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第2章 赤ずきん編

64話 ローズ

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 村に着くとちょうど騎士が赤ずきんの母親を連れて森へ入ろうとするところだった。タイミングとしてはギリギリ間に合ったようだった。赤ずきんを見ると母親は走り出して彼女を抱きしめた。

「よく赤ずきんを無事に助け出せたな」

 騎士がグリムに言葉をかける。

「俺のおかげじゃないけどな」

「?」

 騎士は頭に疑問を浮かべていた。グリムはあの場所で何が起きたのか説明しようとする。

「ワーストさん、ご無事ですか?」

 すると近くにマロリーが寄ってくる。

「あぁ、俺は無事なんだが……」

 赤ずきんをかばって傷を負ったウルの事を思い、一瞬言いよどむ。マロリーはその間を特に気にせえずに口を開く。

「実は紹介したい方が一人いるのです」

 マロリーは視線を銀髪の騎士の後ろに移す。彼女の見るほうを見ると一人の長身の男がいた。

「ともに旅をしている「白紙の頁」所有者のローズです」

 マロリーの紹介に合わせて長身の男はこちら側にやってくる。近くで見るとやはり高さがあった。グリムや騎士の身長は180もないが、目の前の男の身長は狩人とさほど変わらない。2メートルは超えていた。

「どうも、ローズです」

 長身の男はグリムを見ると軽くお辞儀をする。狩人と違いがあるとすればその体格だった。
 圧倒的に細く、銀髪の騎士は重層な鎧を装備しているのに対してローズと名乗った男は比較的軽装な鎧を装備していた。

「ローズもアーサー王伝説の物語出身なのか?」

「えぇ、まぁ」

 ローズはグリムの問いに答える。銀髪の騎士ほどの重装備ではないが、鎧を多少着ているのでギリギリ騎士と呼べなくもない、正直目の前の長身の男は見た目からして騎士と呼ぶにはあまりにも不釣り合いだった。

「あなたが、マロリーが言っていた「頁」を持たない人間ですか?」

「そうだ」

 今度はローズが質問をしてくる。彼と同じように適当に肯定すると今度は興味深そうにグリムを見始めた。顔色が白く、それに対して眼の下のクマが色濃く映っているせいか、まるで得体のしれない怪物に見られているような気分になる。

「あなたも楽園に行くことが出来るのですか?」

「いや、俺は行った事もない」

「ワーストさんとはこの世界で初めてお会いしました」

 グルリと視線をマロリーに移したローズに対して彼女は答える。首だけが動いたように見えた彼の動きは本当に人間かと疑いたくなる程に印象的だった。

「そうですか」

 ローズと名乗った男はそう言うとだらりと体の姿勢を崩して猫背になる。ひどい猫背のせいか身長はグリムよりも低くなるほどに体を丸めていた。

「同じ騎士でも呼び方は違うんだな」

「そうですね」

 マロリーはフフッと笑う。銀髪の騎士は名前すらないが、彼女の事をお嬢と呼び、長身の男は自身をローズと名乗り、彼女の名前を呼び捨てで呼んでいた。とても不思議な関係だった。

「あなたが表に出てきたということはこの世界の問題は把握したということですか?」

「えぇ、まぁ」

 マロリーの質問に猫背の騎士は頬を細い指で掻きながら肯定する。その言葉にグリムは驚きを隠せなかった。

「今なんて言った?」

「この世界の物語が……赤ずきんの物語が始まらない原因がわかりました」

 ローズはそう言うと再び背筋を伸ばして両手を広げて天に掲げた。細い枯れた木のようだとグリムは思った。

「物語が進まない原因は基本的に主要人物が関係します。赤ずきんの世界でいえばその名の通り赤ずきん、そしてその母親、さらには祖母、そして狩人」

 突然長身の騎士は流ちょうに説明を始める。そのわざとらしくも語るような話し方はどういうわけか聞く耳を持ってしまった。

「更にもうひとつ、この世界には欠かせない登場人物が存在います。それが……」

「オオカミだな」

 ローズが最後の一言を言おうとする寸前に銀髪の騎士が先に答えてしまう。
 それがよほど気に入らなかったのか長身の騎士は再び猫背になって何かをぶつぶつとつぶやき始めた。

「オオカミが欠かせないのは分かるが、この世界のオオカミは少し特殊だろ。それがこの世界の物語が進まない事に関係している、違うか?」

 グリムの言葉を聞いてローズは再度背筋を伸ばす。その大げさな反応のたびに彼の黒い長髪がばさばさと激しく揺れた。

「その通り、そこが最大の原因です。そしてこの世界における最大の問題点なのです」

 ローズは再びわざとらしい口調で解説を始める。

「問題点?」

「グリムと言いましたか、あなたは世界の物語が進まないと、灰色の雪がいつから降り始めるか知っていますか?」

「決まっているのか?」

「当然、正確には決まっていませんよ」

 グリムの問いにマロリーが答える。またしてもローズが不服そうな顔をするのかと思いきや今度はにやりと笑った。どうやらここまでの回答が彼にとっては想定内のようだ。

「そう、灰色の雪がいつ降り始めるかはわからない、けれど……役割に反した生き物が燃えてしまうのにはある程度期限が存在する」

「……そうか」

 ローズの答えをほのめかすような、まるで誘導するような言葉でグリムは彼が何を言いたいのか理解する。その様子を見てさらにローズは笑う。

「おかしいですよね、赤ずきんは何度も祖母の家にお使いに行っているというのに、一向にオオカミ達は燃えてはいない」

「既に赤ずきんを襲うはずのオオカミが焼失していたとしたら?」

 銀髪の騎士の問いに対してローズはいやらしく深いため息をつきながら笑う。

「そうしたら、それこそ世界が物語の進行が不可能と判断して灰色の雪が降り始めているでしょう」

「つまり、あなたが言いたいのは……」

 マロリーが答えを言う前に慌てるようにローズは口を開く。

「赤ずきんを食べる役割を与えられたオオカミは役割に背きながら燃えることなく生きているのです」

「そんな事が可能なのか?」

「当然、通常であれば不可能です……しかしオオカミがで赤ずきんを食べることが出来ないとしたら?」

「何らかの理由?」

「物語を進行することが出来なくなる理由、例えば……」

 そこまで言いかけてローズは口を閉じてしまう。

「ここから先は未確定、ゆえにまだ語るわけにはいきません」

「ここまでもったいぶって、分かっていないという事か?」

「確信を得るまでは語るべきではないという話ですね」

「ローズは昔から妙なところに拘るからな」

 銀髪の騎士の言葉をローズは聞き流してマロリーのほうに顔を向けた。

「今夜にはその答えが出ます。物語が完結する見込みが立てば我々はこの世界から離れますよ」

「赤ずきんのお母様の手料理は名残惜しいですが、これも物語完結の為ですものね」

 マロリーは残念そうにため息を漏らす。ローズの仮説に対する信頼は相当高いことが伺えた。

「それでは私は今夜、森へと入ります」

「それなら俺も同行してもいいか?」

「構いませんよ、見物人は一人でも多いほうがいい」

 灰色髪の少年の事が気がかりでもあり、いまだに見つけられていないガラスの靴の捜索も行いたかった。そんなグリムの同行をローズは受け入れた。

「私とこっちの騎士は村の中にいますね」

 マロリーはそう言って銀髪の騎士を叩く。
 その様子を見ながらグリムは赤ずきん親子のほうへと近づく。

「今からウルを探しに行く」

「なら私も!」

 赤ずきんはグリムの言葉を聞くとグリムの体に抱き着いてくる。

「いや、夜は危険だ。俺とあそこにいる細い方の騎士と探してくるよ」

「で、でも……」

「グリムさんをこれ以上困らせないの」

 赤ずきんの母親が追いかけてグリムに引っ付いていた赤ずきんを優しく引きはがす。

「グリムさん、今宵は満月です。お気を付けて」

 赤ずきんの母親が娘の頭を優しくなでながらグリムに話す。

「満月?」

 空を見上げるとまだ日は完全には沈んでははおらず夕焼け空だった。

「満月の夜になるとオオカミ達が一段と活発になる傾向があります」

 詳しく話を聞くとこの赤ずきんの世界では満月の夜になるとオオカミ達の遠吠えがいつも以上に聞こえてくるとの事だった。

 この世界ではまだ一度も満月を見ていなかったグリムはそのことを知らなかった。

「わかった、気を付けるよ」

 赤ずきん達に軽く挨拶をするとグリムは村の出入り口にいた長身の騎士のもとに向かう。

「待たせたな」

「行きましょうか」

 ローズと共に森の中へと向かった。
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