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第2章 赤ずきん編

51話 森の中へ

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「……どういうことだ?」

 マロリーの言葉の意味を理解することが出来なかったグリムは彼女に聞き返す。

「私もこんな赤ずきんの物語は初めてなのですが……なぜかこの世界のオオカミ達は赤ずきんを決して襲わないのです」

 目の前の少女は「この世界の」と言った。それはつまり彼女はこの世界以外の赤ずきんの世界を今までに訪れたことがあるという事だろう。しかし、グリムが今気になっている点はそこではなかった。

「理由が分からないのなら、絶対とは言い切れないんじゃ?」

「そうですね、絶対ではありません。それでもこの世界が始まってからこれまで一度も赤ずきんがオオカミに襲われたことはないそうです。そうですよね、赤ずきんのお母様?」

 マロリーの問いに対して赤ずきんの母親は「その通りよ」と肯定する。

「私はてっきりどんな赤ずきんの世界でも当たり前の事だと思っていたわ」

 外の世界からきたグリムやマロリーからしてみればオオカミが人を襲わないということに対して違和感を覚えるものであるが、赤ずきんの世界の人間である人々にとって赤ずきんはオオカミに襲われることは終幕の直前だけであると思っていたのかもしれない。

「全ての者は生まれてきた姿に適した知能を持つ、それが世界のことわりです」

 マロリーは大人びた口調で話し始めた。

「人間の姿で生まれてきた我々と獣の姿で生まれてきたオオカミ達、同じように世界に役割を与えられた者同士だとしても、その役割を同じようにこなせるとは限りません」

 獣と人間では話す言葉も異なれば知能の高さも異なる。ただ人を襲うという役割が存在していたとしてもそれを適したタイミングで行えるかどうかはわからない……そう彼女は伝えたいのだろう。

「言われてみれば、確かにそう感じるわね……あの子、大丈夫かしら」

 赤ずきんの母親は親指と人差し指を顎に当ててふむふむと頷く。いくら今まで襲われなかったとしてもこれから先もそれが続くとは限らない。それを理解した母親は娘の事が心配になったようだった。

「もしよかったら俺が探しに行こうか?」

 グリムがそう提案すると赤ずきんの母親はグリムの手を両手で掴みながら目を輝かせる。

「グリムさん、お願いしても良いかしら?」

「あ、あぁ分かった」

 グリムの了承を確認した赤ずきんの母親は嬉しそうにありがとうと言いながら掴んだ手を離さないまま大きく手を縦に動かしながら喜ぶ。

「戻ってきたら今日はあなたにもご馳走をふるまうから、楽しみにしていてね!」

 赤ずきんの母親はそう言うと自分の家の方に戻っていく。

「私はここで待ち合わせの人を待とうと思います」

「分かった。ちなみにどんな人間を探しているんだ?」

 もしも森の中で彼女の待ち合わせ人と出会ったらここに相手がいることを伝えようと考えたグリムはその容姿の特徴について聞いてみる。

「銀髪で馬鹿、それに無口ですね」

「見た目で分かる要素が一つしかないんだが……」

 マロリーは自信満々に探している人の特徴を告げるが、これだけでは全く分からなかった。

「後は全身鎧で剣を帯刀しています」

「それを最初に言ってくれ」

 思わず突っ込みを入れてしまう。この赤ずきんの世界では鎧を装備している人間などいるはずもない。前半部分よりもとてもわかりやすい特徴だった。

 ◇

 村の他の住人に聞いて子供たちが向かった先に目星がついたグリムは森の中へと足を踏み入れる。

 少し進むだけで空は森におおわれて何も見えなくなる。
 暗くなった視界でも足を踏み外さないように慎重に進んだ。

 森に入る前にグリムは魔女の「頁」を自身の体内から取り出して髪留めに戻した。危険な森の中に改めて入るのならばそのままの方がよかったのかもしれないが、村の中で住人から護身用の鉄でできた棍棒を受け取っていた為、魔女の「頁」を使うことは不要だと判断した。

 何よりもいつまでも他者の「頁」を体内にしまっておくことはあまり良い気分ではなかった。

「ガラスの靴、探さないとな」

 この世界に来て最初に無くしてしまった緋色の靴を見つけなければいけない。
 森に入ったのは赤ずきんとマロリーの待ち人を探すことに加えて、グリム自身の目的も含まれていた。

「しかし、よくこんな危ない場所で遊ぶな……」

 相変わらず視界は悪く、足元は所々がぬかるんでおり、とてもではないが子供たちが安全に遊べそうではなかった。

 森の中、というと真っ先にグリムが思い浮かべるのは最初に生まれ育った白雪姫の世界だった。

 思い出すこと自体あまり良い気分ではないが、それでもこの森と比較するとあの世界の森は整地されていた。それに加えてオオカミのような危険な動物も生息しておらず、危険はほとんど皆無だった。


『美しい場所なのね』


 前の世界でリオンが言った言葉を思い出す。彼女に出会うまでは辛い記憶として刻まれていた白雪姫の世界をグリムは少しずつ受け入れようとしていた。
 彼女との出会いによってグリムの意識は変わってきている、そう思えた。


「キャー!」

 突然女性の、具体的には少女の声が森の中に響き渡る。

「悲鳴って事は……」

 声がした方角へすぐに走り始める。森の中に轟いた声、考えられる限り最悪のケースがグリムの脳内に思い浮かぶ。

 声のした方向へ進むにつれて少しずつ空が見え始めて明るくなっていく。視界が晴れていく様子に合わせて最初の悲鳴以外の複数人の子供たちの声も聞こえてくる。

 深い森を抜けると最初にマロリーと出会ったような視界の開けた場所に出た。しかしあの場所と異なり、木々どころか花も草木もない。端的に言って崖だった。

 崖の先では複数人の子供たちが慌てふためいていた。そしてその中にいる2,3人の子供たちが崖の下を見ている。

「お、おにいさん助けて」

 グリムを見つけた一人の少年が駆け寄って服を掴んでくる。

「いったいどうしたんだ」

「赤ずきんが……赤ずきんが……」

 少年は指を崖の下側に指さす。それを見たグリムは今起きている状況を察してすぐに子供たちが集まっている崖の先にたどり着き、下を見る。

「大丈夫か?!」

 最初に思い描いていたオオカミに襲われているという状況とは異なるが、この場に居合わせて少年や他の子どもたちの様子から想像していた通り、崖の下、赤いフードが岩盤に引っかかり、一人の少女が吊り下げられるような形になっていた。

「あ、赤ずきんの花飾りが崖の方に風で流されて、それを追いかけて……」

 隣にいた一人の少女が震えた声で話す。どうやら赤ずきん自身が身に着けていたものを拾おうとして誤って崖から足を踏み外してしまったらしい。

 幸い、彼女のフードが岩にひっかかることで転落することはなかったようだが、それでも彼女の位置からがけ下までは軽く10メートルは距離がある。このままではフードが破れて転落、軽傷で済まないどころか最悪の場合、転落死に繋がりかねない。

「くっ……」

 手を伸ばしても届く距離ではない。フードに支えられている状態である赤ずきんが余計に動けばそれこそ服がちぎれて落ちかねない、文字通り一歩も動けない状態だった。
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