【完結】落ちぶれ後天性アルファと踊り子オメガの小夜曲

柏木あきら

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踊り子シチャ

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 数回通ったところであれだけ騒いでいた客たちはカークを見向きもしなくなった。どころか『お目当ての子でもできたか?』と話しかけられ、彼は拍子抜けした。そしていつのまにかカウンターの隅がカークの指定席のようになって、そこでダンスを眺めているのが日課となった。シチャと呼ばれていた少年はいつもトップダンサーの後に舞台に上がる。そしてカークは何度見ても、シチャのダンスの方に心惹かれてしまう。命を燃やすようなダンスに。
 その日の夜は、すっかり顔馴染みになった狐目のバーテンダー、ナルが不在だった。見知らぬ若いバーテンダーに酒を頼み、いつものようにシチャの出番までぼんやりと舞台を眺めていた。やがてトップダンサーのダンスが終わり、ようやく彼が出ると思っていたのに照明はシチャのカラーである橙ではなく、明るい桃色。そして舞台に上がったのはシチャとは違う背の高い青年だった。その次もまた彼ではない。今日は出ないのだろうか、と少し残念に思っていると背後からナルが声を掛けてきた。
「カーク。いくら待ってもシチャは舞台に上がらないよ。今日はダンスは休みだ」
「……そうなのか」
「ああ。私がいたら早めに教えられたんだが。すまないな」
 詫びることではないよと言いながら、カークは財布を取り出して支払いをしようとした。だがそれをナルが制した。
「何故止める?」
 不思議に思っていると、カウンター脇から一人の男がひょこっと顔を覗かせる。そこにいたのは、いつものタンクトップ姿ではない、シャツを着たシチャだった。
「あ……?」
「言っただろう、休みだと」
 ナルは顎でシチャに何やら合図をすると彼はカークの隣の席にちょこんと座った。まじかで見る彼の瞳は大きくくりっとしていて、赤に近い茶色をしていた。
「ダンサーは数日に一度舞台を休んで客の給仕をするんだ」
 カークは驚きのあまり言葉が出ない。そんな彼の様子にシチャが思わず笑い、そしてゆっくりと口を開いた。
「いつも僕のダンスを見てくれているって聞きました。嬉しいです、ありがとう」
 そう言うとカークの手をとり自分の手を重ねた。いやに慣れた手つきだな、と感心したがこういう店であれば仕方ないのだろう。カークはそっと手を引いて彼に微笑んだ。
「こちらこそ」
「……」
 手を引かれたシチャは動揺したのか下を向いてしまった。沈黙がながれ、これは良くなかったかなとカークは頭を掻く。
「すまない、そういうサービスは求めていないんだ」
「あ……」
 顔を上げたシチャは少しほおを赤らめていた。それはまるで林檎のよう。
「こちらこそすみません、つい」
「気にしないでいいよ。そうだな話し相手になってくれたらそれでいい」
 すると舞台で見る笑顔――向日葵が咲いたような――を向けて彼は大きくうなずいた。
「話し相手なら、得意分野だよ!」
 薬の件があってから、カークの周りには人がいなくなってしまった。そんなに人好きな方ではないがそれでもやはり少し寂しく感じる日もある。その穴を少し埋めて貰えばそれでいい――カークはこの時そう思ったのだ。この行動がのちに彼の苦悩になるとは知らずに。
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