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21話 グリムの生まれた世界

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「ふぅ」

 汗によって肌にくっついた髪の毛を整えながらリオンは一息ついた。頬は少しだけ紅潮し、近くで見ると呼吸も乱れていた。
 踊りの最中はその疲労を一切見せてはいなかったが、あれだけの踊りをしてみせた彼女が疲れていないわけがなかった。

「……あまりじろじろみないでくれるかしら」

 視線に気がついたリオンが恥ずかしそうに両手でグリムの視線を遮ろうとする。
 すまない、とグリムは一言詫びて視線をカウンターに向けなおす。

「……お前は凄いな」

「なによ、その感想」

 グリムの感想を聞いたリオンはぷっと軽く笑う。まるで子供みたいな感想、と小ばかにするが、それは今日酒場に来て最初に彼女に言おうとした素直な言葉だった。

 人々を束ねて、時に魅了するその姿は並大抵の人間に出来る事ではない。

 多くの世界を渡り歩いてきたグリムだったが、そんな芸当をして見せたのは彼女を含めてしか知らなかった。

「マスターもありがとね」

「貴女のわがままは今に始まった事ではないですから」

 店主はリオンを軽くからかいながら水の入ったコップを差し出す。文句を言いながらもそのコップを受け取った彼女はくいっと飲み干した。

 相変わらず気前のいい飲みっぷりだった。

    ◇

「ねぇ、そろそろあなたの事教えてくれてもいいんじゃない?」

 リオンは呼吸を整え終えるとこちらを向いてそう言った。

「…………俺の事?」

「何も全て話してほしいとは思ってはいないわ。気楽に話せる程度の事でいいの……いつも酒場で私が一方的に話すのも不公平じゃない?」

 リオンはマスターから受け取ったお酒の入った新しいグラスを手に取り、わざとらしくウィンクをする。

「…………」

 自分自身について、正直な所グリムは理解しきれていなかった。記憶を失っているわけではない。しかしこの世界に来るまでの自分の経験を振り返るとそこには何一つこの場で酒の肴になりそうなものなどなかった。


 それこそグリムはこの世界にたどり着いたとき、本当はその場所で誰にも知られず一人で死ぬつもりでいたのだから。


 今の自分が生きているのは誰のせい……誰のおかげなのか、それは間違いなく今目の前にいる彼女だった。そんなリオンの願い事に対してこれ以上無言を貫くわけにもいかない。

 そう思い、グリムは自分のグラスを持つと残っていたお酒を全て飲みきる。
 リオンが「おぉ」と珍しいものを見るような反応を見せたのち、グリムはゆっくりと話を始めた。

「俺は……の世界出身だ」

「白雪姫!」

 リオンはグリムの言葉に興味津々といわんばかりに目を輝かせて体を寄せる。頭の中で何を話すかと考えたつもりだったが、自然と口から出たのはグリムにとって一番思い入れのある世界についてだった。

「赤ん坊の時に7人の小人に拾われて今の年齢になるまではあの世界で育った」

「役割を持たない……「白紙の頁」の所有者やあなたみたいな人は桃太郎のように赤ちゃんから生まれてくるのが基本なのかしら?」

 世界から役割を与えられた人間は目の前のリオンやシンデレラのようにその使命を果たすために適した年齢や容姿と共に世界に生まれてくる。

 彼女の話した桃太郎やいばら姫のように生まれた時から物語が始まる人間は当然赤ん坊の状態で世界に生まれてくる。

「「白紙の頁」所有者の事は分からないが、少なくとも俺はそうだった」

 机に置いた空のグラスを眺めながらグリムは肯定する。

「白雪姫の世界かぁ……きっと素敵な所よねぇ」

「あぁ、この世界のお城と同じくらい美しい白亜の城と日の光が包み込む森の幻想的な雰囲気は簡単に言葉で表現できるものじゃないな」

「それなら時間をかけてもいいから一つ一つ教えなさいよ!」

 リオンは前のめりになって話しかけてくる。

「いいじゃない、時間はたっぷりあるんだし!」

 淑女というよりは一人の少女のようにわくわくした様子の彼女を見て断るわけにもいかず、グリムは生まれ育った白雪姫の世界の情景について時間をかけて一つ一つ説明することにした。

    ◇

「……以上が白雪姫の世界の風景だ」

 気が付けばお酒を飲むのを忘れて、ひたすらにグリムは白雪姫の世界の情景について話し込んでしまっていた。

「……素敵な場所ね」

 リオンも珍しくお酒を飲まずに終始その話を興味深く聞いていた。

「私がもし「白紙の頁」の所有者だったらいつかそんな世界にも言ってみたいわ」

 リオンの言葉に「ははっ」と軽く笑いを返す。無事彼女の期待する程度には話をすることが出来た事に内心は胸をなでおろしていた。

 酒場でいつまでもお酒を飲まないのもおかしいと思い改めて店主に追加を頼む。話を始める前よりも店内の人数は減っていたこともあってすぐにグラスが差し出された。

「それで、白雪姫の世界が完結する前にあなたは別の物語の世界へ旅立ったわけね?」

 リオンの何気ないその一言を聞いた瞬間、口に運ぼうとしていたグラスの手がぴたりと止まった。

 その様子をおかしく思ったのかリオンは今までのにこやかな表情が固まるのが見て取れた。

「あ……あれ、私何かおかしな事言ったかしら?」

「白雪姫の世界は……

「え……それって……」

 リオンの言葉が途切れる。おそらく何が起きたのか察したのだろう。物語が完結しなかったのなら、たどる結末は崩壊しかありえない。

「……どうして、その世界は完結しなかったの?」

「…………」

 リオンの問いに対して無言を貫く。白雪姫の世界が崩壊した話については先ほどまでのように気軽に話せる事ではなかった。

 頭の中に嫌でも思い浮かんでしまう。あの日、あの場所で、大切な人から言われた最後の言葉。

『あなたはの人間よ』

 グリムの脳裏にその記憶が蘇えり始めた。


「ね、ねぇグリム黙らないでよ……」

 リオンはそう言ってグリムの肩に触れようとした。

「………つっ!」

 グリムは伸ばされた手に、白雪姫の世界で大切だった人間の姿が重なってしまい反射的に振り払ってしまう。

「………あ、違うんだ、その……すまない」

「…………ごめんなさい。私、聞きすぎたわ」

 はじかれた彼女の手に二人の視線が向けられる。取り返しのない事をしてしまった。そんな感触がグリムの手に残っていた。

 つい数分前まで明るかった雰囲気が嘘のように酒場の中でこの場所だけが静まり返っていた。

「さ、さーて、明日も私は朝からシンデレラとダンスのレッスンがあるし、ここらへんでおいとまするわね!」

 リオンはそう言うと店主にお金を支払い、立ち去るようにその場から離れていった。

「…………」

 手元には頼んだ直後でグラス一杯まで注がれているお酒が残っていた。

 リオンをまねてグリムはグラスを持ってそれを一気に飲み干す。

 この酒場で何度も頼んでいたはずなのに、なぜかその味はひどく苦く感じた。
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