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海外でPVを撮影のあとホテルを抜け出して大失敗
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第一章 プーケットへの旅
私は有紀、ラブエンジェルズのメンバーだ。私たちのグループは彩香ちゃん、梨花ちゃん、美咲ちゃん、葵ちゃん、そして私の5人組のアイドルグループ。新曲のレコーディングを終えたばかりで、興奮冷めやらぬ中、次なるビッグニュースが飛び込んできた。新曲のプロモーションビデオ(PV)の撮影で、タイのプーケット島に行くことになったのだ!プーケット島なんて、名前を聞いただけで心が躍った。エメラルドグリーンの海と白い砂浜、色とりどりのトロピカルな雰囲気。旅行雑誌やインスタでしか見たことのない場所に、ついに自分が行けるなんて! スタジオでマネージャーからその話を聞いた瞬間、私は思わず「え、ほんと!?」と叫んで、隣にいた彩香ちゃんに抱きついてしまった。彩香ちゃんも「やばい! ビキニ持ってかなきゃ!」と目をキラキラさせていた。梨花ちゃんは冷静に「パスポート、ちゃんと準備しなきゃね」と呟き、美咲ちゃんと葵ちゃんは「タイ料理楽しみ~!」と盛り上がっていた。出発の日は朝早く、羽田空港に集合。現地の気温が30度を超えると聞いていたから、みんなラフな夏のスタイル。私のコーディネートは白いタンクトップにデニムのショートパンツ、スニーカーという動きやすさ重視の格好。彩香ちゃんはピンクのキャミソールにショートパンツ、梨花ちゃんはシンプルな黒のタンクトップで大人っぽい雰囲気。美咲ちゃんと葵ちゃんは双子コーデみたいに色違いのカラフルなタンクトップで、空港でも目立っていた。飛行機の中では、5人で席を固めてガールズトークに花を咲かせた。話題は新曲の振り付けの話から、プーケットで何をしたいか、どんな写真を撮りたいかまで尽きなかった。「海で映える写真撮って、インスタに上げなきゃ!」と美咲ちゃんが言うと、葵ちゃんが「でも、マネージャーに『仕事だから観光はなし』とか言われそう」と少し心配そう。私は「まぁ、撮影の合間にちょっとくらい海楽しめるよね!」と楽観的に返した。6時間のフライトは、喋ったり、機内食をつついたり、うたた寝したりしているうちにあっという間に過ぎた。プーケット国際空港に到着した瞬間、ムッとした熱気と、なんとも言えない甘い花の香りが鼻をついた。空は日本とは比べ物にならないくらい鮮やかな青で、まるで絵葉書の中に飛び込んだみたい。空港の外に出ると、ヤシの木が揺れ、色とりどりの看板や現地の人々の活気が目に入ってきた。「これ、ほんとに海外だ!」と、梨花ちゃんが珍しくテンション高めに呟いた。みんなでキャリーケースを引きながら、迎えに来ていた現地のスタッフのバンに乗り込んだ。撮影スケジュールはタイトで、到着したその日に撮影を終えて、翌日には日本に帰るというハードな予定。マネージャーの佐藤さんが「観光はなし、撮影に集中!」と何度も念押ししていたけど、正直、ちょっとくらいプーケットを満喫したい気持ちは抑えきれなかった。バンで移動中、みんなお腹が空いてきたと話していたら、佐藤さんが「まずは昼食を済ませよう」と提案。私の頭の中は、トムヤムクンやグリーンカレー、パッタイといったタイ料理でいっぱいだった。「絶対、辛えの食べたい!」と葵ちゃんが目を輝かせ、彩香ちゃんも「マンゴーとかフルーツも美味しいよね!」とワクワクしていた。ところが、バンが停まったのは、なんとも見慣れた赤と黄色の看板…マクドナルドだった。「え、マジで!?」と思わず声に出してしまった私に、佐藤さんが申し訳なさそうに説明した。「現地の食べ物で体調崩すと撮影に影響が出るから、今日は無難なところで我慢して」。確かにその理屈は分かるけど、タイまで来てマクドナルドって! みんなちょっとガッカリした顔で、ビッグマックやチキンナゲットを注文。私はビッグマックセットを頼んだけど、いつも日本で食べるのと味はほぼ同じ。唯一違うのは、店員さんがタイ語なまりの英語で「Enjoy your meal!」と言ってきたことくらい。彩香ちゃんが「これ、タイ限定メニューとかないの?」とメニューを眺めながら呟いたけど、結局みんな無言でポテトをつまんだ。昼食を終えると、すぐに撮影場所のビーチへ移動。車窓から見える景色は、青い海とヤシの木が連なる楽園そのもの。撮影場所はカタビーチという、白い砂浜が広がる美しい場所だった。海は透き通っていて、遠くまでグラデーションのように色が変わっていく。日本の海とはスケールが違いすぎて、思わず「うわ、めっちゃキレイ…」と呟いてしまった。スタッフが手際よく準備を進め、三脚に大きなカメラをセットし、簡易的な更衣用のテントを立ててくれた。私たちは急いで着替えに取り掛かったけど、用意された水着を見て全員が固まった。めっちゃ露出度の高いビキニ! ピンクやイエロー、ブルーといった派手な色で、布の面積が…とにかく少ない。「これ、着るの!?」と美咲ちゃんが悲鳴を上げ、梨花ちゃんも「こんなの、ライブでも着ないよ…」と眉をひそめた。私は内心「人前でこんなの着れない!」と思ったけど、佐藤さんが「PVのコンセプトだから!」と押し切るので、渋々着替えた。テントから出て、砂浜に立つと、風が気持ちよくて少し緊張がほぐれた。ラジカセから新曲が流れ始め、振り付けの練習を軽くしてから本番スタート。灼熱の太陽の下、砂浜で歌って踊るのは思った以上に体力を使う。汗だくになりながら、3テイクほど撮影したけど、監督の「OK!」の声でようやく解放された。撮影中、観光客らしき人たちが遠巻きに集まってきて、スマホで写真を撮ったりしていたけど、私たちが日本のアイドルだと知らないみたいで、ただの「ビーチで踊る女の子たち」として見られていたみたい。撮影が終わると、みんなで急いでタンクトップとショートパンツに着替え、バンに乗ってホテルへ。へとへとだったけど、プーケットの海をバックに踊ったことは、なんだかんだで忘れられない思い出になりそうだった。ホテルに着いた瞬間、ベッドに倒れ込みたい気分だったけど、この旅はまだ終わらない。タイでの夜が、これからどうなるのか、ちょっとだけ期待が膨らんだ。
第二章 ホテルの夜
プーケットのビーチでの撮影を終え、汗と砂にまみれた体を引きずるようにしてホテルに戻った。ホテルはカタビーチから車で15分ほどの場所にある、モダンな雰囲気のリゾートホテル。白い外壁にガラス張りのロビー、ヤシの木が揺れるプールサイドは、まるで映画のセットのようだった。私は部屋に飛び込むと、まずシャワーを浴びることにした。温かいお湯で砂と汗を洗い流し、バスルームに漂うココナッツの香りのシャンプーで髪を洗うと、ようやく人間に戻った気分。部屋着に着替えてベッドに腰掛け、窓の外を見ると、夕暮れのプーケットの空がオレンジ色に染まっていた。「綺麗だな…」と呟きながら、ふとタイに来た実感が湧いてきた。少し休憩していると、部屋の電話が鳴った。マネージャーの佐藤さんからで、「夕食の時間だから、ロビーに集合して」とのこと。撮影の疲れもあって部屋でゴロゴロしていたかったけど、お腹がグーっと鳴って抗議してきたので、仕方なく準備を始めた。私はシンプルなTシャツにデニムのショートパンツ、髪をポニーテールにしてロビーへ。彩香ちゃんは花柄のワンピースで可愛らしい雰囲気、梨花ちゃんはモノトーンのカットソーでクールな感じ、美咲ちゃんと葵ちゃんは揃いのキャミソールで相変わらずの仲良しコンビ感全開だった。「やっとタイ料理食べられるかな!」と美咲ちゃんがウキウキで言うと、葵ちゃんも「トムヤムクン食べたい! 辛いの大好き!」と目を輝かせた。私も内心、昼のマクドナルドでガッカリした分、夜は本場のタイ料理を期待していた。スパイシーな香辛料の効いた料理や、トロピカルフルーツのデザートを想像して、ついニヤけてしまった。ところが、佐藤さんが案内してくれたのは、ホテルの1階にあるレストランだった。「え、ホテルのレストラン?」と私が思わず声を上げると、佐藤さんは「移動の時間がもったいないし、安全第一だからね」と申し訳なさそうに笑った。確かに、海外でのスケジュールはタイトだし、体調管理も大事だけど…やっぱりちょっと拍子抜け。レストランに入ると、シックな内装にシャンデリアが輝き、観光客や地元のお客さんで賑わっていた。ウェイトレスの女性が笑顔でメニューを手渡してきたけど、問題はメニューが全部英語だったこと。「…これ、なんて書いてあるの?」と彩香ちゃんが首を傾げ、梨花ちゃんも「写真くらい載せてほしいよね」と呟いた。日本のレストランなら、カラフルな料理の写真がメニューにズラッと並んでるのに、ここは文字だけ。英語が得意な葵ちゃんが「ステーキとかシーフードとか書いてあるっぽいけど…」と頑張って解読しようとしたけど、結局よく分からない。「じゃあ、私が適当に注文するよ」と佐藤さんがメニューを手に取り、ウェイトレスに何か話しかけた。しばらく待っていると、運ばれてきたのは巨大なビフテキ! 皿の上でドンと存在感を放つステーキは、日本のレストランで食べるものの3倍はあろうかというサイズ。付け合わせにマッシュポテトとサラダが少し添えられていたけど、メインのビフテキがあまりにも迫力満点で、みんな一瞬言葉を失った。「で、でかい…!」と美咲ちゃんが目を丸くし、彩香ちゃんは「これ、どうやって食べるの?」と笑いながらナイフを手に取った。私も意を決してナイフを握り、ステーキを切ろうとしたけど…硬い。めっちゃ硬い! ナイフをギコギコ動かしても、肉が全然切れない。ようやく小さく切り分けた一片を口に入れたけど、噛んでも噛んでもゴムみたいに弾力があって、飲み込むのに一苦労。隣を見ると、彩香ちゃんも梨花ちゃんも同じように苦戦していて、美咲ちゃんと葵ちゃんに至っては「無理!」と早々にフォークを置いていた。結局、私たちはビフテキを諦め、付け合わせのサラダとマッシュポテトだけを食べることに。サラダは新鮮でシャキシャキ、ポテトはバターの風味が効いていて美味しかったけど、やっぱりタイ料理を期待していた分、物足りなさは否めなかった。スタッフの男性陣は頑張ってビフテキに挑んでいたけど、さすがの彼らも半分以上残してギブアップ。食事が終わると、コーヒーが運ばれてきた。ほろ苦い香りに少しホッとしたけど、「これでタイっぽさゼロだね」と葵ちゃんが笑いながら言った。私も内心、せっかくプーケットに来たのに、マクドナルドと硬いステーキってどういうこと!?と思っていた。食事を終えて部屋に戻る前、ふと思いついて佐藤さんに聞いてみた。「ねえ、マネージャー、せっかくタイに来たんだから、ちょっとくらい観光してもいいよね? ナイトマーケットとか行きたいな!」と、できるだけ可愛くお願いしてみた。彩香ちゃんも「そうそう! マンゴーとか買いたい!」と便乗してきたけど、佐藤さんはキッパリと首を振った。「ダメだよ、観光旅行じゃないんだから。撮影が終わったらすぐ日本に帰るんだ。次の仕事のスケジュールが詰まってるから、遊んでる暇はないよ」。その言葉に、みんなのテンションが一気に下がった。「えー…」と美咲ちゃんが小さく呟き、梨花ちゃんも「せめて市場くらい…」とため息をついた。仕方なく部屋に戻ったけど、さて、どうやって時間を潰そう? テレビをつけてみたけど、映るのはタイ語の番組ばかり。歌番組らしきものを見つけたけど、知らないアーティストがタイ語で歌っていて、歌詞もメロディも全くピンとこない。カラフルな衣装の歌手や、派手なステージはちょっと面白かったけど、10分も見ていると飽きてしまった。ベッドに寝転がってスマホをいじってみたけど、Wi-Fiが不安定でインスタもなかなか開かない。「はぁ、タイまで来てこれかぁ…」と呟きながら、天井を見つめた。撮影の疲れもあるのに、なんだか落ち着かない夜だった。このまま寝るには早すぎるし、何か面白いことが起きないかな、とぼんやり願っていたら、急にお腹が小さく鳴った。昼のビッグマックと、さっきのサラダとポテトじゃ、さすがに物足りなかったみたいだ。
第三章 夜の冒険とハプニング
ホテルの部屋でベッドに寝転がり、タイ語の歌番組をぼんやり見ていたけど、知らないメロディと分からない歌詞にすぐに飽きてしまった。時計を見るとまだ夜の8時過ぎ。撮影の疲れはあるのに、興奮と時差ボケのせいか眠気は全然やってこない。それに、さっきの硬いビフテキをほとんど食べられなかったせいで、お腹がグーグー鳴り始めた。「うーん、何か食べたい…」と呟きながら、ルームサービスのメニューを手に取ったけど、英語とタイ語で書かれた文字の羅列に頭を抱えた。英語は学校で習った程度しか分からないし、「Chicken Satay」って何? 「Pad Thai」ってどんな味? 想像もつかない。注文の電話をかける勇気もなく、メニューを放り投げてベッドに突っ伏した。そのとき、スマホがピロンと鳴った。彩香ちゃんからのメッセージだ。「有紀、起きてる? ホテルの近くに牛丼屋があるらしいよ! 行ってみない?」と、興奮気味の絵文字付きで送られてきた。牛丼屋? タイに? 「いや、まさか」と笑いながら返信しようとしたけど、彩香ちゃんからすぐに次のメッセージ。「ホテルのパンフレットに載ってた! ほんとに『牛丼』って書いてあるんだから! お腹空いたし、行ってみようよ!」と、ホテルのパンフレットの写真まで送られてきた。確かに、英語だらけのパンフレットの中に、日本語で「牛丼」と書かれた看板の写真が。店の名前は「Yoshinoya」と読める。「…マジで!?」と半信半疑だったけど、空腹には勝てない。「OK、行く!」と返信し、急いで準備を始めた。部屋を出る前に、Tシャツとショートパンツの上から薄いカーディガンを羽織り、キャップをかぶって準備完了。彩香ちゃんが私の部屋まで迎えに来てくれて、ロビーで合流した。彩香ちゃんはピンクのスウェットにスニーカー、髪をハーフアップにしてて、いつもの元気な雰囲気。「ほら、これ!」とパンフレットを広げて見せてくれたけど、英語の説明文はチンプンカンプン。とりあえず、牛丼の看板の写真と簡単な地図を頼りに、ホテルを出た。夜のプーケットは、昼間の灼熱とは打って変わって涼しい風が吹いていて、街はネオンと屋台の明かりでキラキラしていた。ホテルの前の大通りを歩きながら、彩香ちゃんが「日本でも牛丼大好きだから、タイでも同じ味だったら最高なんだけど!」とウキウキ。私は「でも、タイで『つゆだく』って通じるかな?」と笑いながら言ったら、彩香ちゃんが「絶対通じるよ! 試してみよう!」と目を輝かせた。パンフレットの地図によると、牛丼屋は大通りをまっすぐ進んで、2つ目の角を曲がった先にあるはず。ヤシの木やカラフルな看板を眺めながら歩くのは、なんだかワクワクした。10分ほど歩いて角を曲がると、遠くに「牛丼」と書かれた大きな看板が見えてきた。「ほんとにある!」と私が叫ぶと、彩香ちゃんも「やったー! 牛丼、牛丼!」と手を叩いて喜んだ。店に近づくと、日本の吉野家とはちょっと違う、広くてモダンな雰囲気の外観。ガラス張りの窓越しに、ファストフード店みたいなカウンターと、プラスチックの椅子が並んだ店内が見えた。ドアを押して入ると、エアコンの涼しい空気と、どこか懐かしい牛丼の香りが漂ってきた。カウンターには、制服を着た若い男の店員さんが立っていたけど、見た目はタイの人っぽい。「日本語、通じるかな…」と私が小声で彩香ちゃんに囁くと、彼女は「大丈夫! いざとなったらジェスチャーで!」と笑顔で親指を立てた。そして、カウンターに堂々と立つと、「牛丼、並み、つゆだくプリーズ!」と、なぜか最後に「プリーズ」をつけて注文。彩香ちゃん、つゆだく命なのよね。私は内心、「つゆだくなんて通じるわけないじゃん!」と思ったけど、店員さんは一瞬首を傾げたものの、すぐに「牛丼、並み、つゆだくですね」と、めっちゃ流暢な日本語で復唱してきた。「え、ほんとに!?」と私が驚くと、彩香ちゃんが「ほら、言ったじゃん!」とドヤ顔。私は「じゃ、私も同じで! 牛丼、並み、つゆだくプリーズ!」と真似して注文。店員さんはニコッと笑って、また「牛丼、並み、つゆだくですね」と繰り返した。数分待つと、トレーに乗った牛丼が2つ、ちゃんとつゆだくで登場。日本の吉野家とほぼ同じビジュアルで、牛肉と玉ねぎがたっぷりのつゆに浸かっている。空いた席に座って、割り箸を手に取ると、彩香ちゃんが「いただきまーす!」と元気に言って食べ始めた。私も一口。…うん、間違いなく牛丼! 日本のあの味そのまんま。甘辛いタレと柔らかい牛肉、つゆに浸かったご飯のバランスが完璧で、思わず「美味しい!」と声が出た。彩香ちゃんと「タイでこの味って、めっちゃすごくない?」と盛り上がりながら、夢中で食べた。あっという間にお腹いっぱいになって、満足感でいっぱいだった。「さて、帰ろうか」と彩香ちゃんと店を出て、来た道を逆にたどり始めた。ネオンの光と夜風が気持ちいい。ホテルの地図をチラッと確認しながら歩き始めたけど、5分、10分と歩いても、ホテルの白い建物が見えてこない。「…ねえ、彩香ちゃん、なんか変じゃない?」と私が言うと、彼女も「うそ、道間違えた?」とパンフレットを広げて焦り始めた。地図を見ても、英語の道の名前がさっぱり分からない。2つ目の角を曲がったはずなのに、ホテルの看板が見当たらない。通りには屋台や小さな店が並んでるけど、さっき通った道とは明らかに雰囲気が違う。「やばい、迷ったかも…」と私が呟いた瞬間、ちょうどタクシーが通りかかった。彩香ちゃんが「これ乗っちゃおう!」と手を振ってタクシーを止め、私たちは後部座席に飛び乗った。運転手にホテルの名前を告げると、彼は「OK, OK」と頷いて車を発進させた。ホッとしたのも束の間、車は大通りを外れて、どんどん暗い道に入っていく。ヤシの木が減り、代わりに鬱蒼とした林が窓の外に広がってきた。「…これ、ホテルに向かってるよね?」と私が小声で彩香ちゃんに聞くと、彼女も不安そうに「なんか…変だよね」と囁いた。車はさらに狭い道を進み、しまいには山の方へ登り始めた。「ノー、ノー、ロングウェイ!」と彩香ちゃんが思いつく限りの英語で叫んだけど、運転手は無言で運転を続ける。私はパニックになりながら「ストップ! ストップ!」と大声で叫んだ。すると、ようやく車がガクンと止まったけど、外は真っ暗。街灯すらなくて、木々のシルエットしか見えない。運転手がドアを開け、突然私と彩香ちゃんの手首をグイッと掴んだ。「え、なに!?」と叫ぶ間もなく、私たちは小さな小屋のような建物に引っ張り込まれた。小屋の中には、薄暗いランプの下で数人の男がたむろしていて、なんだか怪しい雰囲気。タバコの匂いと、ゴソゴソした物音が聞こえる。「やばい、まずいよ!」と彩香ちゃんが私の手を握りしめた。その瞬間、頭の中で「逃げなきゃ!」というスイッチが入った。私は彩香ちゃんの手を引っ張り、運転手の隙をついて全力で小屋のドアに向かって走った。外に飛び出すと、暗闇の中をただひたすら走った。心臓がバクバクして、足がもつれそうだったけど、止まるわけにはいかない。彩香ちゃんの息遣いが背後で聞こえる。どこに向かっているのかも分からないまま、私たちは必死で逃げ出した。
私は有紀、ラブエンジェルズのメンバーだ。私たちのグループは彩香ちゃん、梨花ちゃん、美咲ちゃん、葵ちゃん、そして私の5人組のアイドルグループ。新曲のレコーディングを終えたばかりで、興奮冷めやらぬ中、次なるビッグニュースが飛び込んできた。新曲のプロモーションビデオ(PV)の撮影で、タイのプーケット島に行くことになったのだ!プーケット島なんて、名前を聞いただけで心が躍った。エメラルドグリーンの海と白い砂浜、色とりどりのトロピカルな雰囲気。旅行雑誌やインスタでしか見たことのない場所に、ついに自分が行けるなんて! スタジオでマネージャーからその話を聞いた瞬間、私は思わず「え、ほんと!?」と叫んで、隣にいた彩香ちゃんに抱きついてしまった。彩香ちゃんも「やばい! ビキニ持ってかなきゃ!」と目をキラキラさせていた。梨花ちゃんは冷静に「パスポート、ちゃんと準備しなきゃね」と呟き、美咲ちゃんと葵ちゃんは「タイ料理楽しみ~!」と盛り上がっていた。出発の日は朝早く、羽田空港に集合。現地の気温が30度を超えると聞いていたから、みんなラフな夏のスタイル。私のコーディネートは白いタンクトップにデニムのショートパンツ、スニーカーという動きやすさ重視の格好。彩香ちゃんはピンクのキャミソールにショートパンツ、梨花ちゃんはシンプルな黒のタンクトップで大人っぽい雰囲気。美咲ちゃんと葵ちゃんは双子コーデみたいに色違いのカラフルなタンクトップで、空港でも目立っていた。飛行機の中では、5人で席を固めてガールズトークに花を咲かせた。話題は新曲の振り付けの話から、プーケットで何をしたいか、どんな写真を撮りたいかまで尽きなかった。「海で映える写真撮って、インスタに上げなきゃ!」と美咲ちゃんが言うと、葵ちゃんが「でも、マネージャーに『仕事だから観光はなし』とか言われそう」と少し心配そう。私は「まぁ、撮影の合間にちょっとくらい海楽しめるよね!」と楽観的に返した。6時間のフライトは、喋ったり、機内食をつついたり、うたた寝したりしているうちにあっという間に過ぎた。プーケット国際空港に到着した瞬間、ムッとした熱気と、なんとも言えない甘い花の香りが鼻をついた。空は日本とは比べ物にならないくらい鮮やかな青で、まるで絵葉書の中に飛び込んだみたい。空港の外に出ると、ヤシの木が揺れ、色とりどりの看板や現地の人々の活気が目に入ってきた。「これ、ほんとに海外だ!」と、梨花ちゃんが珍しくテンション高めに呟いた。みんなでキャリーケースを引きながら、迎えに来ていた現地のスタッフのバンに乗り込んだ。撮影スケジュールはタイトで、到着したその日に撮影を終えて、翌日には日本に帰るというハードな予定。マネージャーの佐藤さんが「観光はなし、撮影に集中!」と何度も念押ししていたけど、正直、ちょっとくらいプーケットを満喫したい気持ちは抑えきれなかった。バンで移動中、みんなお腹が空いてきたと話していたら、佐藤さんが「まずは昼食を済ませよう」と提案。私の頭の中は、トムヤムクンやグリーンカレー、パッタイといったタイ料理でいっぱいだった。「絶対、辛えの食べたい!」と葵ちゃんが目を輝かせ、彩香ちゃんも「マンゴーとかフルーツも美味しいよね!」とワクワクしていた。ところが、バンが停まったのは、なんとも見慣れた赤と黄色の看板…マクドナルドだった。「え、マジで!?」と思わず声に出してしまった私に、佐藤さんが申し訳なさそうに説明した。「現地の食べ物で体調崩すと撮影に影響が出るから、今日は無難なところで我慢して」。確かにその理屈は分かるけど、タイまで来てマクドナルドって! みんなちょっとガッカリした顔で、ビッグマックやチキンナゲットを注文。私はビッグマックセットを頼んだけど、いつも日本で食べるのと味はほぼ同じ。唯一違うのは、店員さんがタイ語なまりの英語で「Enjoy your meal!」と言ってきたことくらい。彩香ちゃんが「これ、タイ限定メニューとかないの?」とメニューを眺めながら呟いたけど、結局みんな無言でポテトをつまんだ。昼食を終えると、すぐに撮影場所のビーチへ移動。車窓から見える景色は、青い海とヤシの木が連なる楽園そのもの。撮影場所はカタビーチという、白い砂浜が広がる美しい場所だった。海は透き通っていて、遠くまでグラデーションのように色が変わっていく。日本の海とはスケールが違いすぎて、思わず「うわ、めっちゃキレイ…」と呟いてしまった。スタッフが手際よく準備を進め、三脚に大きなカメラをセットし、簡易的な更衣用のテントを立ててくれた。私たちは急いで着替えに取り掛かったけど、用意された水着を見て全員が固まった。めっちゃ露出度の高いビキニ! ピンクやイエロー、ブルーといった派手な色で、布の面積が…とにかく少ない。「これ、着るの!?」と美咲ちゃんが悲鳴を上げ、梨花ちゃんも「こんなの、ライブでも着ないよ…」と眉をひそめた。私は内心「人前でこんなの着れない!」と思ったけど、佐藤さんが「PVのコンセプトだから!」と押し切るので、渋々着替えた。テントから出て、砂浜に立つと、風が気持ちよくて少し緊張がほぐれた。ラジカセから新曲が流れ始め、振り付けの練習を軽くしてから本番スタート。灼熱の太陽の下、砂浜で歌って踊るのは思った以上に体力を使う。汗だくになりながら、3テイクほど撮影したけど、監督の「OK!」の声でようやく解放された。撮影中、観光客らしき人たちが遠巻きに集まってきて、スマホで写真を撮ったりしていたけど、私たちが日本のアイドルだと知らないみたいで、ただの「ビーチで踊る女の子たち」として見られていたみたい。撮影が終わると、みんなで急いでタンクトップとショートパンツに着替え、バンに乗ってホテルへ。へとへとだったけど、プーケットの海をバックに踊ったことは、なんだかんだで忘れられない思い出になりそうだった。ホテルに着いた瞬間、ベッドに倒れ込みたい気分だったけど、この旅はまだ終わらない。タイでの夜が、これからどうなるのか、ちょっとだけ期待が膨らんだ。
第二章 ホテルの夜
プーケットのビーチでの撮影を終え、汗と砂にまみれた体を引きずるようにしてホテルに戻った。ホテルはカタビーチから車で15分ほどの場所にある、モダンな雰囲気のリゾートホテル。白い外壁にガラス張りのロビー、ヤシの木が揺れるプールサイドは、まるで映画のセットのようだった。私は部屋に飛び込むと、まずシャワーを浴びることにした。温かいお湯で砂と汗を洗い流し、バスルームに漂うココナッツの香りのシャンプーで髪を洗うと、ようやく人間に戻った気分。部屋着に着替えてベッドに腰掛け、窓の外を見ると、夕暮れのプーケットの空がオレンジ色に染まっていた。「綺麗だな…」と呟きながら、ふとタイに来た実感が湧いてきた。少し休憩していると、部屋の電話が鳴った。マネージャーの佐藤さんからで、「夕食の時間だから、ロビーに集合して」とのこと。撮影の疲れもあって部屋でゴロゴロしていたかったけど、お腹がグーっと鳴って抗議してきたので、仕方なく準備を始めた。私はシンプルなTシャツにデニムのショートパンツ、髪をポニーテールにしてロビーへ。彩香ちゃんは花柄のワンピースで可愛らしい雰囲気、梨花ちゃんはモノトーンのカットソーでクールな感じ、美咲ちゃんと葵ちゃんは揃いのキャミソールで相変わらずの仲良しコンビ感全開だった。「やっとタイ料理食べられるかな!」と美咲ちゃんがウキウキで言うと、葵ちゃんも「トムヤムクン食べたい! 辛いの大好き!」と目を輝かせた。私も内心、昼のマクドナルドでガッカリした分、夜は本場のタイ料理を期待していた。スパイシーな香辛料の効いた料理や、トロピカルフルーツのデザートを想像して、ついニヤけてしまった。ところが、佐藤さんが案内してくれたのは、ホテルの1階にあるレストランだった。「え、ホテルのレストラン?」と私が思わず声を上げると、佐藤さんは「移動の時間がもったいないし、安全第一だからね」と申し訳なさそうに笑った。確かに、海外でのスケジュールはタイトだし、体調管理も大事だけど…やっぱりちょっと拍子抜け。レストランに入ると、シックな内装にシャンデリアが輝き、観光客や地元のお客さんで賑わっていた。ウェイトレスの女性が笑顔でメニューを手渡してきたけど、問題はメニューが全部英語だったこと。「…これ、なんて書いてあるの?」と彩香ちゃんが首を傾げ、梨花ちゃんも「写真くらい載せてほしいよね」と呟いた。日本のレストランなら、カラフルな料理の写真がメニューにズラッと並んでるのに、ここは文字だけ。英語が得意な葵ちゃんが「ステーキとかシーフードとか書いてあるっぽいけど…」と頑張って解読しようとしたけど、結局よく分からない。「じゃあ、私が適当に注文するよ」と佐藤さんがメニューを手に取り、ウェイトレスに何か話しかけた。しばらく待っていると、運ばれてきたのは巨大なビフテキ! 皿の上でドンと存在感を放つステーキは、日本のレストランで食べるものの3倍はあろうかというサイズ。付け合わせにマッシュポテトとサラダが少し添えられていたけど、メインのビフテキがあまりにも迫力満点で、みんな一瞬言葉を失った。「で、でかい…!」と美咲ちゃんが目を丸くし、彩香ちゃんは「これ、どうやって食べるの?」と笑いながらナイフを手に取った。私も意を決してナイフを握り、ステーキを切ろうとしたけど…硬い。めっちゃ硬い! ナイフをギコギコ動かしても、肉が全然切れない。ようやく小さく切り分けた一片を口に入れたけど、噛んでも噛んでもゴムみたいに弾力があって、飲み込むのに一苦労。隣を見ると、彩香ちゃんも梨花ちゃんも同じように苦戦していて、美咲ちゃんと葵ちゃんに至っては「無理!」と早々にフォークを置いていた。結局、私たちはビフテキを諦め、付け合わせのサラダとマッシュポテトだけを食べることに。サラダは新鮮でシャキシャキ、ポテトはバターの風味が効いていて美味しかったけど、やっぱりタイ料理を期待していた分、物足りなさは否めなかった。スタッフの男性陣は頑張ってビフテキに挑んでいたけど、さすがの彼らも半分以上残してギブアップ。食事が終わると、コーヒーが運ばれてきた。ほろ苦い香りに少しホッとしたけど、「これでタイっぽさゼロだね」と葵ちゃんが笑いながら言った。私も内心、せっかくプーケットに来たのに、マクドナルドと硬いステーキってどういうこと!?と思っていた。食事を終えて部屋に戻る前、ふと思いついて佐藤さんに聞いてみた。「ねえ、マネージャー、せっかくタイに来たんだから、ちょっとくらい観光してもいいよね? ナイトマーケットとか行きたいな!」と、できるだけ可愛くお願いしてみた。彩香ちゃんも「そうそう! マンゴーとか買いたい!」と便乗してきたけど、佐藤さんはキッパリと首を振った。「ダメだよ、観光旅行じゃないんだから。撮影が終わったらすぐ日本に帰るんだ。次の仕事のスケジュールが詰まってるから、遊んでる暇はないよ」。その言葉に、みんなのテンションが一気に下がった。「えー…」と美咲ちゃんが小さく呟き、梨花ちゃんも「せめて市場くらい…」とため息をついた。仕方なく部屋に戻ったけど、さて、どうやって時間を潰そう? テレビをつけてみたけど、映るのはタイ語の番組ばかり。歌番組らしきものを見つけたけど、知らないアーティストがタイ語で歌っていて、歌詞もメロディも全くピンとこない。カラフルな衣装の歌手や、派手なステージはちょっと面白かったけど、10分も見ていると飽きてしまった。ベッドに寝転がってスマホをいじってみたけど、Wi-Fiが不安定でインスタもなかなか開かない。「はぁ、タイまで来てこれかぁ…」と呟きながら、天井を見つめた。撮影の疲れもあるのに、なんだか落ち着かない夜だった。このまま寝るには早すぎるし、何か面白いことが起きないかな、とぼんやり願っていたら、急にお腹が小さく鳴った。昼のビッグマックと、さっきのサラダとポテトじゃ、さすがに物足りなかったみたいだ。
第三章 夜の冒険とハプニング
ホテルの部屋でベッドに寝転がり、タイ語の歌番組をぼんやり見ていたけど、知らないメロディと分からない歌詞にすぐに飽きてしまった。時計を見るとまだ夜の8時過ぎ。撮影の疲れはあるのに、興奮と時差ボケのせいか眠気は全然やってこない。それに、さっきの硬いビフテキをほとんど食べられなかったせいで、お腹がグーグー鳴り始めた。「うーん、何か食べたい…」と呟きながら、ルームサービスのメニューを手に取ったけど、英語とタイ語で書かれた文字の羅列に頭を抱えた。英語は学校で習った程度しか分からないし、「Chicken Satay」って何? 「Pad Thai」ってどんな味? 想像もつかない。注文の電話をかける勇気もなく、メニューを放り投げてベッドに突っ伏した。そのとき、スマホがピロンと鳴った。彩香ちゃんからのメッセージだ。「有紀、起きてる? ホテルの近くに牛丼屋があるらしいよ! 行ってみない?」と、興奮気味の絵文字付きで送られてきた。牛丼屋? タイに? 「いや、まさか」と笑いながら返信しようとしたけど、彩香ちゃんからすぐに次のメッセージ。「ホテルのパンフレットに載ってた! ほんとに『牛丼』って書いてあるんだから! お腹空いたし、行ってみようよ!」と、ホテルのパンフレットの写真まで送られてきた。確かに、英語だらけのパンフレットの中に、日本語で「牛丼」と書かれた看板の写真が。店の名前は「Yoshinoya」と読める。「…マジで!?」と半信半疑だったけど、空腹には勝てない。「OK、行く!」と返信し、急いで準備を始めた。部屋を出る前に、Tシャツとショートパンツの上から薄いカーディガンを羽織り、キャップをかぶって準備完了。彩香ちゃんが私の部屋まで迎えに来てくれて、ロビーで合流した。彩香ちゃんはピンクのスウェットにスニーカー、髪をハーフアップにしてて、いつもの元気な雰囲気。「ほら、これ!」とパンフレットを広げて見せてくれたけど、英語の説明文はチンプンカンプン。とりあえず、牛丼の看板の写真と簡単な地図を頼りに、ホテルを出た。夜のプーケットは、昼間の灼熱とは打って変わって涼しい風が吹いていて、街はネオンと屋台の明かりでキラキラしていた。ホテルの前の大通りを歩きながら、彩香ちゃんが「日本でも牛丼大好きだから、タイでも同じ味だったら最高なんだけど!」とウキウキ。私は「でも、タイで『つゆだく』って通じるかな?」と笑いながら言ったら、彩香ちゃんが「絶対通じるよ! 試してみよう!」と目を輝かせた。パンフレットの地図によると、牛丼屋は大通りをまっすぐ進んで、2つ目の角を曲がった先にあるはず。ヤシの木やカラフルな看板を眺めながら歩くのは、なんだかワクワクした。10分ほど歩いて角を曲がると、遠くに「牛丼」と書かれた大きな看板が見えてきた。「ほんとにある!」と私が叫ぶと、彩香ちゃんも「やったー! 牛丼、牛丼!」と手を叩いて喜んだ。店に近づくと、日本の吉野家とはちょっと違う、広くてモダンな雰囲気の外観。ガラス張りの窓越しに、ファストフード店みたいなカウンターと、プラスチックの椅子が並んだ店内が見えた。ドアを押して入ると、エアコンの涼しい空気と、どこか懐かしい牛丼の香りが漂ってきた。カウンターには、制服を着た若い男の店員さんが立っていたけど、見た目はタイの人っぽい。「日本語、通じるかな…」と私が小声で彩香ちゃんに囁くと、彼女は「大丈夫! いざとなったらジェスチャーで!」と笑顔で親指を立てた。そして、カウンターに堂々と立つと、「牛丼、並み、つゆだくプリーズ!」と、なぜか最後に「プリーズ」をつけて注文。彩香ちゃん、つゆだく命なのよね。私は内心、「つゆだくなんて通じるわけないじゃん!」と思ったけど、店員さんは一瞬首を傾げたものの、すぐに「牛丼、並み、つゆだくですね」と、めっちゃ流暢な日本語で復唱してきた。「え、ほんとに!?」と私が驚くと、彩香ちゃんが「ほら、言ったじゃん!」とドヤ顔。私は「じゃ、私も同じで! 牛丼、並み、つゆだくプリーズ!」と真似して注文。店員さんはニコッと笑って、また「牛丼、並み、つゆだくですね」と繰り返した。数分待つと、トレーに乗った牛丼が2つ、ちゃんとつゆだくで登場。日本の吉野家とほぼ同じビジュアルで、牛肉と玉ねぎがたっぷりのつゆに浸かっている。空いた席に座って、割り箸を手に取ると、彩香ちゃんが「いただきまーす!」と元気に言って食べ始めた。私も一口。…うん、間違いなく牛丼! 日本のあの味そのまんま。甘辛いタレと柔らかい牛肉、つゆに浸かったご飯のバランスが完璧で、思わず「美味しい!」と声が出た。彩香ちゃんと「タイでこの味って、めっちゃすごくない?」と盛り上がりながら、夢中で食べた。あっという間にお腹いっぱいになって、満足感でいっぱいだった。「さて、帰ろうか」と彩香ちゃんと店を出て、来た道を逆にたどり始めた。ネオンの光と夜風が気持ちいい。ホテルの地図をチラッと確認しながら歩き始めたけど、5分、10分と歩いても、ホテルの白い建物が見えてこない。「…ねえ、彩香ちゃん、なんか変じゃない?」と私が言うと、彼女も「うそ、道間違えた?」とパンフレットを広げて焦り始めた。地図を見ても、英語の道の名前がさっぱり分からない。2つ目の角を曲がったはずなのに、ホテルの看板が見当たらない。通りには屋台や小さな店が並んでるけど、さっき通った道とは明らかに雰囲気が違う。「やばい、迷ったかも…」と私が呟いた瞬間、ちょうどタクシーが通りかかった。彩香ちゃんが「これ乗っちゃおう!」と手を振ってタクシーを止め、私たちは後部座席に飛び乗った。運転手にホテルの名前を告げると、彼は「OK, OK」と頷いて車を発進させた。ホッとしたのも束の間、車は大通りを外れて、どんどん暗い道に入っていく。ヤシの木が減り、代わりに鬱蒼とした林が窓の外に広がってきた。「…これ、ホテルに向かってるよね?」と私が小声で彩香ちゃんに聞くと、彼女も不安そうに「なんか…変だよね」と囁いた。車はさらに狭い道を進み、しまいには山の方へ登り始めた。「ノー、ノー、ロングウェイ!」と彩香ちゃんが思いつく限りの英語で叫んだけど、運転手は無言で運転を続ける。私はパニックになりながら「ストップ! ストップ!」と大声で叫んだ。すると、ようやく車がガクンと止まったけど、外は真っ暗。街灯すらなくて、木々のシルエットしか見えない。運転手がドアを開け、突然私と彩香ちゃんの手首をグイッと掴んだ。「え、なに!?」と叫ぶ間もなく、私たちは小さな小屋のような建物に引っ張り込まれた。小屋の中には、薄暗いランプの下で数人の男がたむろしていて、なんだか怪しい雰囲気。タバコの匂いと、ゴソゴソした物音が聞こえる。「やばい、まずいよ!」と彩香ちゃんが私の手を握りしめた。その瞬間、頭の中で「逃げなきゃ!」というスイッチが入った。私は彩香ちゃんの手を引っ張り、運転手の隙をついて全力で小屋のドアに向かって走った。外に飛び出すと、暗闇の中をただひたすら走った。心臓がバクバクして、足がもつれそうだったけど、止まるわけにはいかない。彩香ちゃんの息遣いが背後で聞こえる。どこに向かっているのかも分からないまま、私たちは必死で逃げ出した。
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