おてんば令嬢のワケありゴーストハント~ダンピールの花嫁は毒舌執事に逆らえない~

紫月音湖(旧HN/月音)

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第1章 お転婆令嬢と毒舌執事

1-7・俺は何を見せられているんだ

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 翌朝、アリシアたちはしっかり朝食もご馳走になってから、依頼人の男性に屋敷まで送ってもらった。一晩の宿と食事を提供してくれたので今回の報酬はそれで十分だと伝えたのだが、去り際に男は畑で穫れた野菜をいくつか置いていってくれた。

「ノクス。半分持つわ」

 ノクスが抱える袋には野菜がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。しかもそれが二袋だ。さすがに重いだろうと声をかければ、ノクスはいつもと変わらず涼しい顔をしたまま緩く首を横に振った。

「大丈夫です。それよりお嬢様は扉を開けてください」
「わかったわ。……あら? 開いてる」

 扉に鍵がかかっていないことに一瞬戸惑ったアリシアだったが、そういえば骸骨を屋敷に残していたことを思い出す。彼女はアリシアが書いたビラの回収を命じられていたはずだ。
 がんばって作ったビラの努力がすべて無に帰してしまい、ほんの少し残念な気持ちを抱えたまま扉を開けると――縄でぐるぐる巻きに縛られたメイド服の骸骨が入口の隅っこに転がっていた。

「えっ!?」
「タ……タスケテェ……」
「何があったの!?」
「ワカラナイ。イキナリ、グルグル、サレタ」

 慌てて駆け寄って状態を確認すると、縄は骸骨の背中で固結びにされている。素手でほどくより、刃物で切った方が早いかもしれない。

「待ってて。何か切るものを持ってくるわ」

 そう言って立ち上がったアリシアを引き止めるように、屋敷の奥からノクスとは違う男の声がした。

「待て、アリシア。ソイツは魔物だ」

 カツン、と靴音を響かせて現れたのはダークブラウンの短い髪をした男だ。彼の武器である二丁拳銃のうち、ひとつを骸骨に向けたまま、警戒をあらわに近付いてくるその男をアリシアはよく知っていた。

「フレッド!? どうしてここに?」
「不法侵入罪で訴えますよ」

 アリシアの声と重なって響いたノクスの声は静かだったが、それでも言葉に込められた棘は隠せない。というか隠すつもりがないのだ。この二人はアリシアも手を焼くほど仲が悪かった。セドリックが失踪してからは、その傾向はますます強くなるばかりだ。

 フレッド・カーディ。
 彼はそこそこ名の知れたゴーストハンターで、セドリックが作る魔法具のお得意さんだ。アリシアと歳も近く、顔を合わせる機会も多いので、いつの間にか気心の知れた友人の一人になっている。
 そしてセドリックが失踪した夜、一緒に同行していたハンターでもあった。

「勝手に入ったのは悪かったが、そもそもこいつが先に侵入しようとしてたんだぞ。俺はそれを捕まえただけだ」
「あー……それには理由があるんだけど」
「っていうか、こいつ何者だよ? 酒場やギルドに貼り付けてたお前のビラを回収してたぞ。気になって後をつけてみたら屋敷に侵入しようとしやがるし……捕まえたら捕まえたで、正規に雇われた使用人だと抜かしやがった」
「メイド、デス! ワタシ、メイド!」
「お前は黙ってろ」

 銃を向けられ、更に背中を足で踏み付けられた骸骨が「キャフン」と呻いた。

「フレッド! ひどいことしないで! 彼女は悪い魔物じゃないのよ」
「魔物は魔物だ」
「それについては同意致します」
「もう! こんな時に仲良くしないで」

 いつもは犬猿の仲なのに、魔物に対しては意見が合うようだ。けれどアリシアがそれを指摘すると、二人共が不服そうに眉を顰めて。

「してねぇ!」
「してません」

 そう否定する声すら、仲良く被ってしまった。

「ひとまず、この縄はほどくわ」
「おい、アリシア!」
「大丈夫よ、フレッド。そもそも彼女にビラの回収をお願いしたのは私たちなの」
「状況がまったく飲み込めないが……説明してくれるんだろうな?」
「えぇ、もちろん。お茶でも飲みながら、ゆっくり話をしましょう」

 縄をほどいた骸骨はひとまず黒水晶の中に吸い込んで、アリシアたちは応接室へと移動した。ノクスの淹れてくれたお茶を飲みながら今までのことを説明すると、フレッドは呆れたように長いため息をついて項垂れてしまった。

「……親父さんを助けられなかったことは悪かったと思ってる。でも、だったらなおさらその役目は俺がするべきだろ。お前が魔物と関わる必要はない」

 フレッドはセドリックが消えた時にその場にいた唯一の人間だ。
 新月の夜、魔物退治に出かけた森で、二人は急に立ち込めた深い霧に立ち往生したという。そのうちに急激な眠気がフレッドを襲い、次に目を覚ましたとき辺りにはもうセドリックの姿はどこにもなかった。

 責任を感じたフレッドが、仕事の合間にセドリックを探していることもアリシアは知っている。何度も謝られたが、アリシアにフレッドを責める気持ちは微塵もない。むしろみんなで協力して捜索したらいいとさえ思っているので、これ幸いとフレッドの力も借りるつもりで微笑みかけてみた。

「フレッドを責めているわけじゃないのよ。ただ私が、動いていないと落ち着かないだけなの。それにノクスもいるから大丈夫よ」

 心配ないのだと伝えたつもりが、フレッドにはなぜか逆効果だったようだ。思いっきり非難の色を滲ませたモスグリーンの瞳を細めて、アリシアの後ろに立つノクスをじろりと睨みつけている。

「ノクス……。お前、何で止めねぇんだ」
「止めましたが、お嬢様がそれくらいで止まらないことはあなたもご存じでしょう」
「それでも! こいつにまで何かあったらどうするつもりだ!」
「私はあなたのようなミスは犯しませんのでご安心を」
「テメェ……っ」

 まるで狂犬と黒豹が睨み合っているみたいだ。フレッドも根は悪くないのだが、どうにもノクスとの相性が壊滅的に悪いらしく、顔を合わせれば数秒で険悪な雰囲気になってしまう。いつもは冷静なノクスでさえ子供みたいに噛み付くので、初めて見た時はびっくりすると同時に少しだけうれしくもあった。

 死んだ目をした子供の頃を知っているアリシアだからこそ、感情を表に出せる今のノクスがとても人間らしくて安心するのだ。

「二人とも落ち着いて。フレッドも、そんなに心配しなくて大丈夫だから。昨夜もちゃんとうまくやれたのよ」
「昨夜?」
「そう。初めての依頼でね、郊外の沼地に出る魔物を退治……じゃないけど、無事に解決してきたのよ。魔物っていっても、みんながみんな悪さするわけじゃないの。昨夜の子は迷子になってただけで……。そうだ。せっかくだからみんなを紹介するわね」

 骸骨メイドとはすでに顔見知りだが、マンドラゴラとウィル・オ・ザ・ウィスプも一緒に見れば、彼らに敵意はないと感じてもらえるだろう。淡い期待を抱きつつステッキを振ると、鈍く煌めいた黒水晶の中から三人の魔物が飛び出してきた。

「ぴぇっ!?」
「ムフフ。三角関係の予感がしますな」
「ワタシ、メイド!」

 いきなり喚び出されてびっくりしたのか、ウィル・オ・ザ・ウィスプは青い炎をぶわっと散らして骸骨メイドの背中に隠れてしまった。骸骨は先程のフレッドの扱いに憤慨しているらしく、腰に手を当ててふんぞり返っている。その骸骨の肩に腰掛けたマンドラゴラは、口元に手を当ててニヤニヤと意味深な笑みを浮かべていた。

「……スケルトンだけじゃなかったのかよ」
「この子がウィル・オ・ザ・ウィスプのウィルで、こっちがマンドラゴラのゴラ。骸骨の彼女はさっき会ったわよね。えぇと……ボーン?」
「恐ろしいくらいに名付けのセンスがありませんね」

 呆れた顔でそう呟いたのはノクスだ。見れば骸骨とマンドラゴラも不服そうに顔を顰めている。唯一ウィル・オ・ザ・ウィスプだけは、うれしそうに青い炎を元気よく燃やしてくれた。

「お姉ちゃん、すごい! 僕の名前当てちゃった!」

 どうやらウィル・オ・ザ・ウィスプの名前は本当にウィルだったようだ。

「お嬢! ゴラとは何です、ゴラとは! 私の名前はレオナルド。気品漂う名前をゴラに変換されるとは心外ですぞ」
「ワタシ、メアリー。ボーン、ヒドスギル」
「ご、ごめんね? 愛称にどうかなって思ったんだけど……」
「愛称でもゴラはあんまりですぞ! 見てください、お嬢! 身の詰まったボディに艶やかで肉厚の葉っぱ。マンドラゴラ界きっての美男子である私のどこにゴラ要素があるというのです?」
「雑草で十分なのでは?」
「ノクス殿は今日も辛辣!」

 たった一日ですっかりアリシアたちに馴染んでいる魔物に、フレッドは完全に毒気を抜かれてしまった。

「……俺は何を見せられているんだ?」
「ね? 悪い魔物には見えないでしょう?」

 元々アリシアは誰とでもすぐに打ち解けられる天真爛漫な性格だ。その人柄にフレッドも自然と惹かれたし、あの冷徹な毒舌執事でさえアリシアには心を許している。アリシアの明るい笑顔は、きっと魔物ですら虜にするのだろう。

「とりあえず、こいつらに害がないことはわかった」
「何かあれば、私が秒で始末しますので心配には及びません」
「そうかよ。なら、俺はもう行く」
「え? もう? そんなに急いで帰らなくても……」
「仕事があるんだ。ついでにコイツの弾もあったら、いくつか買い取らせてくれ」

 そういってフレッドが腰のホルスターにしまった銃に触れた。
 フレッドの二丁拳銃で使う弾丸は、魔晶石を加工したものだ。魔晶石には属性があり、加工された弾丸にはそれぞれ炎や水、あるいは毒といったような効果を付与することができる。

「地下の倉庫にストックがあったはずだから持ってくるわね」
「悪いな」
「今度はどこに行くの?」
「ティーヴの森にいるワーウルフ二体の討伐を請け負った。満月までにまだ日があるから、今のうちに下見しておこうかと思ってる」

 ワーウルフ。普段は人の姿に化けており、満月を見ると凶暴化する魔物だ。目撃情報があれば即座にハンターギルドが討伐依頼を出すほど凶悪な魔物なのだが、なぜかアリシアは目を輝かせてフレッドの方を振り返った。

「ワーウルフって、確か中級クラスの魔物よね?」
「まぁ、そうだな。……何でお前はそんなにうれしそうなんだよ」
「ねぇ、フレッド。その魔物退治、私も一緒に連れてって?」

 口元に人差し指を当てて軽く首を傾げたまま、視線は少し上目遣いを意識しながらフレッドを見つめる。アリシアが思う、かわいらしいおねだりポーズだ。
 昨日ノクスにも披露して撃沈した技だったが、フレッドには効くかもしれない。視界の隅に見えたノクスが明らかに不機嫌な顔をしていたが、突き刺さる冷気の棘には気付かないふりをする。

「ダメに決まってんだろ!」
「お願い」
「っ、んな顔すんな! 反則だろうが」

 口では拒絶しているものの、もう一押しすれば折れてくれそうな雰囲気ではある。女性の頼みごとには基本弱いのか、フレッドは昔からアリシアのお願いはよく聞いてくれるほうだ。けれど今回はさすがに危険すぎるとわかっているのか、なかなか首を縦に振ることはなかった。

「離れたところで様子見るくらいはいいでしょ?」
「ダメだ! いくら何でも今回ばかりは頷けない」
「連れていってくれたら、代わりにフレッドのお願いも聞くから!」
「ダメなもんはダメ……は?」

 一瞬食いつきそうになったフレッドに喜んだのも束の間、アリシアの視界が突然ぐるんと回転した。

「きゃっ!」
「ハンターごっこはおしまいです」
「ノクス!?」

 気付けばアリシアは、またしてもノクスの肩にずだ袋のように担ぎ上げられている。呆けたフレッドを残して応接室の扉を開けたので、このままアリシアを強制退去させるつもりだ。

「あなたはこちらで少々お待ちください。魔弾なら後ほどお持ち致します」

 熱のないまなざしでフレッドを一瞥すると、ノクスはアリシアを抱えたまま問答無用で応接室を出て行ってしまった。

「……独占欲の塊かよ」
「フレッド殿、ドンマイですぞ」
「お兄ちゃん、悲しいの? 僕、一緒に泣こうか?」
「カナシイ! ガンバレ!」
「なんで魔物に慰められてんだ、俺」

 その後ノクスが銃弾を持って戻ると、フレッドと魔物との間には奇妙な絆が生まれていた。



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