天使は甘いキスが好き

吉良龍美

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天使は甘いキスが好き

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 英治と成田は無言の火花を撒き散らす。
「沼田先生、どうしました?」
 隣のクラス担当の保育士が、教室の外から中を覗く沼田に声を掛ける。「はぁ。ちょっと…」
「あら。例の玉木英治君? うちのクラスでも女の子達が騒いでたわよ?」「すみません」
「別に良いけど。英治君が克幸君と、伊吹君を取り合うなんてね」
 さも楽しそうに先輩保育士が教室を覗く。
「可愛いもんね伊吹君、お兄ちゃんの恵君も可愛いしそっくりだし」
 沼田は勘弁して下さいよと溜息。
「あらぁ、恵君なんて本当に笑顔が良いのよ」
「まさか狙ってるなんて…」
「やあねぇ。そしたら犯罪じゃないのよ」
 笑いながらそそくさと隣の教室に駆け込む姿は、いかにもそうですと云っている様なものだ。沼田は溜息を吐く。
「はい皆、電気消すからね。お布団に入って」
 沼田は教室に入ると、全体を見回して電気を消す。カーテンは先に閉めておいたので、後は職員室で保護者への手紙を作成するだけだ。
「おやすみなさい」
「おやすみなさ~い」
 沼田が云うと、布団の中から子供達がひょっこり顔を出して返事をする。
 ーーーこういう時がまた可愛いんだよね、子供って。
 自分もいつか結婚したら、可愛い子供を沢山欲しいと思う。が、不意に頭の中に英治の父親の玉木が出て来たので、慌てて沼田は頭を振った。
 ーーーいかんいかん。疲れているのかな、俺。
 沼田は静かにドアを閉めた。成田は沼田がドアを閉めたのを布団の中から眼で確認すると、伊吹の布団を手で突いた。モゾリと伊吹が動く。
「いぶき」
 左側から声がして、伊吹は布団から顔を出した。
「あとでサッカーやろうぜ?」
「うん」
 伊吹は成田に返事をすると、今度は右側から何かが伊吹の布団に入って来た。驚いて声が出そうになったが、伊吹は堪えて英治を見た。英治は人指し指で唇の前に翳すと、伊吹をギュウッと抱き締めた。
「…いぶき君?」
 伊吹は双眸を見開き、英治を見詰めた。
「やっぱ、あったかいなおまえ」
 耳元で小声で話す英治に、伊吹は頬を染めて抗議する。
「おこられちゃうよ、えいじくん」
 くすぐったさに伊吹は肩を竦める。なんだかドキドキする。
「みつからなきゃいいんだろ?」
「…そうだけど」
 ーーーそうだけど、でもそうじゃなくてっ。
 伊吹は身動きしたが、英治は益々伊吹を胸に抱き込む。
 ーーーあれれ? なんだか、ほんとうにあったかいや。
 うとうとし始めた伊吹に、英治が伊吹の頬におやすみのキスをする。
「おやすみ、いぶき」
「う…ん、けいにいちゃん」
 と、寝言を云う伊吹に英治は苦笑しながらも、初めてだろう居心地の良さを味わいながら、英治も眠りに着いた。一時間三十分後、成田の怒鳴り声に起こされるまで、二人は抱き合いながら優しい夢を見た。園児達の注目の的に伊吹は益々困惑し、恵にばれたらどうしようと頭を抱え…。成田は成田で、英治を威嚇し始めたのだ。
「まるで猿と犬の喧嘩みたい」
 沼田は溜息を吐いて、教室内の二人を眺めた。


 恵は帰りに図書館へ寄ると、窓際の横長テーブルに落ち着いて、試験勉強を始めた。少し離れた席には、ここ数日見掛ける様になった男が、何やら分厚い本を開いて勉強している。銀縁眼鏡で癖のある髪が、何故か恵の眼を引き寄せる。恵は鞄から【進路調査票】の紙を取り出した。
「…どうしようかな」
 別に何処の学校へとは決めてはいなかった。だが、昨夜の太一や十和子の会話が、今も頭に過ぎる。『かおるの心臓』が、弱っているなんて知らなかった。確かに丈夫ではない人だったが、子供の頃の夢だった【喫茶店】は、守って行くのにかおるには負担が大きいだろう。もうすぐ双子が産まれるのだ。店を引き継ぐなら、調理師の資格があれば有利だろうか。
「お母さんに話してみようかな」
「君、ひとり?」
 不意に声を掛けられて、顔を上げる。見知らぬ男が二人、大学生だろうか? 恵の両隣を挟むようにして、顔を覗き込んで来た。恵は眉根を寄せる。
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