貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ

文字の大きさ
23 / 28

第二十三章 嵐の社交界と、公爵の宣戦布告

しおりを挟む
ハワード侯爵の逮捕と、クリス公爵による――「略奪」とさえ囁かれる救出劇。
この衝撃的な報せは、翌朝には王都中のサロンや茶会を駆け巡っていた。

「信じられます? あの非の打ちどころのないリリー夫人が、夫を告発し、公爵の手を取っただなんて」
「アメリア令嬢は被害者よ。なのに、公爵様は“あんな女”のために名誉を捨てるなんて……どうかしているわ」

街に溢れる新聞の見出し、貴族たちの軽薄な噂――それらは、リリーを悪女へと貶める毒となって踊り続けた。
皮肉なことに、カイルが長年かけて作り上げた「献身的で完璧な妻」という仮面は、いまや彼女を追い詰める凶器へと変わっていた。

リリーは、クリスの強い意向により、公爵邸の一角で保護されていた。だが、その心は一向に晴れない。

「クリストファー様……やはり、私はここを出るべきです。私の存在が、あなたまで泥沼へ引きずり込んでいる。王宮からも、婚約破棄の説明を求める書状が届いているのでしょう?」

青ざめた顔のまま、リリーは窓の外を見つめる。
公爵邸の門前では、真実を嗅ぎ回る記者と野次馬が群れていた。

クリスは執務机に積み上げられた抗議文の束を静かに押しのけ、彼女の隣へ歩み寄る。

「リリアーヌ。君がこれまで背負ってきた闇に比べれば、紙切れの山など取るに足らない。私は最初から、こうなる覚悟で動いた。……いや、本来なら、もっと早く踏み込むべきだったのだ」

そう言うと、彼は一枚の招待状をリリーの手にそっと握らせた。
それは数日後、国王陛下も臨席する「新年祝賀会」の招待状だった。


その頃、婚約を解消されたアメリア伯爵令嬢は、静かな庭園で一人、風に揺れる木々を見つめていた。

クリスがリリーを救うため、自らの立場を投げ打ったこと――彼女はすでに知っていた。
周囲は口々に同情を寄せ、「公爵家を訴えよ」と煽り立てていたが、アメリアの胸に残っていたのは、別れ際に彼が見せた、偽りのない苦渋の表情だけだった。

(私は……彼に愛されてはいなかった。けれど、彼は私を欺きもしなかった。――本当の悪女は、誰なのかしら)

静かに思考を閉じたアメリアは、世間の期待に背を向け、ある決意を胸に秘めて祝賀会の準備を始める。


新年祝賀会当日。
王宮の大広間には、張り詰めた空気が漂っていた。

クリス公爵が姿を現した瞬間、ざわめきは止み、無数の視線が一斉に突き刺さる。
その隣には、漆黒のドレスに身を包み、凛と背筋を伸ばしたリリーが立っていた――これまでよりも気高く、美しかった。

「公爵、これは一体何の冗談ですかな。犯罪者の妻を連れて、神聖な祝賀会に出席されるとは」

嘲笑を含んだ声が広間へ響き、視線が集中する。

クリスはリリーの手を離さぬまま、広間全体へ届く声で告げた。

「勘違いをなさるな。ここにいるのは“犯罪者の妻”ではない。ハワード侯爵の罪を暴き、王国の正義を守った――勇気ある告発者だ。そして――」

一歩踏み出し、居並ぶ貴族たちを鋭く見据える。

「この場で宣言する。今後、彼女への侮辱はすべて、公爵家への敵対行為と見なす。異議のある者は……ここで私に剣を取れ」

その覇気と、地位を賭した明確な「宣戦布告」に、広間は水を打ったように静まり返った。

リリーは驚きに瞳を見開く。
守られる存在としてではなく――ともに戦う者として、公の場で求められた初めての瞬間だった。

その頬に、初めて微かな血色が戻り始める。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王の影姫は真実を言えない

柴田はつみ
恋愛
社交界で“国王の妾”と陰口を叩かれる謎の公爵夫人リュミエール。彼女は王命により、絶世の美貌を誇る英雄アラン公爵の妻となったが、その結婚は「公爵が哀れ」「妻は汚名の女」と同情と嘲笑の的だった。 けれど真実は――リュミエールは国王シオンの“妾”ではなく、異母妹。王家の血筋を巡る闇と政争から守るため、彼女は真実を口にできない。夫アランにさえ、打ち明ければ彼を巻き込んでしまうから。 一方アランもまた、王命と王宮の思惑の中で彼女を守るため、あえて距離を取り冷たく振る舞う。

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

「二年だけの公爵夫人~奪い合う愛と偽りの契約~」二年間の花嫁 パラレルワールド

柴田はつみ
恋愛
二年だけの契約結婚―― その相手は、幼い頃から密かに想い続けた公爵アラン。 だが、彼には将来を誓い合った相手がいる。 私はただの“かりそめの妻”にすぎず、期限が来れば静かに去る運命。 それでもいい。ただ、少しの間だけでも彼のそばにいたい――そう思っていた。 けれど、現実は甘くなかった。 社交界では意地悪な貴婦人たちが舞踏会やお茶会で私を嘲笑い、 アランを狙う身分の低い令嬢が巧妙な罠を仕掛けてくる。 さらに――アランが密かに想っていると噂される未亡人。 彼女はアランの親友の妻でありながら、彼を誘惑することをやめない。 優雅な微笑みの裏で仕掛けられる、巧みな誘惑作戦。 そしてもう一人。 血のつながらない義兄が、私を愛していると告げてきた。 その視線は、兄としてではなく、一人の男としての熱を帯びて――。 知らぬ間に始まった、アランと義兄による“奪い合い”。 だが誰も知らない。アランは、かつて街で私が貧しい子にパンを差し出す姿を見て、一目惚れしていたことを。 この結婚も、その出会いから始まった彼の策略だったことを。 愛と誤解、嫉妬と執着が交錯する二年間。 契約の終わりに待つのは別れか、それとも――。

推しの幸せが私の願い(のはず)! ~勘違い令嬢は、伯爵様の「溺愛」に気づかない~

柴田はつみ
恋愛
事故で命を落としたオタク女子が転生したのは、生前に愛読していたファンタジー小説の世界。そして彼女が生まれ変わったのは――最推しキャラ・アルフレッド伯爵の幼馴染である、公爵令嬢エルセだった。 「推しが、生きてる……動いてる……尊い……!」 感激に震えるエルセだったが、アルフレッドの視線の先には、いつも別の令嬢・カトレアの姿がある。 「そうか……彼は彼女が好きなんだ。推しの恋を応援するのが、ファンの使命だよね!」 そう決意したエルセは、身を引くために婚約破棄を企てたり、言い寄ってくる第一王子・リュカとの縁談を進めようとする。 しかし――真実はまるで違っていた。 アルフレッドがカトレアを見ていたのは、「エルセへの贈り物」を相談していただけ。彼の本命は、最初から最後まで、エルセただひとり。 エルセが遠ざかろうとすればするほど、アルフレッドの独占欲と執着は加速していく。 「どうして僕から逃げるの、エルセ?」 「……だって、あなたはカトレア様が好きなんでしょう……!(涙)」 すれ違い続ける想い、噛み合わないまま高まっていく切なさ―― 勘違いから始まる、拗れ甘いラブストーリー

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

硝子の婚約と偽りの戴冠

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から、第一王女アリアと隣国の王子レオンは、誰もが疑わない「未来の国王夫妻」として育てられてきた。 政略で結ばれた関係でありながら、二人の間には確かな絆があった。幼馴染として共に過ごした年月の中で、アリアは感情を表に出さないながらも、レオンをただ一人、深く愛していた。 すべてが順調に進んでいるはずだった。 戴冠式と成婚を目前に控えた、その日までは。 歯車が狂い始めたのは、妹のセシルが涙に濡れた顔で、突然アリアの元へ駆け込んできた夜だった。 震える声で語られたのは、信じ難い言葉―― 「……レオン様に、愛を告白されたの」 アリアは即座に否定した。信じるはずがない。あのレオンが、そんな裏切りをするはずがないと。 だが、その確信は、夜の庭園で無惨に打ち砕かれる。 月明かりの下。 レオンは、確かにセシルを抱き寄せていた。 後に明らかになる真実は、あまりにも残酷だった。 姉に対する劣等感を長年募らせてきたセシルが仕掛けた、周到な罠。そして――レオンが決して知られてはならない「ある弱み」を、彼女が握っていたという事実。 それは、愛ではなかった。 だが、アリアの未来を根こそぎ奪うには、十分すぎる裏切りだった。

処理中です...