千賀くんと刈田くん(BLオムニバス)

雑多のべる子

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千賀くんと刈田くん~俺様ワンコ×クールツンデレ~

思いがけない来客

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 だから部屋の前に蹲っている刈田を見た時、俺は非常に困惑した。

「何やってんだ刈田ディレクター」
「なんだよその呼び方」
「……そっちこそなんだよ、刈田」
「つめてぇよ、ちぃやん」

 もしかして幸せ報告をしに来たのか、ふざけるなと罵ろうとした俺は、のろのろと腰を上げた刈田を見て絶句した。
 なんてみすぼらしい――なんて格好悪い――というか何やってるんだこいつは――呆れるほど無様に、哀れなほど無惨に、涙でぐしゃぐしゃなその顔。刈田は不細工に鼻を啜り上げながら、クソガキのように仁王立ちした。

「こんな時間まで何してたんだよ。帰って来いよ!」
「いや仕事して飯食ったらこれくらいになるだろ……って、だからおまえこそこんな時間に人ンちの前で何やってるんだよ」
「良いから入れろよ! いつまで立ち話させるんだよ、ちぃやんのばか!」
「ばかじゃねぇよ、どんだけ王様だよおまえは……」

 何を言っても、その泣き顔では怖くもなんともない。
 とはいえ、このまま玄関先で騒がせておくわけにもいくまい。同僚のよしみと割り切って、俺は溜息混じりに玄関の鍵を開けた。
 ほら入れと背中を押すと、刈田はぐじぐじと汚い顔を擦りながら部屋に入る。彼をリビングに通してソファに座らせ、タオルとティッシュボックスを押し付けてからキッチンに向かった。

「ホットミルクでいいな?」
「ビール」
「……ホットミルクでいいな?」
「ビール」
「……」
「……うん、それでいい」

 最後には大人しく頷いたのを確認し、俺はカップをレンジに突っ込む。3分間の沈黙。適度に温まったカップを持ってリビングに戻ると、刈田はタオルを被ってソファに転がっていた。
 やれやれと肩を竦めて、俺はソファの肘掛に腰を下ろす。

「ふられたのか」
「……」
「2年だっけ?付き合ってたの」
「……うん」
「そっか」

 何を言って良いやら解らず、俺は口を閉じた。
 こういうのは本来、刈田の分野であって、俺の得意ではない。
 せめて地雷を踏まぬようにと、黙るくらいが関の山だ。
 すると、それが逆に癇に障ったらしい。がばっと身を起こして、刈田は俺に詰め寄ってくる。

「それで終わり!?なんかもうちょっと、こう、慰めてくれるとか無いの!?」
「あちっ、危ない、零れる!」
「置いとけよそんなの!千賀は親友の俺がこんなに悲しんでるのに、平気なのか?おまえは酷い奴だ!」
「いや、平気とか平気じゃないとか……っていうか、いつから親友になったんだ」
「あーもー!俺傷付いた、マジで傷付いた!立ち直れねぇ!」

 がああ!と喚いて、ソファに突っ伏す。
 失恋直後の男にさすがに無神経だったかと、ちょっと可哀想になって、俺はそっと彼を覗き込むように身を屈めた。

「悪い、刈田。でもおまえならすぐに、良い女が見付かるって」
「ほんとに?ほんとにそう思うか?」
「おう。おまえ仕事できるし、顔も悪くないし、背も高いし、大学……T大だっけ?」
「うん」
「ほら、ステータスなら十分だろ。最悪お見合いでも、良い縁談が舞い込むって」
「……ステータスならって、じゃあ中身はどうなんだよ」

 あ、傷を抉ってしまった。
 焦って俺は更に余計なことを言う。

「正義感も強いし、思い遣りもあるし……ああ、そうそう、仲間意識も強いし、皆の人気者で、おまえは良い男だ」
「でもちぃやん、俺のこと親友じゃ無いって言った……」
「拗ねるなよ。あれは、その……本心じゃない」

 勢い余って言い切ると、そろりと刈田が顔を上げた。
 その仕草は捨てられた子犬のようで可愛い、と言えないこともない、かもしれない、多分。
 両手が塞がっていなかったら頭をかいぐってやるところだ。
 刈田はうるりと目を潤ませて、感動したように掠れた声を漏らした。

「ちぃやん、やっぱり良い奴だな。俺、ちぃやんみたいな嫁が欲しい」
「そうかそうか。俺みたいな良い女は中々いないだろうから、頑張って探せ」
「うん、そうする」

 中年男が子供のように無邪気に笑った。
 まったく世話の掛かる男だ。しかしどうにもそういうところが母性本能やら父性本能やらを擽るのだろう。彼がモテるのは嘘じゃない。直ぐにまた、良い縁があるに違いない。
 その時にはまたあのなんとも奇妙で複雑な思いをするのかな、と自分を振り返ったが、それよりこいつがこんな顔をしていることの方が調子が狂う。これだったらあほのようににやけた幸せ面を晒していてくれた方が、何ぼか精神衛生に良い。

「落ち着いたか?じゃあミルク飲んで、風呂入って、泊まってけ。T-シャツとジャージ貸してやるから」
「ちぃやん」
「朝飯はパンでいいな?食パンならベーカリーの美味いのがあるが、白い飯がいいなら玄関開けて2分でご飯しかないぞ」
「ちぃやん」
「……で、いつになったらおまえはこれを受け取るんだ」

 目の前にカップを差し出す。
 が、刈田は俺を見つめたまま動かない。
 俺は眉を顰めて、なんだ、と聞いた。

「ってか、もうちぃやんでもいいや」
「『でもいい』ってなんだ、『でもいい』って、そんな俺に失礼な」
「ちぃやん俺のこと嫌い?」
「いや別に、嫌いじゃないけど」

 じゃあ決まり。
 って、何が決まりなんだおまえはまた唐突な、と、言い返そうとすると同時に違和感を感じた。

「……はい?」
「あ、じっとして。ミルク零れる」

 唇に熱。
 それと同時に、妙に手際の良い奴の手が俺を身包み剥がしに掛かる。

「え? おま……なにしてん……」
「いやぁ、俺はラッキーだな。こんなにすぐに嫁が見付かるなんて」
「いや落ち着け。待て。俺は男だ」

 まずはとにかく、とりあえずこのカップを置かせてくれ。
 そう訴える俺の手から漸くカップを取り上げて地面に置きながら、刈田は飄々として言う。

「あれ? 言わなかったっけ。俺、バイだから」

 それにちぃやん、ずっと俺のこと好きだったろ?
 なんて聞いたこともないような甘い声で言われて、済し崩しに押し倒されて、ああもう、なんかもうどうでもいいやいやよくないんだけどこいつちょっと今格好良かったからどうせ遊びだろうけどまぁそれはそれで……とか頭の隅に流れたのが最後の理性。後は野となれ山となれ……。

「そういえば、なんでおまえ彼女と別れたんだ?」

 それからきっかり2時間後、だるい体をベッドに沈ませながら俺は問うた。
 すると、やたらすっきりと爽快な笑顔を浮かべながら煙草を銜えていた奴は、別にそんなに気にしてはいないんだけど、とのたまう。

「じゃあ隠すようなことでも無いだろ」
「まぁそうだけど」

 そして奴は、いつも通りの呆れるほど無邪気な顔をして、こう言ったのだ。
 原因は『俺の絶倫』と……。
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