触手召喚士

柏木あきら

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8.触手召喚士

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 宿に戻り、コオの部屋で話がしたいとワスカが言ってきたので二人で部屋に入る。食堂で淹れてきたお茶を飲みながらしばらくの沈黙のあとに、ワスカが口を開いた。
「落ち着いた?」
「……うん。ありがとうな」
 照れ臭くなりコオは頭を掻きながら笑うと、ワスカも少し笑顔を見せる。そしてあのツルのことをポツリポツリとコオに教えた。
 ティカは元々赤茶色の葉を持つティという植物に寄生する生物であるということ。
「葉っぱに寄生ってあんなに大きいのに」
「普段は姿が見えないくらい小さいんだよ」
 ツルに見えるが正式には植物ではない。意思を持っている生物なので、コオを襲った時に自ら動いていたのだ。そしてあの粘膜から媚薬液に似たようなものを出し、相手の生物の生殖行為を促すという。その言葉にコオは顔を赤らめたがなんとか我慢して続きを聞いた。
 ティに寄生しているためティカはそんなに遠くまで移動することはできない。なのに今回、この宿まで来てコオを襲うことができた理由はこれだとワスカは一枚の葉をテーブルに置いた。赤茶色の葉で大きさは指三本くらい。
「ティはあの禁足地にあった大きな木の裏に自生している。コオがスケッチをしている間にたまたま葉が落ちて連れて帰ってしまったんだ。この前コオが湯を浴びている間に部屋を片付けていたら葉が二枚、落ちていた」
「……この葉からあいつが出てきたのか」
「そうだね。彼らは気ままで襲うか襲わないか分からない。だから用心しないといけないんだ」
 聖なる土地であることと、このティカが出てしまう恐れがあるからあの場所は禁足地になっていること。ワスカはそう言うとティの葉を手にした。
「……自分勝手な行動をとってすまない」
「いや、僕のせいでもあるんだ。ガイドとしてきちんと先に伝えておくべきだったし、こうなる可能性に気づかなかったのはまだまだ未熟者だからだ」
「そんな、ワスカはしっかりしてくれてたよ」
 ワスカは手の内の葉を眺めながらポツリと言う。
「……ティカを制御できなかったのは召喚士として失格なんだよ」
「召喚士……?」
 聞きなれない言葉にコオは首を傾げる。するとワスカは引き続き説明をする。
 ティカのような分泌物を出しながら人や家畜を襲うものを触手という。そんなに数はいないが触手には二種類あり、移動ができないものを植物性触手と呼び、自分で歩き移動ができるものを動物性触手と呼ぶ。そしてその触手たちの被害を出さないように管理するのが触手召喚士だという。
「管理するのに召喚士?」
「彼らを召喚して調教するのが本来の召喚士の役目だったんだ。昔は触手を使って家畜の交配を促し……」
「……その話はいいや」
 こほんとコオは咳払いすると、ワスカは交配の話を避けて続ける。今はもう人間のために利用することはしないが、触手の被害が出ないように管理する必要はあるため召喚士がその役目を担っている。禁足地にティがあるのも、管理しやすいように移植されたものだという。
「ふぅん。動物性のはどこにいるの」
「触手でもう残っているのはティカだけ。動物性触手は絶滅したんだ。祖父が召喚士だった頃に」
「おじいさんが?」
「そう。僕はその後を継いでいるんだ」
 それを聞いてコオは思わずエッ、と声を出してしまった。まさかそんな古い話が今も引き継がれていて、目の前のワスカがその役目を継いでいるとは。そしてふいに『制御出来なかったのは召喚士として失格』だとワスカが言っていたことを思い出した。
「ワスカなら、あのツル……ティカを止められていたってこと?」
 ゆっくりとワスカは頷く。そして少しだけ申し訳なさそうに眉を下げながら呟いた。
「そうだ。もっと注意していれば……葉がついてないから確認していれば襲われることもなくて、その……今みたいな悩みも持つこともなかったのに」
「いや、ま、それは仕方ないから」
「そのために禁足地に行くのはダメだけど」
 ワスカは手の内の葉を人差し指と親指で擦りながら目を閉じて何かを呟く。するとしばらくしてその葉からにょきにょきとあの時のツル、ティカが伸びてきた。そしてあっと言うまに壁に触手が貼り付いていく。コオは驚いて目の前で起きている出来事に口を開けて眺めるしかなかった。
「……召喚すれば禁足地に行かなくてもいい」
 ぬめぬめした触手の先がコオに近づいていくのを、ワスカは何も言わずに眺めている。そしてコオはゴクリ、と喉を鳴らした。
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