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第二十二章 狂乱の終焉と、崩れ落ちた偶像
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「……アメリアとの婚約を解消した、だと? 嘘だ、そんなはずがない!」
壁際で這いつくばっていたカイルが、耳を疑うような叫び声を上げた。彼にとってクリス公爵は、自分からすべてを奪う“光”の象徴であり、その光が地位を捨ててまでリリーを選ぶなど、到底受け入れられる事実ではなかった。
「私は認めない……お前たちが幸せになることだけは、断じて認めない!」
近くの燭台を掴んだカイルは、よろめく足取りのままリリーへと振り下ろそうとする。だがその動きは鈍く、絶望に沈んだ心情をそのまま映し出していた。
クリスはリリーを背後へかばい、冷ややかな力でカイルの手首を掴み上げる。
「無意味だ、カイル。お前が執着していたのはリリアーヌではない。自分の罪から目を逸らすための“鏡”を求めていただけだ」
その言葉は、カイルの心の最深部を容赦なく射抜いた。彼の力は抜け、糸の切れた人形のようにその場へ崩れ落ちる。
その時、地下室へ続く階段から、大勢の足音が響いた。
「ここまでだ、ハワード侯爵!」
現れたのは、クリスが事前に手配していた王宮近衛騎士団と司法官たちだった。エリアナの証言と、クリスが独自に集めた公金横領の予備証拠により、逮捕状が執行される。
「カイル・ヴァン・ハワード。公金横領および夫人への不当拘束の容疑により、同行してもらう」
両脇を抱えられ、引き立てられていくカイル。抵抗する力も残っていない。彼は、クリスの腕の中で泣き崩れるリリーを、呪うようでありながら縋るような、虚ろな眼差しで見つめた。
「リリアーヌ……お前は……私の、唯一の……」
途切れた声は、冷たい地下室の空気に溶けて消える。侯爵家の権威と、歪んだ誇りは、ここに完全な崩壊を迎えた。
騎士団がカイルを連れ去り、地下室にはクリスとリリー、そして深い静寂だけが残された。
リリーは足首の鎖を見つめる。――本当に自分は自由になれたのだろうか。長い間、クリスを守るため、カイルの罪を背負うために、自らを縛り続けてきたのだ。
クリスは静かに跪き、軍刀の柄で錠前を叩き割る。
「重かっただろう、リリアーヌ」
「……どうして、そこまでしてくださるのですか。私はあなたを何度も傷つけ、突き放してきたのに。私の言葉は、すべてあなたへの毒だったのに……」
リリーの涙が、彼の汚れひとつなかった軍服を濡らしてゆく。その様子に胸が締めつけられる。
クリスは彼女を抱き上げ、階段へと歩き出した。
「毒であろうと何であろうと、それは君が私に向けてくれた言葉だ。私はすべて受け止めて生きる。君が自分を殺してまで守ろうとした“私の名誉”など、君の涙一粒ほどの価値もない」
地下室を抜け、侯爵邸の玄関へ辿り着くと、東の空から青白い暁光が差し込み始めていた。
リリーは眩しさに目を細める。冷たい仮面の“完璧な妻”として闇の中を生きてきた彼女にとって、その光はあまりにも鮮烈で、痛いほどにまぶしかった。
「これからは、もう演じる必要はない。君は君のままで――私の隣で、笑えばいい」
胸に響くクリスの力強い心音を感じながら、リリーは生まれて初めて、恐怖でも贖罪でもない、純粋な“希望”という感情に触れた気がした。
しかし、「公爵の婚約破棄」と「侯爵の逮捕」という大スキャンダルは、王都全土を揺るがすことになる。――二人には、なお新たな戦場、社交界という修羅場が待ち受けていた。
壁際で這いつくばっていたカイルが、耳を疑うような叫び声を上げた。彼にとってクリス公爵は、自分からすべてを奪う“光”の象徴であり、その光が地位を捨ててまでリリーを選ぶなど、到底受け入れられる事実ではなかった。
「私は認めない……お前たちが幸せになることだけは、断じて認めない!」
近くの燭台を掴んだカイルは、よろめく足取りのままリリーへと振り下ろそうとする。だがその動きは鈍く、絶望に沈んだ心情をそのまま映し出していた。
クリスはリリーを背後へかばい、冷ややかな力でカイルの手首を掴み上げる。
「無意味だ、カイル。お前が執着していたのはリリアーヌではない。自分の罪から目を逸らすための“鏡”を求めていただけだ」
その言葉は、カイルの心の最深部を容赦なく射抜いた。彼の力は抜け、糸の切れた人形のようにその場へ崩れ落ちる。
その時、地下室へ続く階段から、大勢の足音が響いた。
「ここまでだ、ハワード侯爵!」
現れたのは、クリスが事前に手配していた王宮近衛騎士団と司法官たちだった。エリアナの証言と、クリスが独自に集めた公金横領の予備証拠により、逮捕状が執行される。
「カイル・ヴァン・ハワード。公金横領および夫人への不当拘束の容疑により、同行してもらう」
両脇を抱えられ、引き立てられていくカイル。抵抗する力も残っていない。彼は、クリスの腕の中で泣き崩れるリリーを、呪うようでありながら縋るような、虚ろな眼差しで見つめた。
「リリアーヌ……お前は……私の、唯一の……」
途切れた声は、冷たい地下室の空気に溶けて消える。侯爵家の権威と、歪んだ誇りは、ここに完全な崩壊を迎えた。
騎士団がカイルを連れ去り、地下室にはクリスとリリー、そして深い静寂だけが残された。
リリーは足首の鎖を見つめる。――本当に自分は自由になれたのだろうか。長い間、クリスを守るため、カイルの罪を背負うために、自らを縛り続けてきたのだ。
クリスは静かに跪き、軍刀の柄で錠前を叩き割る。
「重かっただろう、リリアーヌ」
「……どうして、そこまでしてくださるのですか。私はあなたを何度も傷つけ、突き放してきたのに。私の言葉は、すべてあなたへの毒だったのに……」
リリーの涙が、彼の汚れひとつなかった軍服を濡らしてゆく。その様子に胸が締めつけられる。
クリスは彼女を抱き上げ、階段へと歩き出した。
「毒であろうと何であろうと、それは君が私に向けてくれた言葉だ。私はすべて受け止めて生きる。君が自分を殺してまで守ろうとした“私の名誉”など、君の涙一粒ほどの価値もない」
地下室を抜け、侯爵邸の玄関へ辿り着くと、東の空から青白い暁光が差し込み始めていた。
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「これからは、もう演じる必要はない。君は君のままで――私の隣で、笑えばいい」
胸に響くクリスの力強い心音を感じながら、リリーは生まれて初めて、恐怖でも贖罪でもない、純粋な“希望”という感情に触れた気がした。
しかし、「公爵の婚約破棄」と「侯爵の逮捕」という大スキャンダルは、王都全土を揺るがすことになる。――二人には、なお新たな戦場、社交界という修羅場が待ち受けていた。
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