『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛

柴田はつみ

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エピローグ 花の庭で

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 春の風が、王宮の庭を撫でていた。
 柔らかな陽射しの下、花々が一斉に咲き誇る。
 去年と同じ花――けれど、空気の色が違っていた。

 リディアは白いレースの帽子をかぶり、花壇の前にしゃがみ込む。
 手には小さな苗。
 その指先はもう震えていなかった。

 「陛下、この花は覚えていらっしゃいますか?」

 背後から足音が近づく。
 アレクシスが穏やかな笑みで彼女の隣に膝をついた。

 「忘れるわけがない。
  君が初めて笑った日、ここに植えた花だ」

 「そうでしたね。あの時は、ただ“咲くこと”だけを願っていました」
 「今は?」
 「今は、“枯れないこと”を願っています。
  愛も、心も――そして、あなたとの時間も」

 アレクシスが彼女の手に触れる。
 「もう枯れはしない。君がいる限り、この庭も、この国も生きている」

 風が吹き、花びらがふたりの肩に舞い落ちた。
 リディアはその花びらをすくい取り、微笑む。

 「沈黙の夜から、一年ですね」
 「……ああ。長いようで、短かった」

 アレクシスはゆっくりと息をつき、青空を見上げた。
 「今でも時々、夢に見る。
  あの修道院の門の前で、君が振り向いたあの夜を」

 「私も見ます。
  でも、もうあの時の私ではありません。
  沈黙の中で生きるより、あなたと話すことを選べたから」

 アレクシスが頷く。
 「君が言葉をくれたから、俺も変われた。
  沈黙は罪だったけれど――君が赦してくれた」

 リディアは優しく微笑んだ。
 「赦したのではなく、あなたに教えられたのです。
  愛は、言葉の中で育つのだと」

 ふたりの間に、穏やかな沈黙が訪れる。
 けれどそれは、かつての“冷たい沈黙”ではなかった。
 互いの鼓動が響く、優しい静けさだった。



 午後の光が傾く頃、ひとりの修道女が王宮を訪れた。
 彼女はリディアに小さな包みを差し出した。
 「修道院のカイル様から、王妃殿下にとお預かりしました」

 包みの中には、一輪の乾いた花。
 リディアがかつて修道院で植えた“白のリリス”だった。
 傍らに、短い手紙が添えられている。

  『陛下と共に、春を迎えられたと聞きました。
 あなたの笑顔が、またこの国を照らすことを祈っています。
 どうか、幸せに。
  ――カイル・エルバーン』

 リディアは静かにその花を胸に抱いた。
 「……あの人は、今も守り続けているのね」

 アレクシスがその肩に手を置く。
 「彼は、立派な男だ。
  君を守ったことを、俺は決して忘れない」

 「ええ。私も忘れません。
  沈黙の夜を越えられたのは、あの優しさがあったから」

 リディアは花を花壇の隅に植えた。
 「ここで、新しい春を見せてあげたいの」

 風が吹き、花びらが舞う。
 空には淡い雲が流れ、鐘の音が遠くから響いた。



 夕暮れ。
 庭の中央で、アレクシスが彼女の手を取り、言った。

 「リディア。もう一度、誓おう」
 「誓い?」
 「言葉を恐れず、心を閉ざさず、
  沈黙ではなく“想い”で結ばれた夫婦でいることを」

 リディアは微笑んだ。
 「はい。……あなたの隣で、何度でも誓います」

 ふたりは並んで歩き出す。
 花々の間を通り抜け、噴水のそばへ。
 春の風が二人を包み、白い花びらが舞い上がった。

 その景色は、まるで祝福のようだった。



 そして夜。
 王宮の窓辺から見える庭には、月明かりが降り注いでいた。
 風に揺れる花々の中、一本の白いリリスが静かに咲いている。

 沈黙の夜を越えて、ようやく言葉にたどり着いた二人。
 愛は、もう痛みではなく、光となって息づいていた。

 ――“沈黙の王妃”と“冷たい王”の物語は、
  ここで終わりではなく、始まりとなる。

 今度こそ、永遠の春の中で。
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