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第3章 アーサー王伝説編
90話 今宵の王、理想の王
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「見ているだけで酔いそうだ……」
それがグリムの感想だった。すでに円卓の上に置けなくなった聖杯は溢れて地面に落ちている。とんでもない量の空の聖杯が二人を囲むように置かれていた。
二人の顔を確認すると王妃の方は最初に比べると顔色が明らかに朱色に染まっている。一方のアーサー王を演じている彼女は顔色一つ変えずに飲み続けていた。
「お酒に強いところもリオンそっくりだよな……」
ぽつりと誰にも聞こえないぐらいの声でグリムは言葉を漏らす。魔法で姿を変えてもその人間の酒の耐性が変わるわけではない。つまり彼女は元からお酒に相当の強いわけであり、その見事なまでの飲みっぷりはシンデレラの世界にて出会ったシンデレラの姉を彷彿とさせた。
お酒に強くなければこの大会に自ら出ないわけがない。もしも王妃に負けてしまえば彼女は王妃の命令を聞かなければいけなくなる。姿かたちを魔法で変えられるとはいえ、流石に女性である彼女にアーサー王として王妃に接するのは難しい。
そのような理由もあってこの勝負、アーサー王を演じている彼女が負けるわけにはいかなかった。
「残り時間は5分をきりました。ここにきてややアーサー王が王妃を引き離し始めている、このままアーサー王が優勝するのでしょうか!」
時計の針は残り5分を切り、会場は熱気を帯びたまま二人に視線が集まる。
そして5分後、決着の時は訪れた。
◇◇
「あなたがこんなにお酒にも強いだなんて知りませんでした」
残り時間は15分を切っていた。お酒を飲む合間に王妃は王に向けて言葉を添える。
「今までこのような場でここまで飲んだことはなかったな」
アーサー王は普段と変わらない様子で淡々と言葉を述べる。まだまだ余裕といった様子だった。その姿を勇ましくもあり、彼女が見惚れた王様そのものだった。
「そんなに……私が嫌いですか?」
だからこそ、王妃はその内心を吐露せずにはいられなかった。今宵グィネヴィアが優勝した暁にはアーサー王と一夜を共にする、それが彼女の願いだった。
しかし、このままではアーサー王が勝利し、その願いは叶わなくなってしまう。
最後にアーサー王と夜を共にしたのはいつの頃だったか、ずいぶんと昔のように彼女は感じていた。
「グィネヴィアの事が嫌いなわけないだろ」
誰にも聞こえないような、二人にしか聞こえないほどの小声でアーサー王は王妃に向かって言葉を発した。言葉遣いもやや幼いその口調は以前のアーサー王がよくやっていた仲の良い人間と二人だけになった時に見せる素顔のようなものだった。
「……それなら、なおさら負けられませんわね」
王妃は気を引き締めなおして聖杯を飲み干す。目の前で勝負をしている彼は世界からアーサー王の役割を与えられた人間であり、グィネヴィアの旦那である以前にこの世界を完結させる為に誰よりも努力している人間であることを彼女は知っていた。
そんな彼が王妃との接触を避けるようになったのは今後の物語の展開を考えての事であるのはわかりきっていた。
ならばこそ、彼の真面目すぎる信念を通したうえでこの世界特有の催し物である酒豪王決定戦にてグィネヴィアが優勝し、押し通すべきだと彼女は思った。
王妃は時計を見る。残り時間は10分をきり、いよいよ大詰めになっていた。
◇
ここにきて少しずつアーサー王と王妃の飲み干した聖杯の差が少しずつ開き始めた。王妃のペースが落ちているわけではない。王のペースがここに来てさらに加速し始めていたのだった。
(そんな……まだ力を温存していたというの?)
アーサー王の顔色を見てグィネヴィアは戦慄する。この世界で彼とは何度かお酒を飲んだことはあったが、ここまで強いことは知らなかった。
「残り時間は5分をきりました。ここにきてややアーサー王が王妃を引き離し始めている。このままアーサー王が優勝するのでしょうか!」
マーリンの解説に観客達が盛り上がる。すでにグィネヴィアは限界が近かった。
(勝てない……悔しい、けれど……)
不思議と王妃が最後に抱いた感情は幸福だった。王妃として生きてきた彼女はアーサー王と交わることはあっても勝負事をすることは全くと言っていいほどなかった。
アーサー王と真剣勝負をすることが出来た。それがこの感情の原因だと気づいたのは決着の声が鳴り響いた後だった。
◇◇
「そこまでー!アーサー王とグィネヴィア王妃の戦い、勝者はアーサー王です!」
マーリンの掛け声に会場が今日一番盛り上がりを見せる。
「文字通り雌雄を決しました!今宵の円卓酒豪王はアーサー王、アーサー王!」
勝利したアーサー王は空になった聖杯を右手で掲げて勝利のポーズを決める。ガウェインとモードレッドは酔いつぶれたまま、ランスロットとグィネヴィアは彼を祝福するように観客と共に拍手を送っていた。
「王様には今宵、どんな願いもかなえられる権利が与えられます。それではアーサー王、願いの宣言を!」
マーリンの言葉を受けてアーサー王は観衆に視線を向けた。
「……我の願いはただひとつ。この世界を完結に導き、生きる者全てが幸せになることだ」
アーサー王の宣言を聞いて人々は再び大歓声を上げる。ある者は最高の笑顔を見せて王様をたたえ、ある者感動しながら涙を流していた。
「……まさに理想の王だな」
グリムは集まった人々たちの顔を見てそうつぶやいた。この場にいる人間はグリムと司会のマーリンを除けば誰も王様が別人であることを疑うことはないだろう。そう確信を得られるほど見事に彼女はこの場でアーサー王を演じて見せた。
それからしばらくの間城の中庭の熱が冷めることはなかった。
こうして彼女の計画したパーティーは大成功を収めた。
……この時はそう思えたのだった。
それがグリムの感想だった。すでに円卓の上に置けなくなった聖杯は溢れて地面に落ちている。とんでもない量の空の聖杯が二人を囲むように置かれていた。
二人の顔を確認すると王妃の方は最初に比べると顔色が明らかに朱色に染まっている。一方のアーサー王を演じている彼女は顔色一つ変えずに飲み続けていた。
「お酒に強いところもリオンそっくりだよな……」
ぽつりと誰にも聞こえないぐらいの声でグリムは言葉を漏らす。魔法で姿を変えてもその人間の酒の耐性が変わるわけではない。つまり彼女は元からお酒に相当の強いわけであり、その見事なまでの飲みっぷりはシンデレラの世界にて出会ったシンデレラの姉を彷彿とさせた。
お酒に強くなければこの大会に自ら出ないわけがない。もしも王妃に負けてしまえば彼女は王妃の命令を聞かなければいけなくなる。姿かたちを魔法で変えられるとはいえ、流石に女性である彼女にアーサー王として王妃に接するのは難しい。
そのような理由もあってこの勝負、アーサー王を演じている彼女が負けるわけにはいかなかった。
「残り時間は5分をきりました。ここにきてややアーサー王が王妃を引き離し始めている、このままアーサー王が優勝するのでしょうか!」
時計の針は残り5分を切り、会場は熱気を帯びたまま二人に視線が集まる。
そして5分後、決着の時は訪れた。
◇◇
「あなたがこんなにお酒にも強いだなんて知りませんでした」
残り時間は15分を切っていた。お酒を飲む合間に王妃は王に向けて言葉を添える。
「今までこのような場でここまで飲んだことはなかったな」
アーサー王は普段と変わらない様子で淡々と言葉を述べる。まだまだ余裕といった様子だった。その姿を勇ましくもあり、彼女が見惚れた王様そのものだった。
「そんなに……私が嫌いですか?」
だからこそ、王妃はその内心を吐露せずにはいられなかった。今宵グィネヴィアが優勝した暁にはアーサー王と一夜を共にする、それが彼女の願いだった。
しかし、このままではアーサー王が勝利し、その願いは叶わなくなってしまう。
最後にアーサー王と夜を共にしたのはいつの頃だったか、ずいぶんと昔のように彼女は感じていた。
「グィネヴィアの事が嫌いなわけないだろ」
誰にも聞こえないような、二人にしか聞こえないほどの小声でアーサー王は王妃に向かって言葉を発した。言葉遣いもやや幼いその口調は以前のアーサー王がよくやっていた仲の良い人間と二人だけになった時に見せる素顔のようなものだった。
「……それなら、なおさら負けられませんわね」
王妃は気を引き締めなおして聖杯を飲み干す。目の前で勝負をしている彼は世界からアーサー王の役割を与えられた人間であり、グィネヴィアの旦那である以前にこの世界を完結させる為に誰よりも努力している人間であることを彼女は知っていた。
そんな彼が王妃との接触を避けるようになったのは今後の物語の展開を考えての事であるのはわかりきっていた。
ならばこそ、彼の真面目すぎる信念を通したうえでこの世界特有の催し物である酒豪王決定戦にてグィネヴィアが優勝し、押し通すべきだと彼女は思った。
王妃は時計を見る。残り時間は10分をきり、いよいよ大詰めになっていた。
◇
ここにきて少しずつアーサー王と王妃の飲み干した聖杯の差が少しずつ開き始めた。王妃のペースが落ちているわけではない。王のペースがここに来てさらに加速し始めていたのだった。
(そんな……まだ力を温存していたというの?)
アーサー王の顔色を見てグィネヴィアは戦慄する。この世界で彼とは何度かお酒を飲んだことはあったが、ここまで強いことは知らなかった。
「残り時間は5分をきりました。ここにきてややアーサー王が王妃を引き離し始めている。このままアーサー王が優勝するのでしょうか!」
マーリンの解説に観客達が盛り上がる。すでにグィネヴィアは限界が近かった。
(勝てない……悔しい、けれど……)
不思議と王妃が最後に抱いた感情は幸福だった。王妃として生きてきた彼女はアーサー王と交わることはあっても勝負事をすることは全くと言っていいほどなかった。
アーサー王と真剣勝負をすることが出来た。それがこの感情の原因だと気づいたのは決着の声が鳴り響いた後だった。
◇◇
「そこまでー!アーサー王とグィネヴィア王妃の戦い、勝者はアーサー王です!」
マーリンの掛け声に会場が今日一番盛り上がりを見せる。
「文字通り雌雄を決しました!今宵の円卓酒豪王はアーサー王、アーサー王!」
勝利したアーサー王は空になった聖杯を右手で掲げて勝利のポーズを決める。ガウェインとモードレッドは酔いつぶれたまま、ランスロットとグィネヴィアは彼を祝福するように観客と共に拍手を送っていた。
「王様には今宵、どんな願いもかなえられる権利が与えられます。それではアーサー王、願いの宣言を!」
マーリンの言葉を受けてアーサー王は観衆に視線を向けた。
「……我の願いはただひとつ。この世界を完結に導き、生きる者全てが幸せになることだ」
アーサー王の宣言を聞いて人々は再び大歓声を上げる。ある者は最高の笑顔を見せて王様をたたえ、ある者感動しながら涙を流していた。
「……まさに理想の王だな」
グリムは集まった人々たちの顔を見てそうつぶやいた。この場にいる人間はグリムと司会のマーリンを除けば誰も王様が別人であることを疑うことはないだろう。そう確信を得られるほど見事に彼女はこの場でアーサー王を演じて見せた。
それからしばらくの間城の中庭の熱が冷めることはなかった。
こうして彼女の計画したパーティーは大成功を収めた。
……この時はそう思えたのだった。
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