貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ

文字の大きさ
26 / 28

第二十六章 決別の法廷と、氷の微笑の真意

しおりを挟む
バロウ伯爵ら親族たちは、リリーの口から放たれた「汚職の記録」という言葉に動揺を隠せずにいたが、それでもなお食い下がろうとした。

「はっ、女の虚勢だ! そんな証拠がどこにあるというのだ。公爵に唆され、身内の恥を捏造するとは……どこまで堕ちれば気が済む!」

怒声が響き渡る中、リリーは微動だにしなかった。彼女はクリスの隣に並び、集まった親族たちを一人ひとり見据える。

「証拠はすでに、信頼できる場所へ預けてあります。──私がこのままハワード侯爵夫人として死ぬか、それとも、あなた方の不正をすべて道連れに、この家を完全に終わらせるか。選ぶのは、あなた方です」

その瞳には、かつてクリスを遠ざけるために纏っていた冷徹さが、今では悪を断ち切るための揺るぎない強さとして宿っていた。クリスはその横顔に、彼女が孤独に戦い続けてきた年月の重みを見て取り、胸の奥が強く締めつけられるのを感じた。

数日後。ハワード侯爵カイルの最終裁判が開廷した。

傍聴席には好奇と噂話を求める貴族たちがひしめいていたが、法廷に姿を現したリリーを見ると、一様に息を呑んだ。彼女は公爵家の加護を示す紋章を胸に、簡素な黒の喪服を纏っていた。それは、〈侯爵夫人としての自分を葬る〉という静かな決意の象徴だった。

証言台に立ったリリーは、エリアナの父を陥れた経緯、公金横領の仕組み、そして自らが受けてきた虐待と監禁の実態を、淡々と、しかし毅然と語り続ける。

被告席のカイルはやつれきり、かつての傲慢な影は見る影もない。リリーの証言に耳を傾けながら、時折、悔恨とも狂気ともつかぬ歪んだ笑みを浮かべていた。

「……以上が、私がハワード家で目撃し、耐えてきた真実です。私は、この家が二度と誰かを傷つけることのないよう、その名の消滅を望みます」

判決が言い渡される直前、カイルに最後の発言権が与えられた。

彼はゆっくりと立ち上がり、まっすぐにリリーを見つめる。

「リリアーヌ……。お前の言う通りだ。私はお前を愛そうとして、お前を壊した。──だが、お前が私に牙を剥いたその瞬間、お前は誰よりも美しかった」

次に、クリスへと視線を移し、薄く笑う。

「公爵、彼女を離すな。彼女の中に眠る“毒”を目覚めさせたのは、ほかならぬ私なのだから」

それが、カイルの最後の言葉となった。

判決は──爵位の永久剥奪、全財産の没収、そして北方極寒の地への終身流刑。

名門ハワード家は、この日をもって事実上の終焉を迎えた。

裁判を終え、法廷を出ると、外には静かに雪が舞っていた。

リリーは、すべてが終わったという解放感と、長く背負い続けた重荷が消えた反動による虚脱感とで、思わず膝が震えた。

その肩を包み込むように、クリスが厚手のマントを広げて抱き寄せる。

「終わったんだ、リリアーヌ。君は、自分の手で自分を解き放った」

「クリストファー様……。私はもう“侯爵夫人”ではありません。ただの……何も持たない女です」

クリスは彼女の冷たい手を取り、自らの頬へそっと寄せた。

「何も持たない? 違う。君は私の心を持っている。そして、私は君の未来を守る。──これからは、誰かの代わりではなく、君自身の人生を歩むんだ」

その瞬間、リリーの頬を一筋の涙が伝い落ちた。

それは悲嘆でも絶望でもない──生まれて初めて流す、温かな「幸福の涙」だった。

こうして、カイルとの因縁とハワード家の呪縛に終止符が打たれる。

物語はついに終盤へ。
二人が〈真の幸福〉を掴むための、その後の物語が静かに幕を開ける──。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

だから何ですの? 〜王家の系譜に「愛」など不要です〜

柴田はつみ
恋愛
貴方の系譜、ここで断絶させてもよろしくて? 〜初夜に愛を否定された公爵令嬢、国庫と軍事と血統を掌握して無能な夫を過去にする〜 薔薇の花びらが散らされた初夜の寝室で、アルフォンスはあまりに卑俗で、あまりに使い古された台詞を吐く。 「私は君を愛することはない。私の心には、リリアーヌという真実の光があるのだ」 並の女なら、ここで真珠のような涙をこぼし、夫の情けを乞うだろう。 しかし、ミレーヌの脳裏をよぎったのは、絶望ではなく、深い「退屈」だった。 「……だから何ですの? 殿下」

いや、無理。 (本編完結)

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。 一旦完結にしましたが、他者視点を随時更新の間連載中に戻します。 もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、 「わかってくれるだろう?ミーナ」 と手を差し伸べた。 だから私はこう答えた。 「いや、無理」 と。

硝子の婚約と偽りの戴冠

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から、第一王女アリアと隣国の王子レオンは、誰もが疑わない「未来の国王夫妻」として育てられてきた。 政略で結ばれた関係でありながら、二人の間には確かな絆があった。幼馴染として共に過ごした年月の中で、アリアは感情を表に出さないながらも、レオンをただ一人、深く愛していた。 すべてが順調に進んでいるはずだった。 戴冠式と成婚を目前に控えた、その日までは。 歯車が狂い始めたのは、妹のセシルが涙に濡れた顔で、突然アリアの元へ駆け込んできた夜だった。 震える声で語られたのは、信じ難い言葉―― 「……レオン様に、愛を告白されたの」 アリアは即座に否定した。信じるはずがない。あのレオンが、そんな裏切りをするはずがないと。 だが、その確信は、夜の庭園で無惨に打ち砕かれる。 月明かりの下。 レオンは、確かにセシルを抱き寄せていた。 後に明らかになる真実は、あまりにも残酷だった。 姉に対する劣等感を長年募らせてきたセシルが仕掛けた、周到な罠。そして――レオンが決して知られてはならない「ある弱み」を、彼女が握っていたという事実。 それは、愛ではなかった。 だが、アリアの未来を根こそぎ奪うには、十分すぎる裏切りだった。

あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。 ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。 「君は分かってくれると思っていた」 その一言で、リーシェは気づいてしまう。 私は、最初から選ばれていなかったのだと。 これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。 後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、 そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。

【完結】騙された侯爵令嬢は、政略結婚でも愛し愛されたかったのです

山葵
恋愛
政略結婚で結ばれた私達だったが、いつか愛し合う事が出来ると信じていた。 それなのに、彼には、ずっと好きな人が居たのだ。 私にはプレゼントさえ下さらなかったのに、その方には自分の瞳の宝石を贈っていたなんて…。

処理中です...