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第十一章:凍てつく再会、あるいは仮面の亀裂
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書庫を支配する沈黙は、まるで鋭利な刃のようだった。
古い紙の匂いと、レオンが煽った強い酒の残り香が混じり合い、再会の空気を歪ませている。
「……アリア。本当に、君なのか……?」
レオンの声は掠れ、彼の身体はその場に縫い止められたように動かなかった。
月光に照らされたアリアの姿は、彼の記憶にある「守られるべき王女」ではない。
短く切り揃えられた黒髪は、捨て去った未練の証。
その眼差しに宿るのは、かつて彼が愛した柔らかさではなく、冷徹な復讐者の色だった。
「ええ。幽霊ではありませんわ」
静かに、だが容赦なく。
「……貴方が極寒の辺境へ追い遣った
『裏切り者』の、第一王女アリアです」
彼女は一歩、また一歩と距離を詰める。
隠し扉の向こうでは、カイルが気配を殺し、いつでも飛び出せるよう剣の柄に手をかけていた。
「なぜ戻った……?」
レオンの瞳に、歪んだ激情が再び灯る。
「カイルと逃げ延びたのではなかったのか。
それとも……私を嘲笑いに来たのか?」
彼は衝動的にアリアの肩を掴もうと手を伸ばす。
だが、彼女はその手を、冷ややかに払いのけた。
「嘲笑う……?」
アリアは薄く笑う。
「いいえ。哀れんでいるのです。
妹の選んだカフスを付け、妹の用意した椅子に座り、
ついには自分の意志さえ失ってしまった――
“王の器”を」
「何だと……っ!」
「レオン様」
声が、鋭く研ぎ澄まされる。
「貴方は……私の筆跡さえ、忘れてしまったのですか?」
アリアは懐から一通の紙を取り出し、机へ叩きつけた。
それは辺境で書き溜めていた、本物の彼女の筆跡による手紙。
「貴方が信じた『密会計画書』と、これを見比べて」
淡々と、しかし確実に追い詰める。
「セシルの文字は、私のものより、わずかに右へ流れる。
……貴方なら、気づけたはずよ。
私を、本当に信じていたのなら」
レオンの視線が、紙へと落ちる。
震える指が、無意識にその文字をなぞった。
幼いアリアが、拙い文字で彼に贈ってくれた手紙。
懸命に綴られた想いの数々が、記憶の底から蘇る。
「……あ……」
その瞬間。
レオンの左手首に嵌められたエメラルドのカフスが、
まるで心臓のように、鈍く脈打った。
「……っ、う……!」
レオンは突如として頭を抱え、呻き声を上げる。
「違う……アリア、君は……カイルと……裏切……」
「レオン様……!」
アリアが思わず手を伸ばした、その瞬間――
影が動いた。
「アリア様、下がってください!」
カイルが飛び出し、彼女を庇うように後方へ引き寄せる。
「そのカフス……やはり、ただの装飾品ではない」
カイルの言葉どおり、レオンの表情は苦悶と混濁に歪み、
澄んでいた青い瞳は、毒を流し込まれたように濁った緑へと変わりつつあった。
セシルが施した
精神を侵食し、真実を拒絶させる呪具。
それが今、レオンの意識を強引に塗り替えようとしている。
「……殺せ……」
低く、機械的な声。
「裏切り者を……殺せ……」
レオンは壁に掛けられた剣へと、ゆっくり手を伸ばす。
「レオン様! 目を覚まして!」
アリアの叫びは、厚い書庫の扉に虚しく反響した。
その時――
廊下の向こうから、複数の足音。
そして、鈴を転がすような、今は呪詛にしか聞こえない笑い声が近づいてくる。
「ふふっ……夜更かしが過ぎますわよ、レオン様」
扉が、ゆっくりと開いた。
「……それに、お姉様も」
煌びやかなドレスを纏い、勝利を確信した笑みを浮かべたセシルが、
近衛兵を従えて姿を現した。
――舞台は、すでに整えられていた。
古い紙の匂いと、レオンが煽った強い酒の残り香が混じり合い、再会の空気を歪ませている。
「……アリア。本当に、君なのか……?」
レオンの声は掠れ、彼の身体はその場に縫い止められたように動かなかった。
月光に照らされたアリアの姿は、彼の記憶にある「守られるべき王女」ではない。
短く切り揃えられた黒髪は、捨て去った未練の証。
その眼差しに宿るのは、かつて彼が愛した柔らかさではなく、冷徹な復讐者の色だった。
「ええ。幽霊ではありませんわ」
静かに、だが容赦なく。
「……貴方が極寒の辺境へ追い遣った
『裏切り者』の、第一王女アリアです」
彼女は一歩、また一歩と距離を詰める。
隠し扉の向こうでは、カイルが気配を殺し、いつでも飛び出せるよう剣の柄に手をかけていた。
「なぜ戻った……?」
レオンの瞳に、歪んだ激情が再び灯る。
「カイルと逃げ延びたのではなかったのか。
それとも……私を嘲笑いに来たのか?」
彼は衝動的にアリアの肩を掴もうと手を伸ばす。
だが、彼女はその手を、冷ややかに払いのけた。
「嘲笑う……?」
アリアは薄く笑う。
「いいえ。哀れんでいるのです。
妹の選んだカフスを付け、妹の用意した椅子に座り、
ついには自分の意志さえ失ってしまった――
“王の器”を」
「何だと……っ!」
「レオン様」
声が、鋭く研ぎ澄まされる。
「貴方は……私の筆跡さえ、忘れてしまったのですか?」
アリアは懐から一通の紙を取り出し、机へ叩きつけた。
それは辺境で書き溜めていた、本物の彼女の筆跡による手紙。
「貴方が信じた『密会計画書』と、これを見比べて」
淡々と、しかし確実に追い詰める。
「セシルの文字は、私のものより、わずかに右へ流れる。
……貴方なら、気づけたはずよ。
私を、本当に信じていたのなら」
レオンの視線が、紙へと落ちる。
震える指が、無意識にその文字をなぞった。
幼いアリアが、拙い文字で彼に贈ってくれた手紙。
懸命に綴られた想いの数々が、記憶の底から蘇る。
「……あ……」
その瞬間。
レオンの左手首に嵌められたエメラルドのカフスが、
まるで心臓のように、鈍く脈打った。
「……っ、う……!」
レオンは突如として頭を抱え、呻き声を上げる。
「違う……アリア、君は……カイルと……裏切……」
「レオン様……!」
アリアが思わず手を伸ばした、その瞬間――
影が動いた。
「アリア様、下がってください!」
カイルが飛び出し、彼女を庇うように後方へ引き寄せる。
「そのカフス……やはり、ただの装飾品ではない」
カイルの言葉どおり、レオンの表情は苦悶と混濁に歪み、
澄んでいた青い瞳は、毒を流し込まれたように濁った緑へと変わりつつあった。
セシルが施した
精神を侵食し、真実を拒絶させる呪具。
それが今、レオンの意識を強引に塗り替えようとしている。
「……殺せ……」
低く、機械的な声。
「裏切り者を……殺せ……」
レオンは壁に掛けられた剣へと、ゆっくり手を伸ばす。
「レオン様! 目を覚まして!」
アリアの叫びは、厚い書庫の扉に虚しく反響した。
その時――
廊下の向こうから、複数の足音。
そして、鈴を転がすような、今は呪詛にしか聞こえない笑い声が近づいてくる。
「ふふっ……夜更かしが過ぎますわよ、レオン様」
扉が、ゆっくりと開いた。
「……それに、お姉様も」
煌びやかなドレスを纏い、勝利を確信した笑みを浮かべたセシルが、
近衛兵を従えて姿を現した。
――舞台は、すでに整えられていた。
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