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七
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青木と店を出ると、さわやかな夜が広がっていた。空気は澄み渡り、先程の雨が嘘のようだった。濡れたアスファルトだけが過去の天気を知っているように思えた。店は駅直通なので そのまま上に行くこともできたのだが、外の空気が吸いたかった。だから直通の出口である西口でなく、信号を渡ったもう一つの出口、東口を使うことにした。
駅前のロータリーは人であふれている。今日は金曜日だ。オンラインサロンのオフ会らしい、プラカードを持った団体がいた。若い男性は、夜を一緒に超す相手を探している。マッチングアプリで待ち合わせたらしい男女が、お互い軽い自己紹介をして店へ向かっている。メトロは平然と運航を続けていた。駅の東口に着き、青木に声をかけた。
「じゃ、私メトロだから。お疲れ様」
「あれ? あのサウナ、田町ですよね。JRじゃないんですか?」
「同期のメーリスで『枠を譲ってくれ』ってまわってきたから、あげた。サウナスパアドバイザーとして行きたいんだってさ」
「ふぅん。色んな資格があるんですね」
誰もが自己実現で忙しい。そのなりたい自分になれるよう、副業はうってつけだ。しかし、それにつけ混んで利用するような人間もいる。
「ところで、こんなの見つけたんですが行きませんか?」
彼は私にスマホの画面を見せて来た。神田の『サウナラブ』。サウナ界のゴッドファーザーとして知られる米村さんがプロデュースした、有名店だ。
「サウナは嫌いなんじゃなかったの」
「黒川さんのこと、もっと知りたくて。叩けば色々出てきそうですし」
「パス。また来週ね」
改札を入ろうとすると、青木に腕を掴まれた。以外に強い力で驚いていると、彼はうつむきながら言った。
「それに、サウナで女の子と出会えるかもって。サウナ女子ってかわいい子、多いんで」
「ナンパはやめた方がいい。断られた後、サウナ室や水風呂で遭遇したら気まずいでしょ。街中だと、そのまま別れることができるけどね」
青木に言いくるめられ、結局向かうことになった。次長に電話をかけると、留守番電話に繋がった。ショートメッセージを送るが、既読がつくのは数日後かもしれない。チュニジアへスターウォーズのロケ地を観に行っているのだ。
私はサウナ室でアロマロウリュウを堪能し、水風呂代わりの冷気椅子を経て、外気浴スペースに向かった。寝転び椅子に腰を掛けると、身体中から力が抜けて行った。遠くで青木の声がする。あれだけ注意したのにナンパをしているらしい。三セット目に整っている中では、そんなことはどうでも良かった。ずっと行きたかったパライソには行けなかった。でも、こうしてここに来ることができた。
「良いじゃないか。妥当な着地点だ」
私は呟いた。人生を少しだけ長く生きて、こうして折り合いをつけることがうまくなってきた。家庭から逃げるように仕事をして、合間に地下室で不貞を働く男のことを思った。自己実現を願いながら、今あるものを捨てきれなくて動けない女のことを思った。そのひとときは、一つの謎に行き当たった。
「金庫の暗証番号が、誕生日なわけがない……」
私は声に出していた。青木が近くに来た。一人で来たところを見ると、ナンパは失敗に終わったのだろう。「ナンパ講師、申し込みしようかな」と言いながら、彼は私の横に椅子を引き寄せ、そこに座った。
「どうかしたんですか?」
「新人研修でやってたよね。暗証番号にしちゃいけないもの」
「日付です。四桁の数字は、366通りしかないから」
「そう。プロにかかれば、あっという間に開錠される。誰かが誕生日に設定しなおしたんだ」
私はショーの登場人物全員を思い出した。
「青木は除外。今まで目黒支店に足を踏み入れたことがないからね」
「黒川さんも除外。記録に残りますからね」
私は彼を睨んだ。彼は目をそらし、デトックスウォーターに口をつけた。そして、まずそうに顔をしかめた。二十代の男子は、健康に良さそうなものはだいたい嫌う傾向にある。
「エリサも除外。彼女が過去に金庫に入ったとは考えにくい。間藤代理と三井さんも違う」
「そうなると今回の事件に関係してる人、全員になっちゃいません?」
一人だけいた。それで全てつじつまが合う。しかし外れていたら、痛い目を見る。まだリスクはコストに変換できていない。
「誕生日がだめなら、何を暗証番号にするんですか?」
「行員は、自分の行員番号にする人が多いね。八桁のうち、下四桁。絶対に忘れないし、内部の人間が行員証を見るか、電話帳を見るかしないと分からない。事務課の子たちは代理で書類作るから、課長や支店長の番号も覚えてるみたいだけど……」
私は三井さんの渡してきたチケットの存在を思い出した。そこに書かれた番号のことも。
更衣室に戻り、チケットを見た。チケットの裏側には、識別番号が書かれている。その横に鉛筆で『2382』が書いてあった。一見、組合が発行したものに対して計算するために書いたように見える。そこに書かれた四桁の数字を覚えて、私は部屋を見た。そうして先程の外気浴スペースに行き、ナンパ講師のTwitterアカウントを検索している青木に、声をかけた。
「青木。支店長の行員番号は? 稟議あげる時、画面に表示されてたよね」
「はい。59552382です」
沈黙。 それが何を意味するのか 私には恐ろしくて考えることができなかった。ひとまず支店に電話をかけてみることにした。
「あ」
青木は小さく声を上げた。
「どうした? ナンパ講習の申込し忘れたとか?」
永遠に続くと思われる通話音を聞きながら、私は返した。
「それはちゃんとやりました。じゃなくて、間藤代理の名前って陸でしたよね。RIKUのはずが、名前の綴りはRICなんです」
「顔立ちからするに、親が外国人だかrじゃない。それが?」
店には誰もいないらしく、私は通話 終了ボタンを押した。 そして青木に向き直った。
「アナグラムですよ。”IM ACTOR”。私は役者です」
駅前のロータリーは人であふれている。今日は金曜日だ。オンラインサロンのオフ会らしい、プラカードを持った団体がいた。若い男性は、夜を一緒に超す相手を探している。マッチングアプリで待ち合わせたらしい男女が、お互い軽い自己紹介をして店へ向かっている。メトロは平然と運航を続けていた。駅の東口に着き、青木に声をかけた。
「じゃ、私メトロだから。お疲れ様」
「あれ? あのサウナ、田町ですよね。JRじゃないんですか?」
「同期のメーリスで『枠を譲ってくれ』ってまわってきたから、あげた。サウナスパアドバイザーとして行きたいんだってさ」
「ふぅん。色んな資格があるんですね」
誰もが自己実現で忙しい。そのなりたい自分になれるよう、副業はうってつけだ。しかし、それにつけ混んで利用するような人間もいる。
「ところで、こんなの見つけたんですが行きませんか?」
彼は私にスマホの画面を見せて来た。神田の『サウナラブ』。サウナ界のゴッドファーザーとして知られる米村さんがプロデュースした、有名店だ。
「サウナは嫌いなんじゃなかったの」
「黒川さんのこと、もっと知りたくて。叩けば色々出てきそうですし」
「パス。また来週ね」
改札を入ろうとすると、青木に腕を掴まれた。以外に強い力で驚いていると、彼はうつむきながら言った。
「それに、サウナで女の子と出会えるかもって。サウナ女子ってかわいい子、多いんで」
「ナンパはやめた方がいい。断られた後、サウナ室や水風呂で遭遇したら気まずいでしょ。街中だと、そのまま別れることができるけどね」
青木に言いくるめられ、結局向かうことになった。次長に電話をかけると、留守番電話に繋がった。ショートメッセージを送るが、既読がつくのは数日後かもしれない。チュニジアへスターウォーズのロケ地を観に行っているのだ。
私はサウナ室でアロマロウリュウを堪能し、水風呂代わりの冷気椅子を経て、外気浴スペースに向かった。寝転び椅子に腰を掛けると、身体中から力が抜けて行った。遠くで青木の声がする。あれだけ注意したのにナンパをしているらしい。三セット目に整っている中では、そんなことはどうでも良かった。ずっと行きたかったパライソには行けなかった。でも、こうしてここに来ることができた。
「良いじゃないか。妥当な着地点だ」
私は呟いた。人生を少しだけ長く生きて、こうして折り合いをつけることがうまくなってきた。家庭から逃げるように仕事をして、合間に地下室で不貞を働く男のことを思った。自己実現を願いながら、今あるものを捨てきれなくて動けない女のことを思った。そのひとときは、一つの謎に行き当たった。
「金庫の暗証番号が、誕生日なわけがない……」
私は声に出していた。青木が近くに来た。一人で来たところを見ると、ナンパは失敗に終わったのだろう。「ナンパ講師、申し込みしようかな」と言いながら、彼は私の横に椅子を引き寄せ、そこに座った。
「どうかしたんですか?」
「新人研修でやってたよね。暗証番号にしちゃいけないもの」
「日付です。四桁の数字は、366通りしかないから」
「そう。プロにかかれば、あっという間に開錠される。誰かが誕生日に設定しなおしたんだ」
私はショーの登場人物全員を思い出した。
「青木は除外。今まで目黒支店に足を踏み入れたことがないからね」
「黒川さんも除外。記録に残りますからね」
私は彼を睨んだ。彼は目をそらし、デトックスウォーターに口をつけた。そして、まずそうに顔をしかめた。二十代の男子は、健康に良さそうなものはだいたい嫌う傾向にある。
「エリサも除外。彼女が過去に金庫に入ったとは考えにくい。間藤代理と三井さんも違う」
「そうなると今回の事件に関係してる人、全員になっちゃいません?」
一人だけいた。それで全てつじつまが合う。しかし外れていたら、痛い目を見る。まだリスクはコストに変換できていない。
「誕生日がだめなら、何を暗証番号にするんですか?」
「行員は、自分の行員番号にする人が多いね。八桁のうち、下四桁。絶対に忘れないし、内部の人間が行員証を見るか、電話帳を見るかしないと分からない。事務課の子たちは代理で書類作るから、課長や支店長の番号も覚えてるみたいだけど……」
私は三井さんの渡してきたチケットの存在を思い出した。そこに書かれた番号のことも。
更衣室に戻り、チケットを見た。チケットの裏側には、識別番号が書かれている。その横に鉛筆で『2382』が書いてあった。一見、組合が発行したものに対して計算するために書いたように見える。そこに書かれた四桁の数字を覚えて、私は部屋を見た。そうして先程の外気浴スペースに行き、ナンパ講師のTwitterアカウントを検索している青木に、声をかけた。
「青木。支店長の行員番号は? 稟議あげる時、画面に表示されてたよね」
「はい。59552382です」
沈黙。 それが何を意味するのか 私には恐ろしくて考えることができなかった。ひとまず支店に電話をかけてみることにした。
「あ」
青木は小さく声を上げた。
「どうした? ナンパ講習の申込し忘れたとか?」
永遠に続くと思われる通話音を聞きながら、私は返した。
「それはちゃんとやりました。じゃなくて、間藤代理の名前って陸でしたよね。RIKUのはずが、名前の綴りはRICなんです」
「顔立ちからするに、親が外国人だかrじゃない。それが?」
店には誰もいないらしく、私は通話 終了ボタンを押した。 そして青木に向き直った。
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