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第2章 赤ずきん編

66話 正体

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「なんで混色頭がここにいるんだ」

「それはこっちのセリフだ」

 グリムを見るなり武器を構えて敵意を放つ狩人と魔女の姿のまま臨戦態勢を取るグリムの間にローズが割って入る。

「おや、お二人は既に知り合いでしたか?」

「ローズさんよぉ、これはどういうわけだ?」

 狩人が長身の騎士に話しかける、この男が他の男性に対してさん付けをするところを初めてみたので、グリムは少しだけ驚いた。

「彼はこれから起きる物語の展開を知る傍観者ですよ」

 騎士は饒舌に言葉を綴るが、狩人は理解しておらず、変わらない敵意をむき出してくる。

「あら、狩人さん腕をケガされてますね」

 ローズが右手を庇う狩人の様子から彼の腕の傷を察知する。

「これは、さっき村のガキに……くそ、思い出しただけでむかつくぜ」

 狩人は昼間にウルに噛みつかれた右腕を軽くさすりながら顔を赤くしてさらに怒りをあらわにする。

「物語の主要な役割を与えられた人間に対してなんてことを……これは物語を進める日程をずらす必要がありますね」

「俺は全然元気だ、物語を進められるぜ」

「もしもそのケガの影響でオオカミを仕留め損ねたらどうするのですか?あなたの変わりはいないのですよ」

「そ、そうか……」

 諭すようにローズは狩人に話しかける。グリムや銀髪の騎士の時とは違い、狩人はローズの言葉に耳を傾けていた。

「それでは行きましょうか」

 ローズはそういうと歩き出した。後ろに隊をなすように狩人、グリムの順番で追いかける。

「どこに向かっているんだ?」

「この先にここよりも森が開けた場所があることをご存じですか?」

「あぁ」

 そこはマロリーと最初に出会った場所だった。昼間に来た時は丘の上に大きな切り株があるだけの花の目が開いていないつぼみだらけの所という認識しかなかった。

 赤ずきんの祖母の家へと向かう道の途中で茂みに入り、ある程度進むとその場所は見えてきた。

「このあたりで隠れましょう」

 騎士はそう言うと茂みの中へ体を隠す。狩人とグリムも彼に従って体を縮めて身を潜めた。

「いったい何が起きるんだ?」

 狩人がローズに問いかける。

「見ていれば分かりますよ。時間的にも丁度良いでしょう」

 ローズはそう言って空を見上げる。雲に隠れていた満月が姿を現し、月光があたりを照らし始めた。

 すると閉じていたつぼみたちがゆっくり開き始める。あっという間に目の前の場所は色とりどりの綺麗な花が一面に広がる花畑に姿を変えた。

「……すごいな」

「月見草という花ですね」

 グリムの感想に対してローズが説明する。月の光を浴びた場合にのみ蕾が開く珍しい花らしい。

「こんなものを見せるために俺を呼んだのか?」

 狩人は対して興味なさそうに言葉を漏らす。

「いえ、本命はあちらです」

 マロリーの視線が花畑の中心に向く。狩人とグリムもその先を見るとそこにはいつの間にか一つの人影があった。

「あれは……ウル?」

 月明かりに照らされて人影の正体がはっきりする。灰色の髪に傷だらけの少年は赤ずきんが心配していたウルだった。

「あの野郎……」

 狩人が少年の正体を見るなりボウガンを構えようとする。その動きを止めようとグリムは手を伸ばすが先に制したのは騎士のローズだった。

「おや、二人とも彼とも知り合いだったのですね」

「俺に傷を負わせたのはあいつだ、今すぐにでも殺してやる」

「……それは好都合」

 ローズは狩人をその場に留めながらそう言った。

「……どういう意味だ?」

 グリムの言葉を聞くとローズは満足そうな笑みを浮かべる。それは期待していた問いを貰えたことが嬉しい、そんな反応だった。

「さあ、二人とも見ていてください。これが赤ずきんの物語が進まなかったことに対する回答です」

 大声ではないが、二人にはっきりと聞こえるように話しながら騎士はウルを指さした。


 ウルはおぼつかない足付きで丘の中心に片膝をつく。遠めに見ていても明らかに様子がおかしかった。

 月の光がウルを照らす。

 丘の中心にいる少年の影がこちら側に伸びて迫ってくる。

 そしてその形が少しずつ

「……な、なんだよあれは」

 狩人がしりもちをつきながら丘の上を見る。

 そこにはここまで延びてきた影の形と同じ姿の人間とは異なる生物が立っていた。

「先ほども言いましたが、あれが答えですよ」

 ローズはにやりと笑いながら話す。月光に照らされてもそのどす黒く染まった目元のクマがひどく目立っていた。

 グリムも息をのんだ。そこにいたのは昼間に見た少年の姿ではなかった。

「この世界で赤ずきんを襲う役割を与えられたのは人間……だったのです」


 ◇


 いつまでも物語が進まない理由、それはオオカミの役割を与えられた者が人間だったからという衝撃の事実に直面した。

「あ、あのガキがオオカミだったのか……」

 狩人が震えた声で話す。怯えてしまうのも無理はなかった。

 先ほどまで少年だったウルの姿は今では全長3メートルを軽く超える大きなオオカミに変わっていた。

「赤ずきんと祖母を五体満足の状態で食べえるのですから、あれぐらいの大きさはあって当然ですね」

 ローズは納得したかのような反応を示しながら平然と会話をする。

「オオカミの役割を人間が与えられるなんてことあり得るのか」

「異例ではありましょう。しかし現実として起きている」

 それはさておきとローズは一言添えると言葉を続けた。

「これでこの世界の物語を進める方法が見つかりましたね」

「……彼がオオカミの姿でいる時間に赤ずきんにお使いに行かせるのか」

「そうですね」

 オオカミでいられる時間が満月の夜の間と決まっていたため、今までは昼間お使いにでかけた赤ずきんは無事にお使いを終えてしまっていた。

 原因が分かればおのずと対応方法は分かってくる。

「それでは帰りましょうか」

「もういいのか?」

「私は事実確認をしたかっただけです。仮説は確信に変わりましたから、十分かと」

 長身の騎士はそう言うとオオカミの影を背にして森の中へと歩き始めた。

「ま、待ってくれ」

 狩人は慌ててその後を追いかける。腰が引けているせいかなんとも情けない姿になっていた。

「言っておきますが、余計な干渉はしないことですよ」

 グリムに背を向けたままローズは話しかけてくる。

「我々はあくまで部外者、物語に直接は関わるべきではない人間です。他の幾つもの世界を見てきたあなたならそのことは十分わかっていますよね?」

 けん制のような言葉の言い回しに感じ取れたが、彼の言うことはもっともだった。

「……そうだな」

 オオカミの遠吠えを背にしてグリムは二人と共にその場を離れた。
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