似紫の境界線

柏木あきら

文字の大きさ
1 / 12

Hinagallery

しおりを挟む
画廊から見る外の景色は、緩やかな坂道と街路樹。大きなガラスからは燦々と太陽の光が降り注いている。入り口には広くとられた庇があり、画廊の作品が痛まないように直射日光を防ぐ役目をしている。画廊内に流れる穏やかな音楽が、訪れる人たちにとって心地よい空間を生み出していた。

観光地にありながら、大通りから奥へ進んだところにあるこの画廊はいつも外の喧騒から守られている。決して大きくないこの画廊は、訪れるお客が少なくて、スタッフである雛野真一ひなのしんいちと、オーナーである雛野律子ひなのりつこの二人きりになることも多い。

律子が父親の遺産を譲り受け、それを使ってオープンさせたのがこの画廊『Hinagalleryヒナギャラリー』だ。芸大出身の律子のセンスで集められたコアな作家の作品たちが並ぶ。そのため訪れる人は少なくても、知る人ぞ知る画廊としてSNSで人気が出ていた。人気を受けて大きな画廊にすることもできたが、律子は『これくらいがちょうど良いものよ』とこの小さな画廊を愛しんでいる。

スタッフである真一は、律子の甥にあたる。この春に大学を卒業したものの、就職先が決まらずバイトを探していた真一。丁度、律子の画廊で求人をしていたことを思い出した真一の父親が紹介してくれたのだ。
そんなに芸術に詳しくない真一は、一度断ろうとしたが律子に興味がない方がいいわ、と言いそのまま採用となった。真一はこの竹を割ったような性格の律子に感謝した。もしあの時採用されていなければ、きっと親のすねをかじりながらダラダラと生きていただろう。

画廊で真一が働くように早一年が経ったころ。律子はたまに作家自身のアトリエへ出向くことがあることを知った。制作依頼した作品を取りに行ったり、新しい作品を探すためだ。
そして何度か、アトリエに作品を取りに行く役目を手伝うようになっていた。慣れるまでは律子と同伴で行くことが多かったのだが、最近は顔見知りの作家であれば真一だけで出向くこともあった。

「真一君、やなぎ先生のところは行ったことあったかしら?」
メガネをかけて手帳を見ながら、律子がそう言うと、ガラス窓を拭いていた真一が答える。
「柳先生ですか? いえ、行ったことないですね。ええと確か、日本画の先生ですよね」
「よく憶えていたわね、ここには一点しかないのに」
画廊の一番奥で、ひっそりと飾ってあるその絵は薄墨の儚い線で人物が描かれていた。水墨画をよく描くがあくまでも彼は日本画の作家であることを律子に教わり真一は奥の深さを感じたものだ。
「二点目の絵を購入したの。悪いんだけど明日、先生のところへ取りに行ってくれないかしら? 少し遠いから車で行った方がいいわ」
そう言うと、机の引き出しから車のキーを取り出し真一へ渡す。七宝焼きの大きなキーホルダーは律子の大好きな作家の作品だ。
「物静かな作家さんなんだけど、ちょっと訳ありだから……。まあ、真一君は人当たりもいいからきっと大丈夫ね」
「何ですか、その脅し言葉は」
真一がそう言うと、律子は手帳で口元を隠しながら笑った。

真一は帰宅中の電車の中で、スマホで柳のことを検索する。購入した作品を取りに行くだけではあるが、相手のことを知って挨拶しなければ、とネットで情報を確認する。

 柳総一郎やなぎそういちろう。日本画家。まだ年齢は三十二歳と若手である。最近は水墨画とデッサンを融合させたような作品を描いている。まだまだ作品数は少なく、大きな展覧会での受賞作品もない。画像検索で他の作品を閲覧していると、柳本人の近影が掲載されていた。

少し長い髪を後ろで束ね、眼鏡をかけていた。くすんだ赤紫色の着物で庭に佇んでいる。画家というより、小説家の様な印象の柳の顔は少し頰がこけていて、物静かと言うより不健康そうだ。

(三十二歳か……)
柳は自分より若い真一を見て、どう感じるだろうか。画廊のスタッフでありながら、知識が少ない真一に冷たく当たるかもしれない。以前行った作家に、けんもほろろな扱いを受けたことがありちょっとした苦手意識がある。
スマホから目を離し、外の流れて行く風景を見つめた。丁度橋脚にかかり、川が夕日の光を受けてキラキラしている。河原では少年たちがキャッチボールをしていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜

たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話

没落令息はクラスメイトの執着に救われる

夕月ねむ
BL
突然父親の爵位がはく奪され、帰る屋敷も家名も失ったローレンス。貴族が集まる学院の寮からも放り出されるところだった彼を、クラスメイトのユリシーズが引き留める。 「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることができる」と言って。 ユリシーズの従者となったローレンス。けれどその二年後、彼らの関係は再び大きく変わることとなった。 ※FANBOXからの転載です。 ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...