々と進めていた。

二人の婚約は社交界に歓迎され、
公爵家の威信は、かつてないほど高まっている。

アメリアは清らかで、穏やかで、
公爵夫人として申し分のない女性だった。
彼女と語らう時間は、
確かに、心を落ち着かせてくれる。

それでも――
クリスの胸には、拭い去れない違和感が残っていた。

思い出すのは、
リリー夫人との最後のやり取り。
そして、ライラックの印。

(……なぜだ)

(なぜ、愛の証を残しながら、
 彼女は私を拒絶した?)

(本当に、カイルを愛しているのなら……
 なぜ、あんなにも悲しげな目をしていた?)

クリスは、
彼女の完璧な演技の奥に、
何か異常な真実が隠されているのではないかという疑念を、
捨てきれずにいた。

だが、
侯爵邸で目にするカイルの熱狂的な独占と、
それを受け入れるかのようなリリーの献身的な態度は、
その疑念を、何度も押し戻す。

――彼女は、カイルを選んだのだ。

それが、
自分に言い聞かせるしかない、
最も苦しい結論だった。



ある夜会でのこと。

クリスはアメリアと踊りながら、
遠くにいるリリーとカイルの姿を目に留めた。

カイルは、リリーの腰を独占的に抱き寄せ、
耳元で何かを囁いている。
リリーは、完璧な微笑みを浮かべていた。

だが、その微笑みは――
彫像のように冷たく、虚ろだった。

社交界の人々は、
カイルの横暴とも言える愛情表現を、
「深い愛」として受け取っている。

しかし、クリスの目には、
それが愛ではなく、
彼女を支配しようとする執着にしか見えなかった。

それでも、彼は自らに言い聞かせる。

(……もう、私は介入できない)

(彼女が本当に幸せならば、
 それを壊す権利は、私にはない)

(――それが、彼女の選んだ道なのだ)

クリスは、アメリアの柔らかな手の感触に意識を戻そうとする。
だが、
リリーの虚ろな笑顔が、
いつまでも脳裏から離れなかった。

二人の間に築かれた誤解の壁は、
カイルの歪んだ愛情によって、
さらに厚く、強固なものとなっていく。

こうして――
愛し合いながらも、
互いを思いやりながらも。

リリーとクリスは、
それぞれの道を選び、
孤独な未来へと、静かに歩みを進めていった。
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