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第二十四章 獄中の毒牙と、令嬢の真意
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クリスの宣言によって静まり返った祝賀会の会場。
だがその均衡を破ったのは、王宮の伝令が運んできた一通の書状だった。
それは、塔の獄に繋がれているカイル・ヴァン・ハワードが、司法官を通じて“全貴族”に向けて送った――
最後にして最悪の毒を含んだ告白書だった。
司法官がその一部を読み上げた瞬間、広間は再び騒然となる。
「……リリー夫人は私を愛するあまり公爵を誘惑し、我が家の財産を奪うため共謀した。
彼女が持つ“証拠”と称するものは、すべて公爵が偽造したものだ」
破滅を悟ったカイルは、なおもリリーの清廉さを泥で塗り潰そうとしていた。
巧妙に嘘と真実を混ぜ込んだその告白は、彼女を
夫を裏切り、公爵と通じて家を乗っ取ろうとした“希代の悪女”
に仕立て上げるには、あまりにも強烈だった。
リリーの顔から血の気が引いていく。
どれほど正論を掲げても――
一度貼られた「不貞」の烙印は、この保守的な社交界では死刑宣告にも等しい。
「――そのお言葉、私が否定いたします」
凛とした声が、広間の空気を切り裂いた。
人垣を割って進み出たのは、クリスの元婚約者・アメリア伯爵令嬢だった。
クリスもリリーも驚愕に目を見開く。
アメリアはリリーの前に静かに立ち、優雅な一礼ののち、列席者へ向き直った。
「私は、クリストファー様から婚約破棄を告げられた当事者です。
もしリリー夫人が侯爵の仰るような卑劣な方であれば、私は誰よりも彼女を憎んでいるはずでしょう」
そう言うと、アメリアは手にした小さな絹包みを開いた。
そこには――かつて焼却されたはずの「裏帳簿の写し」の、別の断片が収められていた。
「これは、万一に備えてリリー夫人が私へ託されたものです。
もし自分に何かあれば、これを陛下に届けてほしいと……涙ながらに願われました。
自らの命よりも、公爵様の正義と、この国の法を守ることを選ばれたのです」
それは、カイルの狂気から逃れるための“保険”として――
あえて自分を憎んでいるはずの“元婚約者”に託した、唯一の切り札だった。
リリーは、アメリアの公正さを信じた。
たとえ自分が消えても、真実だけは残るように。
アメリアはリリーを見つめ、微かに微笑む。
「リリー夫人。あなたは私に
『公爵様を幸せにできるのは、あなたです』と仰いましたね。
けれど、あなたがあれほど必死に彼のために戦う姿を見て悟りました――
彼を救えるのは、私ではないのだと」
その証言は、カイルの毒を打ち消す最強の解毒剤となった。
被害者であるはずのアメリアがリリーを擁護した事実は、社交界の風向きを一気に「真実」へと傾けてゆく。
「カイル・ヴァン・ハワードの言葉は――窮鼠の悪あがきに過ぎん」
クリスはアメリアに深く一礼し、リリーの肩を強く抱き寄せた。
「これ以上、彼女の名誉を汚す者は、私が許さない。
そしてカイル……貴様には、もはや“言葉を発する資格”さえない」
彼は司法官へ命じる。
「――至急、極刑囚の監獄へ移送せよ」
カイルの最後の策謀は、
リリーが信じた“かつての敵”の良心によって、完全に打ち砕かれた。
祝賀会の終盤。
リリーはアメリアのもとへ歩み寄り、声を震わせる。
「アメリア様……どうして、私をお救いに?」
「私は、愛されぬ男の妻として腐り落ちていくあなたを、見過ごしたくなかっただけです。
――公爵様を、今度こそ幸せにして差し上げて。
それが、私からの……せめてもの贖いですわ」
そう告げると、アメリアは気高く背を向け、静かに去っていった。
困難はなお尽きぬだろう。
それでもこの瞬間――
リリーとクリスの心は、初めて確かに一つへと結ばれようとしていた。
だがその均衡を破ったのは、王宮の伝令が運んできた一通の書状だった。
それは、塔の獄に繋がれているカイル・ヴァン・ハワードが、司法官を通じて“全貴族”に向けて送った――
最後にして最悪の毒を含んだ告白書だった。
司法官がその一部を読み上げた瞬間、広間は再び騒然となる。
「……リリー夫人は私を愛するあまり公爵を誘惑し、我が家の財産を奪うため共謀した。
彼女が持つ“証拠”と称するものは、すべて公爵が偽造したものだ」
破滅を悟ったカイルは、なおもリリーの清廉さを泥で塗り潰そうとしていた。
巧妙に嘘と真実を混ぜ込んだその告白は、彼女を
夫を裏切り、公爵と通じて家を乗っ取ろうとした“希代の悪女”
に仕立て上げるには、あまりにも強烈だった。
リリーの顔から血の気が引いていく。
どれほど正論を掲げても――
一度貼られた「不貞」の烙印は、この保守的な社交界では死刑宣告にも等しい。
「――そのお言葉、私が否定いたします」
凛とした声が、広間の空気を切り裂いた。
人垣を割って進み出たのは、クリスの元婚約者・アメリア伯爵令嬢だった。
クリスもリリーも驚愕に目を見開く。
アメリアはリリーの前に静かに立ち、優雅な一礼ののち、列席者へ向き直った。
「私は、クリストファー様から婚約破棄を告げられた当事者です。
もしリリー夫人が侯爵の仰るような卑劣な方であれば、私は誰よりも彼女を憎んでいるはずでしょう」
そう言うと、アメリアは手にした小さな絹包みを開いた。
そこには――かつて焼却されたはずの「裏帳簿の写し」の、別の断片が収められていた。
「これは、万一に備えてリリー夫人が私へ託されたものです。
もし自分に何かあれば、これを陛下に届けてほしいと……涙ながらに願われました。
自らの命よりも、公爵様の正義と、この国の法を守ることを選ばれたのです」
それは、カイルの狂気から逃れるための“保険”として――
あえて自分を憎んでいるはずの“元婚約者”に託した、唯一の切り札だった。
リリーは、アメリアの公正さを信じた。
たとえ自分が消えても、真実だけは残るように。
アメリアはリリーを見つめ、微かに微笑む。
「リリー夫人。あなたは私に
『公爵様を幸せにできるのは、あなたです』と仰いましたね。
けれど、あなたがあれほど必死に彼のために戦う姿を見て悟りました――
彼を救えるのは、私ではないのだと」
その証言は、カイルの毒を打ち消す最強の解毒剤となった。
被害者であるはずのアメリアがリリーを擁護した事実は、社交界の風向きを一気に「真実」へと傾けてゆく。
「カイル・ヴァン・ハワードの言葉は――窮鼠の悪あがきに過ぎん」
クリスはアメリアに深く一礼し、リリーの肩を強く抱き寄せた。
「これ以上、彼女の名誉を汚す者は、私が許さない。
そしてカイル……貴様には、もはや“言葉を発する資格”さえない」
彼は司法官へ命じる。
「――至急、極刑囚の監獄へ移送せよ」
カイルの最後の策謀は、
リリーが信じた“かつての敵”の良心によって、完全に打ち砕かれた。
祝賀会の終盤。
リリーはアメリアのもとへ歩み寄り、声を震わせる。
「アメリア様……どうして、私をお救いに?」
「私は、愛されぬ男の妻として腐り落ちていくあなたを、見過ごしたくなかっただけです。
――公爵様を、今度こそ幸せにして差し上げて。
それが、私からの……せめてもの贖いですわ」
そう告げると、アメリアは気高く背を向け、静かに去っていった。
困難はなお尽きぬだろう。
それでもこの瞬間――
リリーとクリスの心は、初めて確かに一つへと結ばれようとしていた。
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