千賀くんと刈田くん(BLオムニバス)

雑多のべる子

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千賀くんと刈田くん~俺様ワンコ×クールツンデレ~

そして二人の日常風景

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 あれから刈田は毎晩のように俺の家に上がりこんでいた。

 自分の家に帰るより千賀の家の方が近いからだ、と理屈を捏ねてはいるが、結局は下半身の欲求に勝てないということらしい。
 おかげで俺は寝不足気味。同い年なのにあいつだけがやたら生き生きしているのが癪に障る。

 そうして不機嫌にしていたら、奴は俺の機嫌をとろうと進んで朝食の用意をするようになった。
 たった数日で冷蔵庫の半分が奴に占拠されてしまったのは気に食わないが、刈田は意外に料理が巧い。味噌汁の塩加減も良い塩梅だし、何より朝から米を炊き鮭を焼くバイタリティには頭が下がる。

 そんなわけで俺はついつい奴の横暴を許し、合鍵まで渡してしまったのだった。
 その後はお決まり通り、いつの間にか刈田は自分の私物を徐々に運び入れ、今では半同棲のような状態がだらだらと続いている。

「なーなーちぃやん」
「ぁん?」

 ごろごろとカーペットに転がりながらテレビを見ていた刈田の声に、俺は新聞を広げながらお座成りな声を投げた。
 冷たいと思われようが、こいつは甘くするとつけ上がるので、基本は突き離すことにしている。
 大体、この天然御気楽極楽回路の持ち主は、何でも自分に都合の良いように解釈するのだから、その脳内補正分も込みでこれくらいが丁度良いのだ。
 実際、刈田は気にすること無く身を起こし、俺を振り返った。

「うち、来月マンションが契約更新なんだよな」
「へー。そりゃ奇遇だな、うちも再来月更新だ。そろそろマンションでも買うかな……」
「え、ちぃやんマンション買うん?」
「買ったら、おまえから宿泊代取るってのはどうだ?」

 そう言って少し笑う。
 揶揄ったつもりだったが、ちらりと見た刈田の顔がやたら真面目だったので、驚いた。

「なんだよ。冗談だよ。食費は折半してるし、おまえも自分とこの家賃払ってるんだから気にすんな」
「あ、いや、そうじゃなくて」

 刈田はぽりぽりと頬を掻いて、奴にしては珍しく口篭った。
 これは何かあるなと踏んで、俺は新聞を畳み、ラックに突っ込む。まさかどっかに借金でもしてるんじゃあるまいな、と勘繰ったが、彼の性格を考えるとどちらかというと貸した金が返ってこないとか、そっちの方かもしれない。
 どちらにせよ、これを機にどうとやら、という発言があることは予想出来た。

「刈田、この機会に言っておくけど、俺は2LDKのマンションに目星を付けている」
「え?」

 ぱっと顔を上げた刈田の顔が、期待に輝いた。
 その眼前に手を差し出して、俺は指を立てる。

「1、俺の書斎。2、俺のベッドルーム。そしてリビングとダイニングとキッチン。完璧な俺の理想の住まいだ」
「……俺は?」
「俺の人生設計に、男の生活を面倒見るという項目は存在しない」

 別にそんな、と刈田が口を尖らせ、俺は溜息を吐く。

「確かにおまえはディレクター、俺はマネージャー。おまえの方が給料はもらってる。養ってもらおうなんてつもりがないことも解ってる。けど、同時に、おまえがずっと俺と一緒にいる気がないことも、俺は解ってるつもりだ」
「な、なんで……そんなひでぇこと言うんだよ。俺言ったじゃん?嫁にするって」
「男嫁?本気で言ってんのか。おまえのおつむは豆腐かこんにゃくかところてんか。常識的に言って男同士は籍を入れられない。よって結婚は成立しない。つまり俺とおまえの間に義務も責任も無い。おまえは他に良い男だか女だかが出来たら、いつでも出て行って良い。その為にも、生活の基盤は別に持っておくべきだと俺は思う」

 どうだ?と問うと、刈田は情けなくも悲しい顔をして、俺を見上げる。
 こういうところがたまに、刈田は鬱陶しい。
 女々しいというか、現実が見えていないというか、地に足がつかないというか。そこが夢を失わない少年ぽくて良いとかいう奴もいるのかもしれないが、少なくとも俺には度し難い。
 男同士の関係なんて、終わることを前提に考えるのが常識だ。
 それをきちんと認識した上で、続くのならば続くだろうし、ついうっかり死ぬまで一緒だったりしても良いとは思っている。
 別に俺は長い付き合いになることを厭っているのではない。
 そこがどうにも、刈田には理解できないようだった。

「そんな冷たくすんなよ……」
「冷たくしてるつもりは無い。事実を確認しているだけだ」
「ベッドの中ではあんなに素直なのに……」
「そういうお決まり文句で問題の焦点を逸らそうとするのやめろ」
「……つれねぇ奴」

 がっくりと肩を落として、刈田はテレビの方に向き直った。完全に拗ねたらしい。
 普通ならこういう時、可愛く甘えて機嫌をとって仲直り、になるところだが、残念ながら俺はそういう性格ではない。
 放っておこう、と決めて立ち上がる。

「大体、俺、おまえからちゃんと告白されたこともないしなぁ」

 ぽつり、と呟くと、刈田は心外だ、と言うように振り返り、目を丸くして声を上げた。

「え、言ってるじゃん。何言ってんの千賀、何言っちゃってんの」
「は? 言ってるって何を。『俺のこと好きだろ?』とか『俺の嫁』とか、それで告白だと思ってんの?おまえこそ何言ってんの。ばかなの?」
「な……なんだよ、駄目かよ。十分告白じゃん。ちゃんと言ってんじゃん。俺の嫁の何が悪いんだよ」
「俺男だよ?嫁とか言われて喜ぶと思ってんの?やっぱばかなの?」
「じゃあなんて言われたいんだよ!おまえわかんねー。ほんと、わっかんねー。男の癖に女みてぇ!」

 ああ、ばかなんだ。
 と思ったら、なんか急に全てがあほらしくなった。
 うーん、と天を仰いでしばし悩み、それから刈田に近付く。彼の腕を取り、無理矢理立ち上がらせた。
 怪訝そうな顔をしていた刈田だったが、俺が玄関に向かっていると気付くと青くなって俺の手を振り払う。

「どういうつもりだよ」
「出てけ」
「……いや、冗談だろ、ちぃやん」
「出てけ」
「そんなに怒ってんの?なんで?俺なんか悪いこと言った?」
「理解出来ないならしなくていい。もういいから出てけ」
「やだよ。なんで出てかなきゃいけないんだよ」
「解った。おまえが出て行かないなら俺が出て行く」

 くるりと踵を返すと、刈田は慌てて俺の前に立ち塞がった。

「いや待ってよ。ごめん、謝る。俺が悪かった」
「そんなこと聞いて無いから。どけ」
「なんでなんで?じゃあ俺どうすりゃいいの?どうして欲しいの?」

 まるで浮気のばれた夫だな、と頭の片隅で考えて、俺は再び溜息を吐く。
 手を伸ばしてぽんぽん、と宥めるように彼の肩を叩き、にっこりと優しく微笑んだ。
 その表情に安心したのか、刈田は頬を緩めそうになる。
 俺はそのまま拳を握り。
 ――力いっぱい奴の横っ面を殴りつけた。

「っ……!」
「じゃ、そういうことで」

 びっくりしたようにその場にしゃがみこむ刈田。
 その横を悠々と通り抜けて、俺は玄関のノブに手をかける。じん、と拳が熱くなった。さすがに痛い。
 他人を殴ったのは高校生の頃以来だろうか。平手かさもなくばボディブローにしておくんだった、と後悔したがもう遅い。
 財布は癖で尻ポケットに突っ込んだままだ。とりあえず薬局に行こうかとエレベーターに向かって歩き出すと、ばたん!と近所迷惑な音を立てて、近所迷惑な男が飛び出してきた。

「千賀、待って!」

 勿論俺は待たない。振り返らない。

「待って、ごめんなさい。俺が悪かったです!千賀、許して!」

 何度も呼ばれて仕方なく足を止める。大きく溜息。恥ずかしくないのかこの男は。

「ごめん、俺……だって、だって、俺」

 大柄な男が近付いてきて、俺の後ろに立つ。そして、その影が。
 かくん、と落ちた。

「……この通り。俺が悪かった」

 人生で初めて、家の外で他人を土下座させてしまった。
 俺は頭を抱えたい気持ちでぎりぎりと歯噛みし、嫌々と振り返る。
 地面にでこを擦り付けて、野郎は俺に許しを請うていた。
 ああもう、こいつはなんでこうなんだ。

「何が悪いんだ」
「……」
「何が悪かったと思ってるんだ。ちゃんと言えたら……許してやる」

 刈田は顔を上げた。でこが汚れて、みっともなかった。唇を震わせて、何か言おうとしては躊躇っている。
 そして不意に俯くと、蚊の鳴くような声で。

「……」
「聞こえない」
「……です」
「聞こえない」
「……っ」

 くそっ、ちくしょう、恥ずかしい。何言わせるんだこの野郎、と、奴が俺を罵るのが聞こえる。
 俺は口元が自然と笑んでくるのを止められずにいた。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 やがて壊れたパソコンのように叫ぶと、刈田は立ち上がり、俺の両肩を力任せに掴んで、真っ赤な茹蛸のような顔をしながら言う。

「この鬼嫁!そんなおまえが大好きです愛してるべた惚れです別れたくない帰るぞばか!」

 息切れしたのか、ぜぇぜぇと肩で呼吸をして。
 無様で不恰好で情けなくて。
 いつも一本気で悪びれなくて正直で。
 我侭だけど優しくて、頼りないけど頼られて、いつも大概要領が良い。
 そんなおまえに惚れたのは悲しいことにこっちが先だ。
 だから惚れた弱みで、仕方なく、俺がはいはいと応えると、やっと安心したように刈田は笑い、俺の手をとって部屋に連れ戻した。
 肩を並べソファに座り、殴って悪かったな、と言ったら、いやこっちこそ、としおらしく謝られた。
 その顔が結構可愛かったので――

 明日は一緒に不動産に行ってやっても良いかと、今は少し思っている。
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